第23話 初めての…
俺、元兼満トオルは、30年前の世界の初恋相手、滋味美緒(16)に転生した挙句、元の人格が昇天し損なって出戻り復活したため、見た目は一つの身体に二つの人格が同居する二重人格者として振舞うこととなった。
その上、30年前の俺自身でもある、兼満トオル君(16)と正式にお付き合いすることも決まり、現在は、二人だけで北海道を旅している。
正確に言えば、俺の人格も美緒の中にいるので、三人旅状態では、あるのだが…
トオル君たち近しい人たちには、俺が美緒の別人格として認識され、美緒からは単純に同一世界の他所からやって来たオッサンの魂と認識されている。
だから30年前の世界から来た、兼満トオルであるということは、誰にも知られていない。
なかなか厄介な状況だ。
美緒にだけは、本当のことを話すべきなのだろうか?
『やめた方がいいですよ…16歳の女の子に背負わさるには、あまりにも過酷なお話ではないですか??』
『うわっ…ってエルさんか』
突然の女の声に驚く俺。
…今はインチキ審問官である”悪魔”とのリンクは切られて、監察官なる天使みたいな女性、エルと繋がっている。
監察官エルは、インチキ審問官に騙されて時空の狭間に飛ばされた美緒の魂を救ってくれた恩人だ。
『あ、この会話はもう一人には聞こえていないから大丈夫ですよ』
『ご配慮、ありがとうございます…』
よく考えたら俺は、美緒に振られたと思い込んだショックで、最低ナンパ師に闇落ちした30年後の兼満トオルだ…なんて16歳の美緒には言えないよなぁ。
『それに、もし美緒さんが真実を知ってしまったら彼女自身が良心の呵責から、闇落ちする可能性もあり得ますよ…それこそ悪魔好みの真っ白から汚れた魂にね…』
そうだよな…あの能天気な美緒に伝えるのは、あまりにも過酷だよなぁ…
『わかりました…でも、それ以外は俺に関する情報は少しくらいは話しても大丈夫なんでしょうか?』
『まあ、あまり大きな歴史改変に関わらなければ良いですよ』
それであれば、やはりトオル君の将来の選択肢を複数準備して、人の道を踏み外さない様に美緒と共にサポートしていくのも悪くない選択だ。
俺としては、高校生のお小遣いよりも、もう少し自由になるお金も確保しておきたかった。
この時代はまだ、高校生が稼ぐにはあまりにも劣悪な環境だったからだ。
インターネットが本格的に普及を始めるのは、今年1993年あたりからだった。
とはいってもまだ、バブル経済崩壊後の不況の真っただ中にありインターネットですら、ようやく大手企業での普及が始まった程度で一般家庭はまだまだ通常の電話回線を使ったパソコン通信程度しか外部とのコミュニケーション手段がなかった時代だ。
その2年後、美緒とトオル君の大学進学にあたる1995年にはWindows95が発売されて本格的なネット社会が始まるのだ。
そこからITバブルが一気に始まって行くので、それまでには、ある程度、将来の方向性を定めて動いた方が安泰だろう。
そんな話もしたかったのだが…
美緒とトオル君の二人旅二日目、屈斜路湖のユースホステルを出て、まったりと屈斜路湖やら摩周湖を路線バスで巡る旅の中、相変わらず会話の噛み合わない二人…
いい加減に慣れてくれないのかな?
『だって…ユースホステルは男女別区画だったから、夜は別々だし…』
『高校生同士なんだから、当たり前だろ!』
この時代、ユースホステルという施設のお陰で、安くて安全な旅が出来たので、男女問わず北海道を中心とした若者の一人旅が流行ったのだ。
30年後では、ユースホステルはほぼ廃れ、ゲストハウスに置き換わったもののコンセプトは、ほぼ同じだろう。
『昼間にいくら一緒に居たって夜は男女別々のお泊りだと朝になって一回、リセット?されたみたいに距離感が開いちゃうんだよね…』
昨晩も美緒から散々、同じような愚痴を聞かされ続けた俺としては、辟易としていたが、こうやって俺たち二人、美緒の中で話し続けている間は、トオル君は一人ぼっちになっている訳だよな。
『まあ正直、こうやって、ダラダラおじさまと会話している方が気が楽、なんですよね…』
…確かにあまりよくない傾向だ。
「もうじき、摩周湖着くけど、霧が深くてよくわからないね…」
溜息交じりにトオル君がぼやく。
「え?そうなの??残念…」
確かにバスの行く先は、ぼんやりとすぐ先の道路しか見えない。
『おい美緒、喜べ!霧の摩周湖を訪れたカップルは長持ちするぞ!』
『え?本当ですか??』
30年前、俺とエリが訪れた時は、時期がずれていたのか、見事に晴れ渡っていたっけな。
”晴れ渡った摩周湖を訪れたカップルは破局する、独身者が一人で来ると婚期が遅れる”
という摩周湖の恐ろしいジンクスが前回は見事に的中したわけだが、今回は回避可能だ!
