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05

 スラヴ研究所とスヴァローグ帝国が手を組むという情報は、あちこちに知れ渡っていた。

 もちろん敵国であるストリボーグ国にも伝わっていることだであろう。

 しかし、ストリボーグ国が動きを見せることは今のところなかった。


 スラヴ研究所の最強アンドロイドとされているイヴは、もちろんこの戦いに加わることとなった。

 本当は嫌だったのだが、指揮官の命令を断れば自分はもう動くことすら出来なくなってしまう。

 そのことは戦いに出ることよりも怖れなければならないことだった。



 ──東の空から微かに太陽の光が覗ける頃、イヴはスヴァローグ帝国基地の中にいた。

 本格的に作戦を練り、ストリボークへと攻撃を仕掛けるのだという。

 すっかりスラヴ研究所と手を組んだせいで、スヴァローグ帝国は勝った気でいる。


 イヴはそんな人間達を見て、愚かだと思ったし、それ以上に哀れだと思っていた。

 戦争からは何も生まれないのに、名誉の為だけに戦っている人間を。


 しかし、ここの基地にはそのイヴが思い描いている人間とは、少し違う人間がいた。

 それはスヴァローグ騎士団団長、[ヴェレス・セルマルグ]という名の人物。


 何より祖国の発展の為にその身を戦へと向かわせている人物だ。

 部下からの人望も厚く、スラヴ研究所からも一目置かれている人物のように思える。


 そんなヴェレスとイヴが初めて会ったのは、ついさっきのことだった。

 正確に言えば『会っていない』が、その人物の考えを聞くことが出来たイヴ。

 どういうことかというと、国王とヴェレスの会話をイヴが廊下で聞いたのだ。


 普通の人間なら聞こえるはずの無い声だが、イヴには聞こえていた。

 聴力が人間の最大まで研ぎすまされていたが為に、その耳に声が届いてしまったのだ。








『──王、何故戦を続けるのですか!?』




 少し大きな男の声──ヴェレスだと思われる──に、イヴは歩いていた足を止める。

 イヴが歩いていたのはスヴァローグ基地の地下廊下で、丁度国王の私部屋の前だった。




『仕方ないのだ。これはどちらかが負けるまで──』


『どちらが勝っても、莫大な被害が出ます! これ以上戦い続けるのは無意味です!』




 ヴェレスが机を大きく叩いたのだろう。廊下にはバン、という大きな音がこだまする。

 しかしその廊下にはイヴ以外の人影が見つからなかったため、誰もこちらをみることはなかった。


 半ば怒り口調のヴェレスに対して、国王は困ったような口調だ。

 イヴは静かに息を殺したまま、その場を動かず二人の会話を聞いていた。

 ──この会話を聞いていたのはイヴだけではなかったことに、イヴはまだ気がつかない。




『戦う理由が分かりません! 何故ここまでして戦うのですか!?』


『──ヴェレス、戦いに理由なぞ必要あると思うのかね?』




 国王の思わぬ言葉に、ヴェレスは目をただ丸くするだけだった。

 まるで、国王の言っている言葉の意味が分からない、と言いたげに。


 言葉が続かないヴェレスを見て、少し怪しげな微笑みを浮かべる国王。

 そして、静かな声でヴェレスへと事実を突きつける。




『実際、戦う意味など存在しない。上が戦えと言えば、下は素直に戦うのだよ』


『で、ですが! 毎日罪の無い、我々騎士団の血が流れていては──!』




 必死に言葉を絞り出し、国王に反論するヴェレス。

 その言葉からは、自分よりも自分の部下を気遣う心が見える気がした。


 その言葉を聞いて、何故ヴェレスは部下の為にここまでするのかと不思議がるイヴ。

 今までイヴは、下の者が上の者に歯向かうなど、あってはならないとずっと思っていた。


 上の者に命を落とせと命令されれば、下の者は戸惑うこと無く命を落とす。

 それがずっと、イヴに取っては生まれてからずっと当然のことだった。




『……アンタ、0001?』




 後ろから不機嫌そうな声が聞こえて、イヴははっと後ろを振り向く。

 考え事をしていたために、人の気配が近づいていたのに気がつけなかったのだ。


