第24話 高校生トオル君の恋の旅路
僕、兼満トオル16歳にとって今年、1993年は人生の岐路に立っているとも言える。
いちばんの要因は春に滋味美緒という同い年の女性と運命的?出会いをしたという出来事。
その後、初めてのデートで付き合う事になったものの、友だち関係からスタートしてから美緒さんが、どこかよそよそしくなった…というより、初デート後の美緒さんが、それまで僕が知っていた美緒さんとは別人のようになっている事に気付いて困惑した。
そんな中偶然、図書館で知り合った5つ年上の南波エリという大学生が親身になって相談に乗ってくれるようになった。
そしてエリさんの得意分野である人物の分析=プロファイリング技術から、美緒さんに多重人格の疑いが浮上、正体を暴いてみることになったのだ。
美緒さんには内緒で、そんなことを別の女の人と企てるなんて…一瞬、僕はためらいつつも、どこか僕と距離を置こうとしている今の美緒さんの真意を確かめてみたいのが本音だった。
そして、ついに美緒さんとエリさんの初顔合わせ…というか直接対決の場で、美緒さん自身が、二重人格者であることを認めたことと、エリさんの正体…銀座でクラブホステスをしていたことを美緒さんが看破したこと…二人の常人を超えた洞察力の深さに僕はただ驚かされただけだった。
だが不安になったのは、いちばんよく知る元の美緒さんが、もう二度と僕の前に姿を現さないのではないか?と、今の美緒さんの素振りから、そう感じたからだ。
「それがね…初デートが終わってから出てこなくなっちゃったんだ…」
元の美緒さんについてそう話す、今の美緒さんの目がどこか遠く…いや、かなり遠くを寂しそうに見つめていたからだ。
でも悪いことばかりではなかった。
エリさん、そして今の美緒さん、どちらも僕のことを大切に思ってくれていることだ。
エリさんは元の美緒さんが戻ってくるまで僕の恋人になると言ってくれて、今の美緒さんは適度な距離を保ちつつ、いつ戻って来ても大丈夫なように僕のことを守ってくれるという…
素敵な?二人の女性に囲まれているだけでも十分に幸せなはずなのに、僕としては…やはり、可能性が低くても元の美緒さんが戻って来てくれたら、そう願うのだった。
そんな僕の想いとは別にエリさんに誘われた僕と美緒さんは、夏休みが始まるとすぐに北海道へ旅立った。
エリさんは旅行に積極的だったのだが、美緒さんは仕方なく同行している感じだった。
恐らく僕の事を心配してくれているのだろうが、もう少し美緒さんはエリさんの事を信じても良いのではないか?と僕は思うのだった。
しかも…これは止むを得ないことなのだが、美緒さんは親を安心させるためか、陽子さんという同級生を誘っていた。
陽子さんはとても綺麗な人なのだが、なぜか僕に敵意を向けて来る。
…恐らくだが、陽子さんは"友だちとして"の美緒さんを僕に奪われることが面白くないようだった。
それだけ今の美緒さんが人としての魅力があるのは、確かではあったのだが…
そして旅先で陽子さんはなぜだか、エリさんの方と意気投合してしまい、僕をそっちのけでいろいろ話が進んで行ったようだ。
美緒さんはエリさんが僕に薬を使って何か悪いことをしようと企んでいることを警戒していたが、そんな危ない人はいない筈だ…と思ったらそれはどうやら陽子さんのことだったみたいだ。
陽子さんはエリさんと共謀して、美緒さんにヤバい薬を飲ませて思いを遂げようとしたようだった。
鋭い洞察力がある割に今の美緒さんは、意外に自分自身の身を守ることに関しては無頓着のようだったが、ヤバい薬の副作用なのか…何らかの奇跡が起きたのか、結果として元の美緒さんの人格が戻って来たので感謝しなくてはいけない。
それがなぜか旅先の札幌ではあったが…
その場で元の人格の美緒さんから、あらためて僕への想いを告白されて、正式に男女のお付き合い?が始まることになった…
そして翌日からエリさん、陽子さんとは別行動で僕と美緒さんだけの北海道旅行が始まった。
…でも二人だけだと、なんだか会話が弾まないのは、あの初デート以来、感じていたことではあったけど、相変わらず気まずいな。
最初は出会った時と同じ電車の中なら大丈夫、きっとあの頃みたいにいろいろ話せる、と思っていたのだが、よく考えてみたら、毎朝電車で一緒だったのは、せいぜい30分弱だったということを…