幸先が良い。
あとは、どのようにして美緒とトオル君の心の距離を更に縮められるのか…
などど俺が悩む中、二人だけの北海道旅行は、あっという間に富良野もまわって、帰路の札幌に向かうのみとなっていた。
エリからは札幌に戻ったら合流して、また別荘に泊まっても構わないという言伝はトオル君にはあったのだが…
「どうする美緒さん?」
「どうって…」
美緒もエリの正体を見抜いているので、正直気が進まないのは明らかだった。
『おじさま、どうしよう??』
『まあ、あのエリのことだから、また何か仕掛けてくるだろうけどね…』
『でも札幌で宿泊代かかるのは、やっぱり勿体ないよ…』
『俺に考えがある、ちょっと代わってくれ』
『わかった、おじさまに任せるよ』
俺は主導権を握ると、ポケット時刻表をめくり始める。
「あのさトオル君、今夜は『はまなす』で宿泊って、どうかな?」
札幌発の夜行急行『はまなす』は、北海道新幹線が開通する2016年まで走っていた青森行きの夜行急行だ。
「で、青森から先はどうするの?」
「そこなんだけどね…」
この急行は青森到着が早朝なので、そこからひたすら各駅停車を乗り継いでも、その日のうちに上野までは帰りつけるのだが…
できれば美緒とトオル君がより親密になる一手をここで打たねば…俺は一計を案じた。
「そのまま各停でのんびり帰るのもつまらないから、せっかくなら盛岡で途中下車してみない?」
「え?…盛岡??まあ、いいよ、僕はそれでも…」
「じゃあ、決まりね!」
『ねえ、おじさま、なんで途中下車が青森や仙台でなくて、盛岡なの?』
『まあ盛岡なら、俺が昔よく行っていて、カップル向けの良い場所をいっぱい知っているからだ…せっかくなら美緒も、もっと情熱的な思い出作りが欲しいだろ?』
『うん、そうね…確かにカップルが盛り上がれる仕掛けは欲しいわね。ベテランナンパ師のおじさまにまかせる!』
トオル君も美緒も賛同してくれたようなので俺たちは夕方、札幌に着くと市内の銭湯に入ってから、ジンギスカンを食して、北海道最後の夜を楽しんだ。
そして札幌駅に戻り、急行『はまなす』の自由席をとるためにホームに並ぶ。
『ありがとう、おじさま』
『なんだ、美緒?』
『夜行急行二連泊なら、エリさんの別荘に泊まるよりも、ずっとトオル君と二人の時間が作れるよね』
『礼を言うのは、最後、上野駅に着いてからにしろよな』
『うん』
「なに美緒さん、またもう一人と相談事?」
トオル君が寂しそうに覗き込む。
しまった…ついつい肝心のトオル君を放置してしまうよな…
「あ、ごめんごめん、明日の打合せをもう一人としてた!」
『じゃあ美緒、俺は先に寝ておく。あとは青森駅まで、二人の時間を楽しみな!』
『うん、ありがとう』
翌朝、青森で各駅停車に乗り込むと一路、盛岡に。
とはいえ盛岡までは、3時間半近くはかかって…帰路の特急利用は有料になるので仕方ないが。
でも在来線の特急『はつかり』を使っても2時間はかかるのだ…遠い。
「新幹線って、いつになったら青森まで行くんだろうねぇ」
「21世紀までかかりそうだね…」
そう、東北新幹線が八戸まで伸びるのは2002年、新青森までの全線開業は2010年の12月なので、まだまだ先の話だ。
盛岡駅に着くと、そのままバス乗り場に。
ここから更に2時間かけてバスで八幡平の山頂に向かう。
ここは景色がいいのだが、よく考えたら、かなりマニアックなルートを選んだよな。
かつての俺は、上玉の女を落す目的で紅葉見物をしようと誘い出し、盛岡からはレンタカーを使ってドライブに連れて行き、そのまま高級温泉旅館にしっぽりと…
「美緒さんって、ここに来たことがあるの?」
トオル君に声を掛けられ我に返る俺。
「あ、ううん…昔、ガイドブックで見て気になっていただけよ」
しまった、美緒に代わって今は俺がトオル君に八幡平の説明をしているんだった。
「ふーん、確かに北海道とは違う感じの風景だけど、なんだか地味な山道ばかり続くね」
確か、昔の俺でもあるトオル君にとっては、この当時、東北にはあまり興味がなかったんだな。
