第6話 共同作戦?
俺、兼満トオル46歳は、16歳の女子高生の美緒に転生した。
だが、無事に転生できたと思ったのに前の身体の持ち主の魂(幽霊)がまだ留まっていた…
ひと悶着あったが、しばらくの間一つの身体に二人分の魂で共存することに同意した。
今後、俺の日常生活が滞りなく送れるように美緒から引継ぎを受けつつ、成仏に向けた初デート終了までこの状況を続けることになったのだ。
全く、訳のわからない状況が続いている。
そして一週間後、ようやく退院の日がやって来た。
この間、両親との込み入った会話時は美緒に主導権を渡し、何とかボロが出ない様に振舞っていた俺だったが、この日ちょっとした失敗をした。
美緒の父親が病院まで国産の高級自動車〇ーマで迎えに来た時だ。
しかも初代〇ーマ、なかなか良い趣味をした親父さんだ。
あるベテラン女優が三十年も大切に乗り続けて反響を呼び、メーカー側が全力で新品同様にレストアをしたことでニュースにもなった名車だ。
俺も車にはちょっとこだわりを持っていた。
ただし、国産、外車を問わず高級車のみだったが。
「この車って初代〇ーマですよね…やっぱりレストア品ですか?」
思わず素で口走ってしまった俺。
「え?レストア品って、どうしたんだ美緒、もう何度も乗ってるだろ?」
しまった、うっかっり失言をしてしまい慌てて何か言い訳をと思った瞬間、
『あとは私が引き継ぐので、おじさまは中で大人しくしていてください!』
『わかった』
家に着くまでは、俺は身体の主導権を美緒に全面的に渡して、暗闇の中で反省しながら過ごすことにした。
せっかく車窓の風景を楽しみながら、高級車でドライブをと思ったがここは我慢だった。
『ごめん、助かった』
『いいですよ、でも今後、車の話は、やめて貰えますか?父さんは車好きで、自慢話が長くなるので…』
『わかった、気を付ける…』
まあ、これだけレトロな車を乗っているのだから、恐らくそうなのだろう。
そもそも親娘関係も疎遠なのかもな、俺は美緒の父親に同情した。
『もういいですよ、おじさま』
『うむ』
美緒の自宅に着き、交代した俺は部屋を見回した。
女の子の部屋にしてはベッドと勉強机に本棚、洋服箪笥があるだけで殺風景だった。
『ずいぶんと…何もない部屋だな』
『あまりジロジロみないでくださいね、それと箪笥の下着を見るのも禁止です!』
相変わらずの俺のことは変態扱いだな。
まあ、そもそも親以外の異性を部屋に入れた経験すらなかったのだろうから無理もない。
だが俺は女子高生の下着なぞ興味ないわ。
女性は中身(ただし身体の方)を重視しているのだ。
『相変わらず、最低なナンパ師野郎ですね、おじさまは』
『そうか?』
なんだか最近、美緒からそう蔑まれるのが、誉め言葉にしか聞こえない。
俺はマゾ気質にでも目覚めたのだろうか?
「ところで、初デートっていつだ?」
『今月の第二日曜日です』
「もうあまり時間がなさそうだけど大丈夫か?」
『ええ対策はバッチリです!また身体の方、ちょっといいですか?』
「ああ」
主導権を交代し机の下から女性雑誌を自慢げに取り出す美緒。
【カレとの初デート!!成功のための10の法則】と書かれたイタイ表紙に俺は不安を覚えた。
おいおい、こんなマニュアル対策本なんかでうまくいくのか?
「中身を何度も読んで、もう暗記しましたから!」
自信満々に答える美緒。
恋愛をテスト勉強の一夜漬けと勘違いしていないか??
マニュアル本ほどアテにならないものはないぞ。
みんな同じ服装で同じセリフを言って、それぞれのデートが全てうまく成立する、なんて普通に考えてもあり得ないだろう?
「でも、この本には絶対成功するって!」
この女は世間知らずな上に情報弱者か?
