02
今まで静かだった研究室が、嵐でも来たかのように五月蝿くなる。
その声は研究者のもので、焦げ茶の髪のアンドロイド──イヴに冷たい視線を送っている。
少しその視線を気にしながらも、何も感じぬように歩くイヴ。
しかし、その心にはなにか引っかかるものを感じていた。
「……あいつが最強の戦闘用アンドロイド、か」
「ロマーンさんも変わってるよな。『あんなこと』をするなんてさ」
視力、聴力ともに最大限まで研ぎすまされたイヴの耳には、しっかりとその声が届いている。
しかし、そんなことも研究者達は知らない為、その声は一向にやまなかった。
ついに我慢できなくなったのか、イヴは先ほどよりも鋭い目つきで睨みつける。
イヴのただならぬ殺気に怯え上がったのか、研究者たちはただちにそこからでていった。
それを見てイヴはそっとため息をつき、近くのイス──本当に簡単な作りだ──に座る。
何故だか少し、すっきりとした気分だった。
「……人間なんて……、みんな……」
愚かな生き物。そう吐き捨てようとしたときだった。
何かが頭の中に甦って来た。どこかの景色が、誰かの感情が一気に頭の中へ流れ込んでくる。
『セネル! 逃げて!』
誰に話しかけているのか分からないが、茶色の髪をもった少女──イヴによく似ている──が必死に呼びかける。
その呼びかけに答えた青年は、綺麗な黒髪を持っており、涙を浮かべていた。
『クラナを置いていけない!』
その黒髪を持つ青年──記憶からすると、セネルと言うらしい──は大きく首を横に振った。
セネルという青年はしっかりとイヴ──いや、クラナの手を握っている。
クラナとセネルは体中傷だらけで、特にクラナの足に大きな傷跡が見える。
何か刃物で傷つけられたようで、もう立っていることもままならないようだ。
当の本人は何故だか微笑みを浮かべており、セネルに逃げるよう促している。
しかし、そのセネルは決して自分だけでは逃げたくないようだった。
『やっぱり、俺が戻ってきたから……!』
『違うよ、セネルのせいじゃない。……全部、私のせい』
二人が会話をしているうちに、近くの方から鎧特有の鉄と鉄があたる音がした。
もう、『奴ら』が側まで来ているのだとクラナはセネルに説明する。
セネルはクラナの手を握り、一緒に逃げようと促す。しかし、決して首を立てに振ろうとしないクラナ。
『奴らは……私を狙ってるの。私と一緒にいたら、セネルが助からない……』
『あいつらなんて、俺が倒してやる! ……だから……、だから……!』
かすれるような声で、セネルは必死にクラナに呼びかけた。
──鎧の音は、すぐ近くまで近づいて来ている。恐らく、二人を捜しているのだろう。
クラナはその音に気がつき、集中して周りの気配を探ってみた。
2、3……いや、4人はいるだろう。いくらセネルが強いからと言って、4対1なんて勝てるはずが無い。
クラナはそう瞬時に判断したのか、動かない足を動かし、セネルを出口の方へと突き飛ばす。
──そこには、同じ街の人間が待っていたのだろう。セネルはその街人に無理矢理外へと追い出された。
『離せ! クラナが!』
『そのクラナの願いなんだ。お前だけは生きていて欲しいとな』
必死にドアを叩いていたセネルだったが、その街人の言葉を聞いてその手がとまる。
そして、セネルは寒くもないのに、ガタガタと大きく震え出した。
──その後、大きな悲鳴がセネルの耳に響いた。
『……クラナ……?』
ドア越しに声をかけてみたが返事はない。
それどころか、どれだけ集中して気配を探っても、何一つ生きている気配はない。
セネルはその場に力が抜けたようにペタンと座り込んでしまった。
『──ナ……。……ラナ。……クラナ……ッ!』
セネルの声がもうクラナの耳に届くことは無く、ただ街の中に響いた。
もう、セネルの声に笑顔で返事をするものは、誰もいない。
そこで急に自分の──イヴの意識へと切り替わった。
先ほどまで、まるで『クラナ』という少女になったように感じていたイヴ。
「……ッ! ……クラナって……一体……?」
小さくイヴが呟いたとたん、警報がなった。イヴにとっては耳障りな音だ。
しかし、今日はいつもとは違った。いつもの警報では無かったのだ。
