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06

0001。その名前──コードネームに、不満を生むことは一度も無かった。

 自分はこう呼ばれているのだから、それに文句を付けても仕方が無い。そう思っていた。


 だが、今はこのコードネームが、何よりも憎い存在にさえ聞こえる。

 彼が冷たく言い放つだけで、いつもの冷静さはどこかへと消えてしまう。

 何も感じることの無かった言葉が、一瞬で刃へと変わる。




「……伝えたからな」




 セネルは短くそうイヴに告げると、その場を速やかに去ろうと踵を返す。

 自然に──というよりも無意識に──イヴはセネルに声をかける。




「待って……ください」




 小さく震えた声でかけた言葉は、彼に届くことは無く、部屋の中を木霊する。

 まるで、彼の周りに見えない壁があるかのように、全ての言葉が拒絶される。


 今まで感じたことの無い不安が荒波のように押し寄せ、自然とイヴの体が震える。

 彼は立ち止まってくれるだろうか──……

 イヴは祈るような気持ちでセネルの後ろ姿を見つめる。



 セネルの足がほんの一瞬止まったようにみえたが、再びその足は動き出す。

 そしてコツコツ、という変化の無い足音がただ響くだけだった。




「……セネル……グランツェ……」




 無意識のうちに『彼』の名前を口にする。ふわふわしてて、消えてしまいそうな。

 記憶の中とは全く重なることない、彼の名前は静かに空気に溶けていく。

 その彼の視線は冷たくて、どこか寂しげで、イヴはただ虚空を見つめることしか出来なかった。











*











 戦争──蒼い戦争の話は着々と進んでいく。何故だか、戦争の話だけは。

 どうすればストリボーグ国の国王の首を撃ち落とせるだとか、そんな話題が飛び交う。

 その部屋の中をイヴはただ、うつろな瞳のまま椅子に座りこんでいた。


 部屋の隅には彼──セネルが壁に寄りかかるようにして、腕を組んで立っている。

 彼が羽織っている黒いロングコートからは白いシャツ、そしてコートと同系色のズボンが覗ける。

 そんなモノクロの服装に唯一花を飾るのは、手首にしているルビーを埋め込んだブレスレッド。

 そのブレスレッドは少し不思議な光を放っており、見ているだけで寂しい気持ちにさせられた。



 セネルとイヴ、そして騎士団団長ヴェレス。この三人を除いて人々の顔は喜びに満ちあふれている。

 ついにストリボーグ国を倒せることが出来る、その喜びを隠すことができないらしい。

 そんな人々を、イヴは酷く冷めた目──先ほどのセネルに似ている──で見つめているだけ。




「イヴ、お前の力があればストリポークなどすぐに降参してくる!」


「……分かっています」




 指揮官が嬉しそうにイヴの肩に手をかけたが、イヴはふっとその手をよける。

 そのことに一瞬指揮官は腹を立てたようだったが、すぐ先ほどまでの笑顔に戻る。

 相当喜んでいるのだろう。いつもならこんな風には行かなかった。


 一瞬軽蔑するような目で、指揮官を睨みつけたイヴ。

 しかし、一瞬にしてその顔を元に戻し、再び何も無い虚空を見つめ直した。



 意識を集中すると、目の前は真っ暗になり、イヴの耳にはどんな音でも届かなくなる。

 最大まで集中力を引き上げ、戦闘に使う為に訓練をした結果、ここまでになった。

 しかし目の前が真っ暗になってしまうため、戦闘の時は8割がしら他のことを考えている。


 いつもならあの兵は確実に死ぬだとか、あの軍隊は攻撃から防御をする時間が長いだとか考えていた。

 だが少し前から、『クラナ』の言葉ばかり考えてしまっている自分がいた。


 クラナはどうなったのだろうか。それはイヴには知りようもないことである。

 しかし、気になって仕方ないのだ。どうしても頭から離れない。離れてくれない。


 だが考えていくにつれ、イヴは一つの疑問にぶち当たる結果となる。

 それはアンドロイドには『感情』が無いということ。あるはずが無いということ。

 なのにイヴは考え、それに基づいて行動している。これは立派な感情があるということではないのか。


 イヴはそのうち研究者達どころか、自分まで信じられなくなってくる。

 自分は一体なんなのか。アンドロイドとしては少しだけ異例、という言葉で収まりきらない気がする。

 異例というよりも、自分はアンドロイドではなく、ただの人間の出来損ないなのだろうか。


 いつの間にかそんなことを考えていた自分に、少し腹が立ったように虚空を睨みつけるイヴ。

 しかし集中力が解けてしまったのか、一気に目の前の景色がイヴの瞳へと映し出される。


 ──騒がしくしている研究者に、スヴァローグのお偉いさん方。

 意味も無く騒いで、勝てると確信して、勝つ為の努力をこれっぽちもしない。

 こんな人間達と戦って勝てるのだろうか。そんな不安に駆られるイヴ。



 そのうるさな部屋に、先ほどとは雰囲気の違う音が一つ。──警報だ。

 耳障りな警報の音でさえも、人間達の顔を笑顔にしていく。

 いつもなら、張りつめた空気が流れ、誰一人笑顔を見せる者はいなかったというのに。




『東、約23°より、ストリポークの軍隊。至急関係者は作戦指令にお集まりください。繰り返します──』




