04
──スラヴ騎士団。スラヴ研究所を守る為に結成された、謎につつまれた騎士団。
その騎士団員はまるで感情が無い、人形のようだと誰もが言う。
騎士団長の命令なら、人を殺すことも何一つ顔を動かさずに行う。
そんな不気味な騎士団──人間はもはや、アンドロイドと同じように感情が無いと思っていたイヴ。
しかし、指揮官の言葉が本当ならば、目の前にいるセネルは元スラヴ騎士団団員だ。
だとしたら、彼には感情が無いはずなのだが、そうとはとても思えなかった。
記憶の中の『彼』はクラナを守ろうと、必死に一人で動いていた。
クラナの為に涙まで流していた。なのに、なのに──……?
「何故……何故元スラヴ騎士団の団員がここにいるのですか?」
さすがのイヴも驚く気持ちを抑えきれないまま、指揮官へ尋ねる。
しかしイヴの視線はずっとセネルに注がれており、指揮官へと移ることは無かった。
「グランツェは反逆者だ。だが力は絶大。だから……取引しようと思ってな」
先ほどから怪しい笑みを口元に浮かべている指揮官。
その顔はいつもとは比べ物にならないほど不気味で、イヴでも恐怖を覚えるぐらいだった。
「……言ってるだろ。俺はお前達と組む気はない。ましてやヴィトラフ、お前となんか……!」
急に後ろから低いトーンの声が聞こえる。──セネルの声だ。
流石に傷が痛むのか、少々無理しているような、震えている声だ。
しかし、そう気がつかせまいと強がっている声でもあった。
──それとイヴが気になったのは、ヴィトラフという名前。
セネルの視線にいるのは指揮官。なら、ヴィトラフとは指揮官のことと考えていいだろう。
指揮官の名前なんて、聞いたことがなかったと、小さくイヴは思う。
「ほぅ。クラナ・ランディーヌがどうなってもいいのか?」
指揮官の口から、不意に『クラナ』の名前がこぼれる。
その名前に過剰に反応してしまうセネル。しかし、その後大きく首を振った。
まるで、もうクラナはこの世にはいないと自分に言い聞かせるように。
それでも指揮官は言葉を続ける。──皮肉たっぷりの口調で。
クラナはお前の助けを待っているだとか、お前のせいでクラナは我々の手の中にあるなどとぬかす。
その言葉に我慢できなくなったのか、ついにセネルは声を荒げた。
「お前らのせいで……クラナはお前達のせいで死んだんだろ!? なのに──!」
「──誰がクラナ・ランディーヌを殺したと言った?」
指揮官の思わぬ言葉にセネルは言葉をはっととめた。
その顔は驚きに満ちており、指揮官の言った言葉が信じられないとでも言いたげだった。
それもそうだろう。セネルはあの日、クラナの悲鳴を聞いているのだから。
セネルはあの日、赤に染まった部屋を見ているのだから。
「クラナ・ランディーヌは大切な『実験材料』だ。殺す訳がないだろう」
「なっ──……!?」
セネルは未だ指揮官の言葉を信じられていないようで、ただ目を丸くするだけ。
一方指揮官は未だに怪しげな笑みを浮かべており、セネルを見下すように見ていた。
二人の会話の内容を聞いて、イヴは少々混乱していた。
自分にそっくり──いや、自分『が』そっくりな少女の名前は[クラナ・ランディーヌ]。
これまた、セネルと同じようにイヴの記憶と見事に一致している。
指揮官の言葉を元にまとめていると、クラナは確かに人体実験に使われたようだ。
しかし、そこで死した訳ではなく、奇跡的に生き残ったのだろうか。
そして今もなお何かに利用され続けているのだろうか。
それはどんなにつらいことか、イヴには全く想像がつかなかった。
何日も白衣の男達に囲まれて体に変なエネルギーが急に入ってくる。
そんな日々が何日も続くのなら、死んだ方がましかもしれない。