釧路に向かう列車で、その30分はあっという間に過ぎ、その後さらに4時間ほど同じテンポで会話を続けるスキルがお互いに無いことを嫌というほど思い知らされた。
しかも、この特急列車は電車ではなく、ディーゼルカーだったことにも気付いた…
マズイ…マズイな。。
それは美緒さんも同じだったらしく、途中からブツブツ何かを呟きだした。
傍から見たら、ヤバい人にも思えるけど、単にもう一人の人格と相談しているだけの様子。
「なんかさっきから、独り言が多いみたいだけど、もしかしてもう一人の美緒さんと話しているの?」
「あ…声出しちゃってた??」
美緒さんは慌てながら、もう一人と僕の将来の事について議論をしていたことを話した。
なるほど、さすが、もう一人はしっかりしているな…でも、それって決して美緒さんが抜けてズボラな性格という訳でなく、もう一人の人格の方が、どこか大人びているだけなのだが。
それ故に大人の立場でエリさんからアドバイスを貰った将来像に関して、もう一人の美緒さんの考えも
僕は聞いてみたかった。
将来は漠然と、趣味のプログラミングの知識を活かして、システムエンジニアかプログラマーになる方向を目指そうとしていたのだが、エリさんに言わせれば『現場仕事は単なる肉体労働者』なので、稼げるのは若いウチ、最後に儲けるのは、その上前を撥ねる人たち…大企業で言えばホワイトカラーなどの管理職やら営業職やら…あるいは自分でベンチャー企業なんかを立ち上げて稼ぐ人たちなのだ、と。
だから最初から、より金を稼げる方に向かって努力すべきなのだと。
確かにエリさんの考えは理論整然としていて、普段から銀座で大勢の人生の成功者=勝ち組と呼ばれる客たちから、様々な自慢話を彼女なりにプロファイリングしつつ分析、体系化していたので、わかりやすく、理解は出来たものの…だが、本当に人生を勝ち組で終わらせることが幸せに繋がるのだろうか?
こう考える僕は青臭いのだろうか?
「参ったわね…そんな小難しい話、同い年の高校生である私なんかに聞くような内容なの?」
「…ゴメン、美緒さんの素直な感想で構わないんだ」
交代した別人格の美緒さんが出て来たので、僕はいきなり思ったことすべてをぶつけてみたのだが、よく考えたら同じ高校生に話すような話題じゃないよなぁ…
でもエリさんと対等に渡り合える、もう一人の美緒さんなら、僕は何か適切なアドバイスを貰えそうな気がしたのだ。
「まあ、この歳で社会の仕組みなんか、わかる筈もないから、これはあくまでも、私の感覚で言うんだけど、いいかな??」
「もちろん!美緒さんの感じたことを聞きたいだけだから…」
「そう…じゃあ簡単に考えると、好きでもない仕事で給料たくさん貰うのと、好きな仕事だけど給料が少ないのと、トオル君だったらどっちを選ぶ?ってことなんじゃないかと思う」
「それは…できれば、好きな仕事をして、お給料はたくさん貰えたらいいに決まっているけど…」
「そんな夢みたいな話聞いてないよ…そんなのよほど運と才能に恵まれる一握りの人だけよ…将来の夢はプロ野球選手とかJリーガーとか漫画家、お笑いタレントなんて、小学校の卒業文集あたりにみんな書くけど、その全員がなれる訳ないでしょ?」
「まあね」
さすがに手厳しいな…まだ僕たちは小学校を卒業してから5年も経ってないのに…
「じゃあさ、もっとわかりやすく言えば、例えば自分にとって物凄くつまらない仕事だけど、サラリーマンの生涯年収としてはいちばん高い部類と言われているのは銀行員を選ぶか?自分にとっては毎日好きな仕事ばかりやっているけど年収も出世も今一つなメーカーの研究員を選ぶか?」
うーーん、その例えって、本当に高校生なのかは疑いたくはなるが…
「それだったら僕はメーカーの研究員の方を選ぶかな?…でもこれってエリさんに言わせれば青臭い考えって説教されちゃう内容なんだよね…美緒さんもエリさんと同じ考え?」
「私はトオル君の考えに賛成よ、だって私だってまだまだ青臭い高校生ですもの」
「え?そうなの?てっきり僕は…」