 感情のこもっていない女性の声が聞こえたかと思うと、わぁ、と大きな歓声が上がった。

 動かしかけた足をいったん止めたイヴ。そして何事かと歓声のする方を振り返った。




「これでついに、ストリポーグ国を倒すことが出来る!」


「我らスヴァローグ国がストリポーグ国を……世界を支配するのだ!」


「万歳! スヴァローグ国万歳!」




 大きな歓声の中、一つ大きな音──壁を思い切り叩いた音だろうか──が響いた。

 一斉に人々はその音の方向へと首を向ける。そこにはセネルがいた。

 今までよりも更に鋭い目つきで研究者達を睨みつけたかと思うと、さっさとその部屋を出て行ったしまった。




「……指揮官……。セネル・グランツェは大丈夫なのでしょうか?」




 少しして、心配そうにスラヴ研究所の研究者──眉をよせながら──が指揮官に話しかける。

 一瞬首をひねり、唸った指揮官だったが、何かを思い出したようにニッと口元をあげる。

 そして誇らしげな声で、ひときわ明るい声でその研究者を励ました。




「クラナ・ランディーヌがこちらの手の中にある限り、あいつは命をも捨てるだろうよ」




 指揮官の声を聞き、イヴは少し驚いたように目を丸くする。しかし、それだけ。

 イヴは横目で指揮官を見ると、セネルに続くようにその部屋から立ち去った。











*











 イヴが作戦指令室に着いた時、既に他の主戦力になる人間達は集まっていた。

 コードネーム0002、別名『ヴィトラフ』。スヴァローグ騎士団団長『ヴェレス』。

 そして少し視線を移した先にいるのは──元スラヴ騎士団団員『セネル』。


 イヴは軽く申し訳なさそうに頭をさげると、いつも並んでいる定位置へとつく。

 隣には『ヴィトラフ』の赤い薔薇が見えるが、一度も目を合わせようとはしなかった。



 イヴよりも少し遅れて作戦指令室にやってきた指揮官。その顔には未だに笑みがあった。

 その表情のまま、指揮官は全員主戦力は揃っているかと確認をする。

 全員いると分かると、口元には怪しい笑みが浮かんで来た。先ほどとは違う、怪しい笑みが。


 一瞬指揮官は、イヴとセネルへと視線を移した。──ようなきがした。

 本当に一瞬のことだったので、イヴにも正しいかどうかは分からない。

 しかし、一瞬だけ、本当に少しの時間だけ、悲しい瞳で自分を見た気がするのだ。


 だがイヴが視線に気がつき、指揮官を見た時には、既に前の表情へと戻っていた。

 何かと首を少しだけ傾げたイヴ。しかし、今は任務中だということを思い出すと、首をまっすぐに戻す。

 そして指揮官の言葉を──聞きたくない言葉を──静かに待った。




「……よし、これでいけるな……」




 指揮官は小さく呟くと、俯いていた顔をパッとあげる。

 ──その顔は喜びだけではなく、何かに対しての自信も入り交じっていた。


 その指揮官の瞳を見て、一瞬イヴは恐怖を覚える。

 特にいつもと変わった顔でもなく、不気味な顔も指揮官はしていない。

 だが、何故か本能的に『この人はもう危険だ』と察知したのだ。


 今まで、生まれて十数年。感じることの無かった指揮官への恐怖。

 それが何故今頃になって表れて来たのか。何故感じるようになってしまったのか。

 イヴにはとても分からなかった。──最近はイヴにも分からないことが多すぎる。


 少し考え事に思いふけってしまい、きちんと指揮官の話を聞いていなかったイヴ。

 しかしだいたいのことは既に聞かされている。どういう風に、攻撃をするのかなど。

 イヴは最大の戦力の為、指揮官やスヴァローグ国王から事前にイヴにだけ教えられていたのだ。


 ──その作戦とは残酷な物で、流石にイヴもやる気が引けた。

 それ以上に、『クラナ』がスラヴ研究所に連れて来られた時のことを連想させるやり方なのだ。


 そのやり方とは、なりふり構わず殺すこと。重要人物はたったの数名なのに。

 『クラナ』の時もそうだったのだろう。記憶によれば部屋のあちこちに血が飛び散っていた。

 そしてセネルを助けた男も、軽傷とは言いがたい大きな傷を負っていたのだ。


 イヴは実際にそこにいた訳ではないが、記憶によると、外は恐ろしいほど静まりかえっていた。

 ──町にいた住人達は、なりふり構わずスラヴ騎士団に殺された。そう考えてもいいだろう。


 見るだけではなく、今度はイヴ自身がその残酷な殺し方をするのだ。

 誰一人残すことは許さず、街を完璧に全滅させなくてはいけない。

 もしそれが出来ないようだったら、自分自身が解体され、ただの鉄の塊になってしまう。


 それは怖かった。人を殺す以上に何よりも、どんなことよりも怖かった。

 だから指揮官の命令には二つ応えで従うしか無かった。それしか道がなかった。

 いままで。そして、きっとこれからも──……




「──これより、ストリポーク国に我々は最大戦力を持って、攻めかける!!」




 指揮官の声とともに、歓声が上がった。しかし、イヴの瞳は硬く閉じられたまま。

 罪の無い人を殺す恐怖と、指揮官に対する恐怖に身を震わせながら──……


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