第18話 魂の鋳造所、絶望への誘い
「フフフ……ハハハ!ようこそ、我が『魂の鋳造所』へ!あなた方のような上質な魂は、我が『作品』たちにとって、またとない栄養となるでしょう!」
マルバスの高らかな哄笑が、瘴気の満ちた地下工房に響き渡った。その言葉が終わるか否か、檻から解き放たれた強化魔獣たちが、飢えた獣のように一斉にミレーユたちへと襲いかかった!
腐食性の酸を含んだ唾液を吐き散らすワイバーン、視線だけで相手を石化させようと赤い双眸を光らせるコカトリス、そして鋼鉄の檻をいとも簡単に引き裂いたグリフォンが、鋭い爪を振りかざし突進してくる。その数は十数体。しかも一体一体が、聖域で遭遇した異形の怪物たちよりも明らかに強力で、統率が取れている。
「うおおおっ!このドワーフのシリウス様がいる限り、てめえらみてえな出来損ないに、うちの店の小間使いどもを傷一つつけさせねえぜ!」
シリウスが雄叫びを上げ、戦斧を旋風のように振り回し、キルヴァンとミレーユの前に立ちはだかる。その小柄な体躯からは想像もつかないほどの膂力で、突進してきたグリフォンの爪撃を受け止めたが、さすがに衝撃は殺しきれず、数歩後ずさった。
「シリウスさん!」
「心配すんじゃねえ、人間の娘っ子!ドワーフは頑丈さが取り柄なんでな!」
悪態をつきながらも、その額には脂汗が滲んでいる。
「キルヴァンよ、あの瘴気を吐くワイバーンの翼の付け根じゃ!あそこが奴の弱点、そして瘴気の源となっておる!」
ゼノヴィオスが、風の魔法で敵の動きを巧みに牽制しながら、的確な指示を飛ばす。だが、工房内に満ちる濃密な瘴気は、彼の風魔法の威力をじわじわと削いでいく。
「わ、わかった、ゼノヴィオスのおじいちゃん!」
キルヴァンは恐怖で体が竦みそうになるのを必死にこらえた。レガルドの「炎は心で対話するんだ」という言葉を胸の中で何度も繰り返す。そして、狙いを定め、集中した炎を放った!それはまだ完全ではなかったが、以前よりも格段に純粋な、浄化の輝きを帯びた白金の炎だった。
炎はワイバーンの翼の付け根を正確に捉えた!ジュウウウッという音と共に、そこから黒い瘴気が霧散し、ワイバーンは苦悶の声を上げて体勢を崩す。
「やった!効いてるぞ、小僧っ子!」シリウスが叫んだ。
その光景を見ていたミレーユの脳裏に、閃きが走った。
「マルバスの言う『魂の鋳造所』……そしてあの魔獣たち、まるで魂が抜けた操り人形のよう……。もしかして、彼は魔獣から魂を抜き取り、瘴気で汚染・強化し、意のままに操っているのでは…!?だとしたら、キルヴァン君の炎は、その瘴気を浄化する特別な力があるのかもしれない!」
ミレーユの分析は的を射ていた。マルバスは、指揮台の上から余裕の表情で戦況を見下ろしながら、パチパチと手を叩いた。
「お見事!実に素晴らしい推察力です、ミレーユ嬢。そして、そこの小さな龍の子……あなたの炎は、確かに興味深い。ですが、私の『作品』たちは、そう簡単には壊れませんよ?」
マルバスが嘲るように言うと、瘴気を浄化されかけたワイバーンが、再び黒い瘴気を纏い直し、凶暴な雄叫びを上げた。その再生能力は異常だ。
「この工房は、グリュム・シティの龍脈の真上に位置しています。龍脈から汲み上げた膨大な負のエネルギーと、捕らえた魔獣たちの魂を融合させ、より強力で、より従順な『作品』へと鋳造し直す……それが、この『魂の鋳造所』の役割。あなた方の絶望は、最高のスパイスとなるでしょう」
マルバスは、まるで指揮者のように両手を広げ、恍惚とした表情を浮かべる。その歪んだ美学に、ミレーユは強い嫌悪感を覚えた。
「アストリッドさんをどうするつもりですの!?彼女もあなたの『作品』にするというのですか!?」
ミレーユが、工房の奥の檻に囚われた人影――アストリッドらしき人物――を指さして叫ぶ。
マルバスは、その檻を一瞥し、愉悦に満ちた笑みを浮かべた。
「アストリッド……ああ、あの龍への憎悪に凝り固まった元・人間保守団体のリーダーですか。彼女は特別な『素材』ですよ。その強烈な負の感情は、我が『作品』たちに素晴らしい力を与えてくれるでしょう。もっとも、今はまだ最終調整の段階ですがね……ふふふ、いずれ、彼女自身の最も憎むべき龍族の手によって、引導を渡して差し上げるのも一興かと」
その言葉に、檻の中のアストリッドらしき人物の肩が、ピクリと微かに震えたのをミレーユは見逃さなかった。しかし、その顔は依然として虚ろなままだ。
戦況は、じりじりと悪化していた。シリウスは全身に無数の切り傷を負い、ゼノヴィオスの魔力も底を尽きかけている。キルヴァンの浄化の炎は確かに効果があるものの、次々と再生し襲いかかってくる強化魔獣の数には到底追いつかない。
「くそっ……レガルドの旦那がいれば……こんな雑魚ども……!」
シリウスが歯噛みする。
(ダメ……ここで諦めたら、レガルド様に顔向けできない……!)
ミレーユは短剣を握り直し、最後の力を振り絞ろうとした。
その時だった。キルヴァンの放った浄化の炎の一つが、狙いを外れて檻の中のアストリッドらしき人物の足元にかかった。ほんの一瞬、白金の炎が彼女の足枷に触れた、その瞬間――
「……ッ!?」
アストリッドらしき人物の体が、まるで感電したかのようにビクッと大きく跳ねた。そして、その虚ろだった瞳の奥に、ほんの一瞬、だが確かに、強い意志の光が宿ったのを、ミレーユは見た!
(まさか……彼女の意識が……!?)
しかし、その変化に気づいたのはマルバスも同じだった。
「おやおや、予定より少し早いですが……目覚めの時間ですか、アストリッド。あるいは、新たなる『悲劇の歌姫』とでも呼びましょうか?」
マルバスが指を鳴らすと、工房のさらに奥、これまで固く閉ざされていた巨大な鉄の扉が、ギギギ…と不気味な音を立ててゆっくりと開き始めた。
そこから現れたのは、一体の、あまりにも巨大で、そしてどこか見覚えのある禍々しいキメラだった。それは、聖域でレガルドが辛うじて活動を停止させたはずの、「魂喰らいのドゥルザグ」の残骸を核とし、さらに複数の強化魔獣のパーツを歪に融合させた、悪夢そのもののような怪物だった。その巨体からは、以前にも増して濃密な瘴気が立ち上り、折れた角の代わりに、紫黒色のクリスタルが禍々しく輝いている。
「さあ、ショータイムの始まりです。私の最高傑作、『ドゥルザグ・リボーン』が、あなた方の魂を美味しく頂戴いたしますよ!」
マルバスは、歓喜に打ち震えるように叫んだ。
絶望が、ミレーユたちの心を黒く塗りつぶそうとしていた。