「トオル君、もう少し先に進むと面白いものが見られるよ!」
”次は修学院前、修学院前です”
バスの音声案内が次の停留所を告げた。
そろそろだな…
「修学院って、東京の学校だよね??なんでこんなところに校舎があるんだ?」
「ああ、修学院の林間学校の施設があるみたいよ」
そう、トオル君の弟であるサトル…まあ俺の弟でもあるのだが…が、俺と同じ開明中学入学を目指していたが残念ながら不合格となり、第二志望で入学したのが修学院中学だった。
で、サトルの修学院での学生生活でいちばんのお気に入りの場所が、この八幡平校舎だったのだ。
サトルの学生時代、とりたての運転免許で兼満家の面々をわざわざ車でここまで連れてきたくらいだ。
それが俺にとって最初で最後の家族旅行だったが、サトルの顔を立てて無理して付き合った甲斐があった程、俺自身がこの土地周辺の魅力にハマってしまったのだ。
『私って、修学院大学の推薦狙っているのよね…でもここに施設があるなんて知らなかったわ…』
美緒も関心を持ったようだが、今日の目的地はまだ先だ。
「トオル君、修学院の停留所を出たら、左側を見てみて」
「うん…わぁ、凄い!」
目の前には、廃墟となった多数のアパート群…かつての鉱山住宅地跡が広がっていた。
「昔、ここは硫黄鉱山があったみたいで、その跡地を学校とかが譲り受けて施設として使っているみたい」
「ふうん、まるで軍艦島が山の中に現れたみたいだね…」
「まあ、この光景もスゴイけど、まだまだ先は長いよ…最終目的地は温泉だから!」
「へえ…って次じゃないの?」
バスは、八幡平観光ホテルに停まり、乗客の何人かは降りていく。
ああ、この時代は、まだここにはスキー場と温泉ホテルがあったんだな…30年後には、スキー場もホテルも無くなり地熱発電所に変わっていて、修学院の校舎も老朽化で取り壊され、この辺りは、廃墟しか残っていない。
更にバスは標高の高い場所を目指して走っていくが、この辺りから立ち枯れた木々が目立ち始め、不気味で寂しい気持ちになる。
『ねえ、おじさまの考えていたカップル向けって、まさか廃墟とかを巡る、リアルお化け屋敷ツアーとかを考えてるの?』
『まさか…スタイリッシュなナンパ師の俺がそんな場所を選ぶわけないだろ』
『そうだよね…オカルト苦手だったよね…』
そうだ、俺自身がお化けが怖いのだからムリに決まっている。
ちなみにさっきの鉱山住宅跡の廃墟は”出る”ことで有名なスポットなので、俺は足を踏み入れたことは一度もなかった…
バスが終点の八幡平山頂に着く頃には、景色が一変し、青空の中、美しい草原が広がっていた。
二人して、おー!っと感動しながら遊歩道からの景色を堪能する。
その間、美緒たちに任せて俺は美緒意識の奥深くに入って休憩だ。
この時代は、まだまだ八幡平がマイナーな観光地だったため、夏のこの時期でも空いていて、鏡沼や八幡沼などを周るルートもほぼ貸し切り状態だった。
そしてレストハウスで昼食を済ます頃、トオル君は満足げになっていた。
「で、この後は、盛岡に戻るだけ?」
「まさか…ってもう一人が言っている、この後がメインイベント…だって」
「メインイベント?」
「そう、温泉に入るって」
「こんな山の上で?」
「まあ、付いてきて…だって」
レストハウスから少し下ったところにその温泉はあった。
「…凄くレトロな雰囲気の宿だね」
「え…とお風呂の入り口ってこっちかな…え?ナニコレ??」
古びた温泉宿の風呂場の入り口には、ご神体と呼ばれる木彫りの巨大男性シンボルが飾られている。
「え…と、この形って…」
トオル君、わざわざ口にしなくてもいいよ、未来だとセクハラ扱いされるよ…
脱衣場の前で別れる際に俺は美緒に指示を出す。
「じゃあ、あとで露天風呂で合流…だって」
「わかった美緒さん…って、え?合流…って??」
「混浴…だってさ、ここ」
「ええええええ!」
トオル君は、完全に冷静さを失っていた。
この歳になるまで、女性と風呂に入った経験なんて、幼い頃、祖母に入れて貰って以来だ。
頑張れ、トオル君!
