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第22話 黄金の道標、龍脈の鼓動

「レガルド様は、生きている……!そして、霧隠れ山脈で、たった一人で戦い続けているんだわ!」

 ミレーユの言葉は、夜明け前の静かな「炎の一献」に、雷鳴のような衝撃と、そして何よりも温かい希望の光をもたらした。


「おじさんが……生きてる……?」

 キルヴァンの大きな瞳から、今度は悲しみではなく、堰を切ったような喜びの涙が溢れ出した。彼はミレーユが持つ魔晶石の破片に駆け寄り、そこに映し出される記録の文字を、まるで奇跡でも見るかのように食い入るように見つめた。

「うわあああん!おじさぁぁぁん!生きててくれたんだぁ!」

 小さな龍は、もう我慢できずにその場に泣き崩れた。それは、心の底からの安堵の嗚咽だった。


「……ったく、人騒がせな野郎だぜ、どこまでも!」

 シリウスは、ぶっきらぼうにそう言い放つと、わざとらしく顔を背けた。だが、その肩は微かに震え、がっしりとしたドワーフの口元には、隠しようもない笑みが浮かんでいる。

「ふぉっふぉっふぉ……そう簡単にはくたばらん御仁とは思っておったが……まさか、魂そのもので『終焉の黒龍』を抑え込み続けておったとは。さすがは、我が友レガルド殿じゃ」

 ゼノヴィオスもまた、長い息を安堵と共にはき出し、その目尻に優しい皺を刻んだ。

 絶望に沈んでいた店に、力強い心臓の鼓動が戻ってきたかのように、確かな活気が満ちていく。


 その日のうちに、ミレーユとゼノヴィオスは龍王レオンと評議会に緊急報告を行った。地下工房での出来事、龍脈を狙う「黒曜の爪」の計画、そして何よりも、レガルド生存の可能性。

 報告を受けたレオンは、王としての威厳ある表情をわずかに崩し、深い安堵のため息を漏らした。評議会もまた、英雄の生存の報せに沸き立ったが、同時に二つの重い課題に直面することになる。

「グリュム・シティの生命線である龍脈を防衛せねばならん!」

「いや、何をおいてもまずレガルド殿を救出するのが先決であろう!」

 議場は再び意見が割れ、議論は紛糾した。龍脈防衛は都市の存亡に関わる最優先事項。しかし、レガルドもまた、龍族と世界の未来にとって、失うことのできない唯一無二の存在だった。


 その夜、「炎の一献」では、仲間たちによる新たな作戦会議が開かれていた。

「龍脈防衛と、レガルドの旦那の救出か。どっちも待ったなしってわけだな」

 シリウスが、唸るように言う。

「ドワーフの出番だな。この街の地下なんざ、俺たちの庭みてえなもんだ。龍脈の守りなら、まず俺に任せろ。奴らがどこに隠れていようと、その鼻っ柱を叩き折ってやる」

 彼の言葉には、揺るぎない自信と仲間への想いが満ちていた。

「うむ。わしは、レガルド殿の魂と龍脈の関連について、もう一度古文書を洗い直してみよう。あの聖域といい、この都市の龍脈といい、無関係とは思えんのじゃ。必ず、何か繋がりがあるはずじゃ」

 ゼノヴィオスは、老練な探求者の顔つきで、分厚い書物を広げ始めた。


「僕……僕、もっともっと強くならなきゃ!」

 キルヴァンが、決意を込めた瞳でミレーユを見上げた。「僕の炎なら、龍脈を汚そうとする瘴気も、おじさんを苦しめてる悪いものも、やっつけられるかもしれない!ミレーユお姉ちゃん、僕に戦い方を教えて!」

 その真剣な眼差しに、ミレーユは力強く頷いた。

「ええ、もちろんよ、キルヴァン君。あなたなら、きっとできるわ」


 翌日から、「炎の一献」の裏庭で、ミレーユとキルヴァンの特訓が始まった。ミレーユが教えるのは、単なる力の使い方ではない。護身術の動きを通して、相手の力の流れを読み、最小限の動きで最大限の効果を生む方法。そして、何よりも、守るべきもののために心を燃やすことの大切さだった。

 キルヴァンは、ミレーユの教えと、夢の中で見たレガルドの姿を重ね合わせながら、驚異的な速さでその力を開花させていく。彼の放つ白金の炎は、ただ浄化するだけでなく、まるで生命力を活性化させるかのように、周囲の草木を生き生きとさせる、不思議で温かい力を帯び始めていた。


 だが、彼らの決意をあざ笑うかのように、「黒曜の爪」の陰謀は着実に進行していた。

 ゼノヴィオスの調査と、シリウスの地下探索により、奴らがグリュム・シティの龍脈のいくつかの分岐点――「龍穴」と呼ばれるエネルギーの集中する場所――に、瘴気を発生させる呪具を既に仕掛けていることが判明したのだ。

 やがて、その影響は目に見える形で現れ始めた。市の噴水の水が微かに濁り、公園の木々が葉を落とし始める。街全体が、まるで原因不明の病に罹ったかのように、じわじわとその活力を失っていく。


 その日の夕刻、ゼノヴィオスが、血相を変えて「炎の一献」に駆け込んできた。その手には、解読を終えたばかりの古文書の写しが握られている。

「見つけたぞ……!やはり、わしの思った通りじゃった!」

 彼の声は、興奮と、そしてそれ以上の焦燥に満ちていた。

「ミレーユ嬢、キルヴァン!よく聞け!古文書によれば、霧隠れ山脈の聖域は、このグリュム・シティの龍脈全ての源流……いわば『龍の心臓』と呼ばれるべき場所なのじゃ!そして、レガルド殿の魂は、その『龍の心臓』そのものを、暴走する『終焉の黒龍』の力から守るための、最後の『楔』となっておる!」

「……!?」

 ミレーユとキルヴァンは息をのんだ。

「つまり、どういうことですの!?」

「龍脈が汚染されれば、その穢れは源流である『龍の心臓』へと逆流する!そうなれば、レガルド殿の魂もまた、内側から瘴気に蝕まれ……!」

 ゼノヴィオスの言葉は、絶望的な事実を突きつけていた。だがそれは同時に、二つの絶望的な課題が、一つの希望の道へと繋がった瞬間でもあった。


 龍脈を守ること。それは、レガルドを救うことと、同義だったのだ。

 ミレーユの瞳に、再び強い光が宿る。

「……やるべきことは、一つですね」

 彼女の隣で、キルヴァンの小さな体からも、決意に満ちた白金のオーラが静かに立ち昇り始めていた。

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