それでもクラナは生きているのだ。悲しみに明け暮れながら、ただ生きている。
大切な人の笑顔を見ることも出来ずに。
クラナに与えられた使命は、『生きて実験材料になること』なのだろうか。
そんなつらい使命を、誰が与えたのだろうか。
否、与えられた訳ではなく、誰かに押し付けられたのだろうか。
イヴが寂しそうに瞳を伏せていると、小さなセネルの声が聞こえた。
その声は震えており、顔は下を向いている。──泣いているのかもしれない。
「……その言葉に……嘘は、ないんだろうな……」
「あぁ。もし嘘だったら、私の首を落としても構わない」
指揮官の自信満々の声を聞き、セネルは思う。こいつは嘘をついていない、と。
もしついていたとしても、それが自分にばれれば相手は必ず死ぬ。
自分にデメリットはおろか、メリットしかついてこない。
──しかし、それが嘘だと分かった瞬間、自分はもう人間ではなくなってしまうのではないか。
一瞬水面に浮き上がった所を、更に重たいおもりによって沈められるのだ。
前回はなんとか浮き上がれた。そして今をこう生きている。
しかし、同じことがもう一度起きたのなら。
自分に浮いて来れる──もう一度立ち上がる力は残っているのだろうか。
「さぁ、どうする?」
セネルをせかすように、指揮官はもう一度声をかけて来る。
その声を聞きながら、セネルはゆっくり、静かに瞳を閉じた。
『セネルー!』
瞳を閉じれば聞こえてくるのは『彼女』の声。
何に変えても守ると、そう自分に誓った彼女の声。
その声は暖かくて、自分をいつも、どんなときだって見捨てずに照らして来てくれた。
彼女の動作が、話し方が、目を閉じれば昨日のことのように甦ってくる。
ひとときの幸せ。しかしそれはほんの一瞬にしか満たない時間で。
いつの間にかその時間は『スラヴ研究所』によって破り捨てられていて。
『──逃げて……ッ!』
その幸せな時間は一瞬で悪夢へと変わっていて、なんど涙を流したことか。
初めて彼女の為に涙を流したけれど、だからと言って彼女が帰ってくることはなかった。
絶望のそこにいた自分を再び立ち上がらせたのは、『復讐』という醜い心。
スラヴ研究所に『復讐』してやると、自分と同じ苦しみを味合わせてやろうと心に誓った。
こんな醜い自分を見たら、クラナはどんな顔をするのだろう。
怒るだろうか。それともただ悲しみに明け暮れ、泣き続けるだろうか。
──それとも……ただ寂しい目で、自分を見つめているだけかもしれない。
そんな顔は、クラナにはさせたくなかった。させようとは一度も思わなかった。
ずっと笑顔でいて欲しいと、セネルは何度も思っていた。何度も、願っていた。
だが、その願いももう、叶える事は不可能に近い──……
セネルは静かに瞼を開ける。その目は何かを決心したかのように見えた。
そして静かに、下手をすれば見逃すほど小さく頷いた。
そのセネルの動作を見て、指揮官は不気味に、怪しく口元をあげた。
「……ではこれより、我らスラヴ研究所は、スヴァローグ帝国と手を組み、ストリボーク国を攻撃する!」
指揮官が誇らしげな声をあげると、作戦司令室は大きな歓声によって包まれた。
誰もが顔が喜びの表情で溢れており、誇らしげな、指揮官と同じ笑いを浮かべている。
しかし、その中で俯いている人影が2つ──いや、3つあった。
その三人の横顔からは寂しさを感じることが出来、そこだけ世界が違うようだった。
茶髪の感情の無いアンドロイド、イヴ。
黒髪の心に復讐を誓った青年、セネル。
金髪で謎の多い小さな少女、チェルノ。
それぞれの想いが、記憶が、感情が頭の中を交差する。
心にそれぞれ別のことを誓った2人の人間と、1人のアンドロイド──……