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第9話 最初で最期のデート!

私、滋味美緒は今日、生まれて初めてのデートに向かっている。

と同時に無事に済めば、それは私の人生が終わることを意味していた。

怖くない、といえばウソになるが、死神のおじいさんに無理やり頼み込んで、本来死んでいたハズの私の寿命を今日まで伸ばして貰ったのだから満足はしている。


それに何よりも怖かったのが、もしあのまま私が死んでしまったら、兼満トオル君とのデートの約束を守れなかったどころか、デートすっぽかし=一方的にフラれてしまったと彼に勘違いされることだった。

こんなことなら、もしもの時に備えて、お互いの電話番号を交換くらいするべきだったのだ。


でももし、彼からの電話を他の家族がとったりしたら…私にとっては恥ずかしいどころか、言い訳すら思いつかない状況は恐怖でしかなかった。

それでも勇気を出して私の方から彼に自宅の電話番号を教えるべきだったのだ。

私は自分の寿命について過信していた。


人って歳や病気の有無に関わらず、不慮の事故などでも突然死ぬという当たり前の事に自覚が足りていなかったのだ。

あのままトオル君は私の死すら知らずにデートをすっぽかした失礼な女として恨まれるか、いつの間にか忘れ去られてしまう存在になるところだったのだ。


私の中にいる、おじさまからは『そもそも携帯電話くらい持ってないのか?』って呆れられたけど、あんなに重たいものをワザワザ持ち歩いて自慢げに使う人は、お金持ちの青年実業家くらいではないのだろうか?

父ですら未だに緊急連絡はポケベルだ。

もっとも私の方は、親の方針でポケベルすら持たせて貰っていなかったが…


そんな訳で私は今、待ち合わせ場所の新宿に向かう電車の中だ。

先ほどからおじさまは、口数が少なくなっている。

何か自分の高校時代の思い出と重ねているようだ。

あんなに軽薄なナンパ師でも純粋な時代があったのらしいのだが、怪しいものだ。

悪い人ではないのだろうけど、私には口の巧すぎるおじさまが、今一つ信用できなかったからだ。


でも逆に張りきられて、デートを台無しにされるよりはマシなので、しばらくは放置することにした。

電車が新宿駅手前の長い地下線に入ると、急に私は不安になった。

彼は本当に待ち合わせ場所に来るのだろうか?

まさか彼まで事故にあったりしないだろうが、急に気が変わったり、他に優先度が高い用事が入ったりして来られないこともあるんじゃないだろうか…


その場合は私がデートをすっぽかされて、そのまま人生終了??

それってあまりにもミジメな最期ではないだろうか?

『心配のし過ぎだぞ、美緒の話じゃクソ真面目なメガネ面の高校生なんだろ?きっとお前よりもずっと早い時間に着いて待ってるさ』

おじさまは私の不安を見透かしたように言うが、なんだか説得力を感じる。

さすが大人のナンパ師ね。


【9:30 約束の場所で、ずっと待ってます。トオル】

新宿駅に着いてすぐに駅の伝言板をチェックし、彼の書き込みを見付けて安心する私。

『じゃあ、あとは任せるからな、美緒…俺はちょっと野暮用があってしばらく出てこれない』

いきなり、おじさまが訳の分からないことを言い出した。

『ハァ?何、この大事な時に』

『すまん、さっき気付いた手違いについて、じいさんに確認したいんだ』

死神さんと何か大切な話し合いがあるらしかった。

『わかった、なんとか自力で頑張ってみるよ…不安しかないけど』

『ああ、だが美緒なら大丈夫だ。たぶん彼の方が君にゾッコンだろうから…』

あれだけ私を貶しておいて、手のひらを返したように調子が良すぎだ。

まあいい、頑張るしかない。

次はもう無いのだから、と覚悟を決めると、不思議と度胸も湧いてきた。


改札口を出てから真っ直ぐ交番に向かって歩く私。

徐々に交番が近づいてくると、彼の姿もはっきりと捉えることができた。

トオル君が私に向かって手を小さく振ってくれた。


『ああ…本当に会うことができたんだ、良かった』

私の中から、おじさまの感極まった声が響いた。

何、泣きそうな声を出しているんだろう?