『世の中に絶対なんてないぞ!じゃあまず、そのマニュアル本で俺のことを言葉だけで口説いてみろ!』
「ええーー、おじさま相手になんて、ちょっとムリですよ!」
『黙れ、君好みの彼氏を妄想しながら練習と思って真面目にやるんだ!』
「じゃ、じゃあ口説いてみますが、おじさまは私のセリフで本気にならないでくだいよ!」
『なるか、ボケっ!』
「じゃあ、始めますよ…」
美緒は鏡の中を覗き込み、緊張しながら囁いた。
「ほんとはねはじめてあったときからずっとあなたのこときになってたの…」
気持ちの全くこもっていない、長く棒読みの口説き文句が、お経の様に聞こえて来た。
これで本気になる男がいたら、かなりの変わり者だ。
『もういい、失格!』
「ええーー、ひどいですよ」
『もっと気持ちを込めろ!』
「ムリムリ…恋愛初心者の私にいったい、どうやって気持ちを込めろっていうの?」
このままではデートが大失敗し、美緒が悪霊化するバッドエンドしか思い浮かばない…
俺は仕方なく、初デートまでの残り10日を切った美緒に必要最低限のスキルを身に着けさせることにした。
『まずは相手の心を掴む会話の実践だ』
「はい」
小学生の頃を除いて異性との接触が全くなかったという美緒。
中学からの女子校育ちという独特な環境のせいでもあるが、誰か練習台になってくれる男子はいないのだろうか?
「いたら苦労はしませんよ、まあ彼との会話が少なくとも良い練習にはなったのかな、と」
美緒のお相手も男子校でコミュニケーション能力がかなり低そう、との事だった。
いかん、この女の初デートがうまく行くとは、本気で思えなくなってきた。
ともかく必要最低限のコミュニケーション能力を美緒側にも身に付けてもらわないと。
『じゃあ、まずはクラスメートとの会話で相手の心を掴む実践をしてみようか?』
「女の子同士で、ですか?」
『そうだ、コミュニケーションをとるだけなら男女関係なくできるだろ』
「まあ、そうですけど…」
翌日、学校までの道程は美緒に身体を任せ、俺は中で作戦を考えてみた。
まずは美緒のコミュニケーション能力を見極めながら、いざとなったら俺が表に出て、フォローをするなど柔軟に対応をすればうまくいくのか?
だが、それには緻密な共同プレーが必要でそんな作業がうまくいくのだろうか?
『おじさま、そろそろ五感を共有しても大丈夫ですか?』
『ああ』
どうやら学校に着いたようだ。
教室に入ると、クラスメートたちが続々と集まってくる。
「もう大丈夫なの?」
「心配したんだからね!」
「もしあのまま美緒が助からなかったらって思うと私ね…」
涙ぐむ女の子たちもいた。
まあ、本当なら助からなかったはずなのだが…
もしあのまま、美緒が成仏していたらこの感動的な光景は見られず、机の上にお花とか供えられていたんだろうなぁ。
そう思うと俺が転生したことによって、このクラスは明るさを取り戻すことが出来たのだろうと少し嬉しくなった。
でも、こうやって心配してやって来る友人たちとは、普通にコミュニケーションをとれるみたいだ。
『当たり前ですよ、中学からのお友達も多いんですから…』
なんだよ、これではあまり練習できないな…
そのうちに俺の視界の端に、もの凄く綺麗で無表情な美少女が座るのが見えた。
将来は美緒以上の美人になることは間違いないようだ。
『おい今、後ろから2番目の席に座った女の子も君のお友達か?』
『美ヶ原さんのことかな?私は、あまり仲良くないですよ』
美緒の話では美ヶ原陽子という、恐らくは、この学校一の美少女は、高校から外部受験で入学してきた才媛とのこと。
だが、その才色兼備ゆえの近寄りがたいオーラでクラスの中では浮きまくっている様子。
『美ヶ原さんと仲の良い子は他にいないのか?』
『いないと思いますよ、いつも一人でいますから…』
『じゃあ試しに彼女と仲良くなってみようか?』
『…おじさまって、美ヶ原さんのように綺麗な人、好きそうですよね』
美緒の呆れた反応が返ってくる。
ああ、美人は大好きだ。
久しぶりに俺のナンパ師の血が騒いだ。
まあ今は美緒という女子高生の身体なので、騒ぐ血があるのか疑問ではあるが…
「で…話したいことって何?」
放課後、屋上で待っていた美緒の前に美ヶ原陽子が現れた。
「え…えっと、あの…」
やはり美緒は陽子のことが苦手そうだった。