〔アンドロイド、A-S隊。至急セマルグル丘に集合せよ。繰り返す。アンドロイドA-S隊。至急──〕
アンドロイド、A-S隊とは、最も優秀なアンドロイドが集められた隊のこと。
普段はよほどのことが無い限り出動することはなく、待機の命令しか出されていなかった。
しかし、今回はいつもとは違う。
イヴは急いで先ほどの記憶を振り払うように立ち、セマルグル丘へと向かう。
その体は、記憶の中に出て来た青年──セネルと同じように震えていた。
*
イヴは他のアンドロイド──といっても、イヴをあわせて三体だけだが──よりも遅めに集合した。
だが、幸運なことに敵はまだ攻撃をしかけて来てはいないらしい。
アンドロイド、A-S隊が出されるぐらいだから、イヴは敵は何千もの大群だと考えていた。
しかし、その予想は多いに外れることとなる。敵はたった1人なのだ。
イヴが相手の顔を確認しようと、少し自分たちより高いところに身を潜めている相手に視線を向けた。
──その青年が、記憶に出て来た青年、セネルと瓜二つなのだ。
「あの人……!?」
「どうした、0001。何か異常でもあったのか?」
0001とは、イヴのコードネーム。よほどのことが無い限り、イヴはこう呼ばれる。
指揮官の声にイヴは震えながらも首を振る。
それ以上指揮官は聞いてこなかったが、何かおかしいと思ったのだろう。イヴに撤退するように命令した。
「0001、どこか破損したか? ロマーン博士に取り次いでおくから、先に戻れ」
「……いえ、大丈夫です……」
ここで戻されては、あの人が何者かが分からなくなってしまう。
それはイヴにとって、一番さけるべきことだった。
あの人が自分とどう関係があるのか。もしくは、全くの無関係なのか。
「そうか。0001は大事な戦闘機だからな。いなくなれば大幅に戦力も減る」
「……はい。分かっています」
出来るだけ声のトーンをいつもの調子に抑え、いつもの返事をした。
指揮官はもう変だと感じなくなったのか、少し頷くとまた敵の方へと視線を動かした。
少しの間、両者とも手を出さず、静かなまま時間が過ぎた。
出来ればこのままでいて欲しいとイヴは願ったが、それはただのイヴの夢だったようだ。
少しして、敵──間違えない、セネルだ──がこちらに飛び出して来た。
それとほとんど同時に銃声が鳴り響き、イヴ達も茂みから飛び出る。
少しいつもより力、足の機動力を抑えながら敵へ近づいていく。
他のアンドロイド──0002と0003には、自分が合図してから来るように、と命令してあるのでしばらくはこないだろう。
イヴはそんなことを思いながらただ相手へと突っ込んでいった。
「……!?」
イヴの姿を捉えた瞬間、敵の顔が驚きに溢れた。──やはり、彼は自分と関係があるのだろうか。
そう思ったとたん、強く背中が地面に叩き付けられる衝動を感じた。
イヴは敵に地面に向かって、思い切り投げ飛ばされたのだ。
「……お前ら……やっぱり……!」
微かに黒髪の間から覗ける青年の瞳には、怒りが満ちあふれていた。
いや、怒りだけでなく、寂しさ、悲しみも入り交じっているのだろう。
今にも泣き出しそうな寂しい顔をしていた。
「クラナを……人体実験に使ったのか……!」
敵がこちらに向かってくるのを見て、思わず瞳を閉じたイヴ。
──その瞬間、脳裏にある風景が浮かんだ。
あたりには赤く染まった白衣をまとった学者。
少しあいているドアからは、血にそまった腕が何本ものぞける。
血に染まった手が伸びてくる。──嫌だ、こないで。
『私』は悲鳴をあげる。脳裏に浮かぶのは、優しい『彼』の顔。
彼にあいたい、彼に会いたい。
彼ともう一度で良いから会いたい。会いたい──……
次の瞬間、『私』の意識が途切れた。
「……セネ……ル……?」
イヴは頭の中に浮かんでは消える名前を、何度も何度も繰り返す。
忘れないように、何故だか分からないけど、忘れたくない。そんな気持ちがあった。
その名前を口にした瞬間、敵──セネルの手がとまった。
愕然とイヴを見下ろしており、その目には微かに涙さえ溜まっている。
「……ッ!」
セネルは一瞬だけ、今にも泣きそうな、つらそうな顔を見せるとその場を立ち去った。
イヴはただ、そのセネルの後ろ姿を、なんだか懐かしい思いで見つめていることしか出来なかった。