『ちょっと、恥ずかしいですよ』

『いや…スマン、気にせずデートを楽しんで来てくれたまえ』

『何、上から目線で言っているんですか!』

『…』

だがそれきり、おじさまはだんまりを決め込んでしまったようだった。


トオル君に無事会えた私はその後、彼の案内で近くの喫茶店に向かった。

地下鉄沿いに西口から東口を結ぶ地下道を歩いていくと、その先の地下にある小さな喫茶店に入った私たち。

「ここって、いつも立ち寄る本屋さんの近くで、よく使うんだ」

「へえー…」

私が部活帰りに立ち寄る〇ックやデニ〇ズよりはデートらしいかな、とは思いつつも、こんな暗がりのお店よりは地上に明るい店もいっぱいあるのに…


まあ私同様、普段デートをしたことすら無さそうな彼が一生懸命考えて選んだ店なのだろうからもっと前向きに考えよう。

…でも私にとっては、たぶんここが生きている間での最期になる風景なので、このまま地獄に落ちそうな暗がりの喫茶店より、もっと昇天しそうな明るい店の方が良かったのにな、とも思えた。


だが、いざ喫茶店で彼と向かい合わせに座ると、そんな余計なことばかり考えていた私を一気に緊張が襲った。

それは彼も同じようだった。

出てきた水を飲むときに彼のコップを持つ手がガタガタと震えている。

「滋味…さん、きょ、きょ、今日は来てくれてありがと…」

「い…いえ、さ、誘ってくれて、どうも…」

彼の緊張感がそのまま私に移ってしまったみたいで、なんだかとてもぎこちない。

ムリもないことだ。


恐らくは互いに中学入学から高校2年生の今まで、同世代の異性とのやりとりなんて皆無だったのだろう。

たまたま数週間、朝の電車での、わずかな時間に、かろうじて会話が何とか成立しただけに過ぎなかったのだ。

それをいきなり二人きりで待ち合わせた上に会話をするなど、私たちにはハードルが高すぎたのだ。


彼は必死になって、引っ越し中のどうでも良い苦労話の数々や、今住んでいる近所の流行っているお店の情報など、無理やり話し続けているが…まるで私の目すら見ず、お経でも唱えられているようだった。

…でも今度は私の方で話そうとしても、やはり同じように嚙み合わない会話しか出てこないんだろうな。

私が思い描いたデートの情景とは程遠かった。

こんなはずじゃなかったのに。

もっと彼と自然に会話をしたいのに!


そうやっているうちに彼が用意していた会話のネタも尽きたみたいで、しばらくすると長い沈黙の時間が訪れた。

とても気まずい…私が何か話さないと。

「あ、あの…」

私が何か話そうとするのを遮るように

「今日は会えて、よかった」

「え?」

彼はこれ以上の会話を諦めたのか、強引にまとめに入ろうとしていた。

ちょっと、早すぎない?まだ会って三十分しか経っていないじゃない。


「本当はね、滋味さんと、こんな時間をまた持ちたかったんだけど…」

けど…の続きは何?

これって私に告白をしたいの?それともこの関係を終わらせたいの?


「でも僕って、思ったほど長く会話すら続けられなくって…その」

あ、これって終わらせる方に向かっているっぽい。

私にとっての初デートであり、人生最期の思い出になるデートが今、呆気なく終わろうとしている。

もっと楽しく彼の事を知りながら、どきどきしたり、ときめきたかったのに…


でも、よく考えれば、このデートがうまくいったとしても、最高に楽しい時間になったとしても、私にとって、次はもう無いのだ…

仮にうまくいって万が一でも彼と付き合うことになった場合は、このまま、おじさまが引き継ぐのだ。

中身が中年男性と入れ替わった私と付き合うことになるのって、ある意味、罰ゲームではないか?

彼にとっても、おじさまにとっても。


外見からは爽やかな高校生カップルに見えても、中身は男子高校生と中年男性。

おぞましい光景しか私には思い浮かばなかった。

ならばいっその事、盛り上がらずにこれきりで終わりにした方がみんなのためにもなるのでは?

「そうね、確かにこのまま…ここでデートを続けてもつまらないよね」

「…うん、滋味さんもそう思うよね」

今度は私から口火を切った。

彼はガクリと首を垂れた。

お望みどおりこれで終わらせてしまおう、最初で最期のデートを。


「そうよ、だから場所を変えない?そろそろお昼なんだし!」

『え?』

私の主導権が強制的におじさまに入れ替えられた。

「一人でいるなら、いい雰囲気の喫茶店だと思うけど、こんなにうす暗い場所じゃ、会話も盛り上がらないでしょ?私にとって今日が人生初デートなんだよ…さ、行こうよ!」

おじさまが彼に手を差し伸べると、思わず握る彼。


「そ、そうだよね…ゴメン、僕も生まれて初めてのデートだから、いろいろ気づかなくて」

「大丈夫だよ、お互いに少しずつ慣らしていこうよ!」

さすがはベテランナンパ師だ…だが、おじさまはこれでいいのか?

今後、どうするつもりなのだろう。


『今後の事なんてどうでもいいんだ、お前は今日のデートを人生最期の良い思い出にする、今はそのことだけ考えろ!』

思わず涙が出そうになった。

…今の私は目の前の彼でなく、むしろ、おじさまにすがりつきたい衝動に駆られた…中身が一緒だから無理だけど。

それに、きっとおじさまは、どんな女性に対しても同じように”ぐっ”と来るセリフが言えるんだろうな。

だって史上最低のナンパ師なのだから。


でもおかげで、最初で最期のデートは、もう少し延長戦がありそうだった。

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