「ちょっと、あんなホステスと一緒にしないでよ!…でもね、好きなことだけしていて一生食べていくというのは、本当に大変なことだと思うわよ。かといって、ただ給料を貰うためだけに好きでも無い仕事を黙々とやるのもどうかと思う…だからね、最後は、どう自分に折り合いをつけて行けるか、になると思うの」
「なるほど…最後は自分次第、っていうことなのかな」
「そうよ、人生は一度きりなの…悔いのない選択をしてね」
「ありがとう」
別人格というよりは親世代と話しているような感覚に僕は陥りつつも僕はもう一人の美緒さんに感謝した。
何よりも将来の話で会話が弾み、釧路までの残り時間があっという間に過ぎてしまい、僕にとってもとても有意義な時間を過ごせたのだ。
その後も釧路から網走に行き、旭川を経由して富良野に行く間も、観光地では元の美緒さんと普通に楽しみ、移動中はもう一人から将来伸びそうな業種や役立ちそうな国家資格、どの大学でどの学部を学ぶと、どの職業に直結するか、など詳しく教えて貰えた。
まるで将来の事は全てお見通しの予言者みたいだ、と思いつつ。
そうして僕らの北海道旅行も終わりを迎えようとする頃、最後の晩は札幌に泊まらずに青森行きの夜行急行での車中泊を美緒さんから提案された。
僕はもう一度エリさんと合流するのもアリかと思ったが、今は美緒さんと男女の交際を始めたばかりで他の女性…しかも元人格と別人格二人とも評価していないエリさんのところにわざわざ泊まろうと僕から提案するのも気が引けた。
そんな訳で翌日は別人格の美緒さんが急遽プランニングした『岩手県八幡平の旅』に向かうこととなった。
「でもどうして、わざわざ岩手に?」
僕の疑問に対して、別人格の美緒さん曰く『恋人同士の思い出作り』のためだそうだ…
二人の北海道旅行で十分、僕らは仲良くなれたし、いろいろ楽しい思い出もできたのに、まだ他に作る必要はあるのだろうか??
八幡平に向かう道中も北海道各地とはまた違った風情や景色などを楽しむことができたが、これって、単なる時間潰し?とも思えた。
この後、夜はまた夜行急行で上野に向かう訳だし、盛岡市内でわんこそばでも食わせるだけなのだろうか?
「察しがいいわね、トオル君、じゃあ最終目的地の温泉に行くよ…って、もう一人の私から…」
温泉?って北海道でも、そこそこ温泉には立ち寄ったのだけど。
だが美緒さんの指定した八幡平山頂近くの温泉は、かなりレトロな木造造りの古びた建物で、とてもデート向きとも思えない場所だった。
さすがは東北地方、と歴史を感じつつも、露天風呂はなんと混浴!?
今まで話には聞いたことはあったが、まさか実在したとは…
「え?本当に入るの?」
僕はまだしも、女性である美緒さんは大丈夫なのだろうか?
「これが私たちが今後、良い形で付き合い続けるための『試練』なんだよ…ってもう一人の私から…」
なんだ?試練って??
本気なのか?…と思いつつ、結局流されてしまう僕。
でもこれ、本当にいいの?
交際を始めたとはいえ、まだ手しかつないだことしかない女性と混浴??
僕は一人、男性用内風呂の木の浴槽に浸かりながら、この先に進むべきか退くべきかを考えていた。
男子校とはいえ高校の同級生の中には既に彼女がいて、"大人な"経験を済ませている者も少なからずいることはわかっていたが、今日、いきなりこの場で"大人な"階段を昇ってしまって良いものなのだろうか?
だがもし、僕が露天風呂に行かず、僕以外の他の男性たちが入って来て、露天風呂にいる美緒さんの方に向かったら?
そう思うと『あくまでもボディーガードとして一緒にお風呂に入るだけ』…という謎設定の自己ルールを作って、露天風呂に向かうのだった。
既に露天風呂では美緒さんが一人、入って待っていてくれた。
僕は急いで入ろうとして、派手に転んで恥をかきつつ、とりあえずは同じ湯船に入った。
美緒さんはタオルを湯船の外に置いていたので何も身に着けていない状態だったが、ここの温泉は硫黄成分の強い白濁したお湯なので、湯に浸かっている間は首から下は何も見えない…が早い話が裸。
僕はいろんなところが緊張して、頭に血が昇り、まともな会話すら出来なくなっていた。
ヤバい、何とか気持ちを落ち着かせなくては、気まずい…
そう思っていた時に、突如、女湯側から、若い?女性3人組がタオルであまり身を隠さず入って来た…ので思わず全部見えてしまった!!