『美緒、あとは俺が引き継ぐから主導権を渡せ』
『はい、おじさまのお手並み拝見します!』
「来てくれてありがとう、美ヶ原さん!」
俺は、なるべく美緒の…女子高生の口調を真似ながら笑顔で陽子に話しかける。
「私は部活やってなくてヒマだったから別に…それよりも身体の方は大丈夫なの?」
陽子って子は親しくもないクラスメートへの気遣いは、いちおうはできるのか…
少なくとも俺よりはまともそうだな。
「うん、ありがとう…部活は当分休むけど、私は大丈夫…で、話っていうのはね…」
俺は早速、陽子に仕掛けてみることにした。
「美ヶ原さんに、私とお友だちになって欲しいの!」
「は?なんで、あなたと?」
『そうよ、なんで私が美ヶ原さんと…』
『いいだろ、それがこのミッションの目的なんだから』
俺はじっと陽子の目の奥底を覗き込むように微笑みながら話を続ける。
「美ヶ原さん、私ね…部活で倒れて生死の境を漂う中で、やり残していた事に気付いたの。それはあなたとのこと…」
「え?」
『え?』
予想通り、陽子からも美緒からも驚きの声が出た。
「高校から美ヶ原さんが入ってきて、一目見た時から素敵な人だなって思って、いつか仲良くなれたらなって考えていたの」
『そんなこと考えたこともなかったよ!』
『いいから美緒は黙ってろ!』
身体の中では美緒が反発するが、しばらくはスルーだ。
「そんなことをあなたが思っていたなんて知らなったわ…でもどうして今になって?」
疑り深い眼差しで俺を睨みつける陽子。
まあ想定通りのリアクションだ。
「いつか…って思いこむことで私はどこかで安心していたの。でもそれって自分の人生がこの先ずっと続くってことが前提じゃない?でも今回の事故で、もし私があのまま死んでいたら、これって叶わぬ夢で終わってしまうって気付いたの…だからよ、学校に来られるようになったら最初に美ヶ原さんに私の気持ちを伝えよう、そう思ったのよ」
美緒になりすました俺の話をぽかんとした顔で聞き入る陽子。
こんなデマカセ、ベテランナンパ師の俺なら、挨拶代わりに話せることだが、これでは、まるで告白だな、とは思ったが、美緒の参考になれば、という俺の親切心だ。
「わからない…」
困惑しながら答える陽子。
「美緒さんにとって、私のどこがそんなに良いと思ったの?友だちもいない、こんな根暗な私のことを…」
それもそうだ。
いくら美しくても近寄りがたいオーラを放つ陽子は、同性から見てもお断りなのは当然だ。
しかし、俺のようなナンパ師にとって、孤独な美女ほどおいしい物件はない。
モノに出来たら即、ライバルなど気にせずにいい女を独占できるからだ。
さて、仕上げにかかるか…
「そんなことない!あなたのそんな誇り高き孤高な姿に私は惹かれたのよ…」
俺は満面の笑みでそっと陽子の手を握り、静かに囁いた。
「そう、なんだ…」
緊張した陽子の表情が徐々に緩み、赤らみ始めた。
「美ヶ原さん…私もこれからは陽子さんって呼んでもいい?」
「うん、美緒さん、よろしくね…」
やった!…陽子がオチた。
今までの無表情な仮面が剥がれ、屈託のない笑顔が現れた陽子。
この手の女は周りから敬遠される分、本当は自分の事をもっと構って欲しいのだ。
だが、自分の知性と美しさ故のプライドで自分からは、なかなか一歩を踏み出せない…
過去、何人もこうした根暗美女をナンパで落してきたが、こうやって他の人には見せない笑顔を彼女たちから引き出せた時は、なんとも言えない達成感がある。
ある意味、身体をモノする瞬間より、相手の心を開かせる瞬間が俺にとっては、最高のナンパの醍醐味なのかもしれなかった。
『いや最低なんですけど…』
美緒の呆れた声が聞こえてくる。
『確かにやっていることは最低かもしれないが、同性、異性を問わずに相手の心を開かせるのはコミュニケーション能力の基本中の基本だ、美緒もしっかり学べ』
『はいはい、でも、おじさまのテクニックが高度すぎて、とてもすぐにはマネできないと思うんですけど』
それもそうだ。
地味で奥手の美緒では短期間に習得させるには難易度が高すぎる。
帰宅後、俺たちは作戦会議を開いた。
初デートまでの残り一週間、どのように分担して、滞りなく終わらせることができるのか…
そして無事に美緒の魂を成仏させることができるのか?