 振り向いたそこにいたのは、金髪の幼い少女──チェルノ。

 チェルノの顔は見るからに不機嫌そうな顔で、ぶぅ、と頬を膨らませている。




『なんでアンタがここにいるの? ……ヴェレスお兄ちゃんで十分なのに……』




 チェルノが不機嫌な声で漏らした言葉。──誰にも聞こえないように小さな声で。

 このチェルノの言葉で。チェルノはヴェレスの妹だと認識したイヴ。

 それと同時に、自分はチェルノに嫌われている、とも悟った。


 しかしヴェレスの髪は光が反射する銀髪。そしてチェルノは金。

 どうみても兄弟には見えなかったが、イヴは特に気には留めなかった。

 気にとめたとしても、こちらになんの利益もないのをイヴは分かっている。



 少し何もせずにチェルノといると、もう一つ別の足音が反対方向から聞こえて来た。

 どこかで聞いたことのある足音だったので、まさか、と思い振り返るイヴ。

 イヴの予想した通り、そこにはスラヴ研究所、『コードネーム0002』がこちらに向かってきていた。




『立ち聞きとは……。0001様も良い趣味をしていらっしゃいますね』




 皮肉たっぷりにコードネーム0002──別名『ヴィトラフ』がイヴに話しかける。

 イヴは一瞬反論しようと前に出かけたが、その足を止める。

 もしここで声を上げ、二人に気がつかれては自分がどうなるか分からないからだ。


 ──ヴィトラフは金髪に赤の瞳を持っていた。

 肩より少し長い金髪は下ろして、髪飾りとして赤い薔薇を着けており、その薔薇が印象的だ。

 服装は黒いカットソーの上に赤い上着を羽織っている。

 短い真っ赤のスカートの下は、黒いズボンを履いてた。



 ヴィトラフをしばらく睨みつけていたイヴだったが、静かにその場を去ろうとした。

 心の中のよくわからない感情を、必死に隠そうとイヴの足取りは早くなる。

 ──その時、強い口調でヴィトラフに話しかけられた。




『私より貴方が上なんて、私は認めていませんからね。……感情があるアンドロイドのくせに……!』




 ヴィトラフの『感情』という言葉に過剰に反応してしまうイヴ。

 他のアンドロイドに、イヴは感情があると思い込まれ、嫌われていたのだ。

 自分に感情がないのは、相手が一番知っているだろう。なのに、そう思われている。


 今更ながらその事実を思い出し、イヴは少し寂しい気分に陥る。

 しかし、端から見れば全く気にしていないように静かに歩いていた。



 ヴィトラフは静かに歩くイヴを見て、もう一度睨みつけたが、その視線にイヴが反応することはない。

 その様子を見て、ヴィトラフは怒りをより一層深めた。

 そしてイヴとは全く反対方向へと、早い足取りで歩いていった。








 気がつかれなかっただけ幸運だが、余計にヴィトラフに嫌われてしまったな、とイヴは思う。

 少しでも任務の時の為に、信頼を深めておきたかったのだが、そう簡単にはいかないらしい。


 それよりも、イヴはあの『ヴェレス』の言葉が未だに信じられないでいた。

 何故上の者が下の者のために苦労するのか。何故更に上の者に噛み付こうとするのか。

 それが信じられないことであったし、理解できないことであった。


 今までイヴはそんな人物に会ったことがなく、ただ上の命令に従う人間ばかり見ていた。

 それどころか、上の人間に媚びて少しでも地位をあげようと無駄な努力をする。

 そんな哀れで愚かな人間にしか、イヴは出逢って来なかったのだ。



 ──先ほどと同じ不注意を、イヴはもう一度犯してしまった。

 考え事をするあまり、一人の人の気配に気がつくことが出来なかったのだ。


 不意に後ろから聞こえた低く、頭へと響く声。それでいて、どこか寂しげな声。

 その声の持ち主は酷く冷めた目で、イヴを見つめていた。




「──0001、国王が呼んでいる」




 イヴが振り返れば、そこにいたのは黒髪の青年──セネルの姿が。

 記憶の中とは全く違う、冷ややかな目でイヴを見つめていた。

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