僕にとって、女性の身体を直で見たのは、子どもの頃に祖母にお風呂に入れて貰って以来だったので、それだけで強烈だった。
だが、そのうちの一人から明るく話しかけられ、緊張しながら会話をしていくうちに、徐々に打ち解けると不思議と互いの性差が気にならなくなって来た。
それでも僕は相手の顔だけを見て、身体の方は自然に見ない様に心掛けた。
それがエチケットだと思ったが、今度はのぼせ始めた美緒さんまでが、身体を隠さずに堂々と湯船の縁に腰かけ始めるではないか…
僕はこの時、初めて好きな人の身体全てを見てしまうという、衝撃を受けた。
これは今の僕のコミュニケーションスキルでは、普通に東京でデートを何年重ねても行き着けるかわからない領域にいきなり飛ばされてしまったのだ。
温泉から上がっても僕の頭に血が昇ったままの緊張と興奮状態が続いていた。
それは美緒さん側も同じで、帰りのバスを待つ間もなんだか会話がぎこちない。
…が、バスに乗ると、隣に座った美緒さんが、そっと僕に手を重ねた。
「え?」
「悪いけど、元の美緒から代わらせてもらったけど、いい?」
「あ、うん…」
今回の仕掛け人の別人格美緒さんが現れた。
「で…感想は?」
「あ、とてもいい湯でした…」
「それだけ??なんか、私についても感想、あるんじゃない??」
「え…と、とても綺麗でした…美緒さん」
僕はそこまでようやく言い切ると、顔が真っ赤になった。
「ふふ、嬉しいこと言ってくれるわね」
僕を見つめる美緒さんがいつも以上に綺麗に、そして魅力的に見える。
さっきまで、直に美緒さんの全てを見たせいなのか、心臓の鼓動も激しいままだ。
「でも…美緒さんは本当にこれで良かったの?…まだ僕ら付き合い始めたばかりだし、こういうことは、もっと時間をかけてから…」
「実のところ、時間をかけているとね、いつまたエリさんがトオル君を奪いに来るか気が気でなかったの」
「そんな…もう少し、僕の事、信じてよ」
「もちろん、人としてのトオル君のことは信じているわ…でもね男と女って、そんな理性的な関係じゃないのよ?知っていた?」
「え?」
「特に私たち十代後半はね、理性よりも本能が脳を支配しているの…だからね、いくらトオル君が頭で私の事を好きでいてくれても、もし先にエリさんの裸をあなたが見てしまったら、私よりも先にエリさんを女性として意識する可能性が高くなるのが怖かった…だから先手を打たせて貰ったの」
「そう…なんだ…なんだか美緒さん、すごいこと考えているんだね」
僕は美緒さんの考えに納得しつつも、男に対して、そう考えていることが少し寂しかった。
「そう、だから私のことは嫌いになって構わないのだけど、もう一人の私のことは嫌いにならないでね…今回、私の説得応じて、ものすごく勇気をもって渋々、応じてくれたんだから…彼女の事だけは信じて好きでい続けて欲しいの」
「わかっている」
元の美緒さんは、きっと僕以上に緊張して恥ずかしい思いをしながらも別人格の美緒さんの作戦に乗ってくれたのだろう。
それだけエリさんの存在が美緒さんを脅かしている。
でも僕にとってはエリさんが、そこまで悪い人に思えなかった。
それが僕にとっては浮気とも考えたくない…どちらかといえばエリさんは頼れるお姉さん的な女性だ。
今のところ、それ以上ではないが、確かに美緒さんよりも先に一緒にお風呂に入るような状況になったら、僕の精神状態はどう変化してしまうのだろうか??
そういった意味では、浮気?を恐れる、別人格美緒さんの考えは正しいのかもしれない。
頼れる…という意味では、もう一人、別人格の美緒さんが実質的に僕にとっては親に近いお姉さん?のような存在なのかもしれない。
しかもエリさんと違い、僕に対して恋愛感情を一切、持っていない。
それでいて、エリさん以上に僕に対して親身になってくれている。
なぜなのだろう?
別人格以外に彼女は他に何か重要なことを隠しているのではないだろうか?
僕は別人格の美緒さんの事が以前にも増して気になり始めていた。
しかも元の美緒さんのことよりも詳しく知りたくなっていた…
これって…まさか、僕が元の美緒さんに対して浮気?になるのか??