『でも、これで本当に良かったんですか?』
脱衣場で服を脱ぎながら不安そうに俺に話しかける美緒。
『ある意味、これが二人のための試練…そう思ってくれ!これさえ乗り越えられれば、君らの心の距離が、より縮まることは間違いない!!』
『信じてますよ、おじさま!』
美緒は潔く、小さなタオル一枚だけで身体を隠すと湯船に向かった。
この温泉のこの頃に出来た露天風呂は、7~8人入れば満員になる小さな湯船で風情があるものだった。
30年後、県外の観光客やインバウンドでこの温泉が賑わいすぎて、ここの露天風呂自体が巨大化した上に数も増え、水着着用可のレジャーランド施設みたいに変貌してしまった姿など俺の記憶からは消し去りたい心境になった。
この頃はもちろん水着着用不可だったので、美緒は周囲をきょろきょろと見まわしながら、おそるおそる湯船に浸かった。
幸い、他の入浴客がいないものの、美緒の緊張はピークに達していた。
『大丈夫か?美緒』
『大丈夫じゃないですよ!トオル君だけでも緊張するのに、もし他の人が入ってきたらどうしようかと…』
『気にするな…もし限界と思ったら俺と入れ代わればいいから』
『はい…でも出来るだけ頑張ってみます』
まあ美緒もトオル君同様、異性の身体は見慣れていないだろうからな。
だが、これでいいのだ。
「美緒…さん、一緒に入っても大丈夫?」
トオル君が腰にタオルを巻いて、ガチガチに緊張しながら湯船の縁に座った。
「あ、、うん、どうぞ」
「なるべく見ない様にするからね…あ!」
わざと遠い空の方を眺めるようにしながら入ろうとするトオル君だった…が、コケた…
無残にタオルが身体から分離して、トオル君の”ご神体”が見事に美緒の目に…
「ご、ごめん、汚いもの見せちゃった…」
慌てて、タオルを掴んで湯船に浸かるトオル君。
顔が真っ赤で、目に涙が浮かんでいる。
「だ、大丈夫だよ、トオル君、何も見えてないから!」
ウソつくな、俺の目には、はっきりと見えたぞ!
美緒も顔を真っ赤にしながら、ガチガチになって俯いている。
『おい美緒、しっかりしろ…トオル君をリラックスさせるんだ!』
『わ…わかったよ…でも、ちょっと無理かも』
トオル君も美緒も熱い湯の中で、まるで凍り付いたかのように動けなくなっていた。
ううん、二人して男子校、女子校で中学から異性に対して無菌状態で生きてきた訳だから、いきなり混浴をさせるだけでもハードルは高かったのか…これは早々に退散して、盛岡まで戻ってから仕切り直しか。
そう思った瞬間、遠くから女性たちの話し声が聞こえてきた。
ガラっと女湯側の扉が開くと、三人ほどの女性客が入って来た。
歳は30代くらいだろうか?
「お邪魔しますねー」
特に身体をタオルで隠さずにガヤガヤと湯船に入って来た。
イントネーションにやや南部訛りがあるから、恐らくは県内の人たちだろう。
「学生さんたちー、どっから来たの?」
そのうちの一人が明るく話しかけてきた。
「と…東京です」
トオル君がすかさず、答える。
「へー、そりゃまた遠くから…私らは、この辺なんだけどねー」
どうやら彼女たちは高校時代からの仲良し三人組で時々、日帰りで県内の温泉を巡っているようだった。
美緒も北海道旅行の帰りに、ここに立ち寄ったことなど話しはじめると自然と打ち解けて会話が弾み、この周辺の観光地や美味しいものの話題などをしているうちにリラックスした雰囲気になってきた。
するといつの間にか、トオル君も美緒も三人組の女性同様にタオルで自分の身体を隠すことを止めていた。
そうすることが自然なように…
そう、まさにこれが混浴の醍醐味…男女ともに性差を特別意識せず、互いを曝け出せる、まさに裸の付き合いという奴だ。
未来の世界では、女性の裸目当てのワニと呼ばれる覗き男たちが全国各地の混浴温泉に出没し、その文化はすっかり破壊されてしまったのだが。
まさに20世紀までが古き良き日本文化が残っていたのかもしれない。
『で、美緒、今、トオル君の前ですべてを曝け出している感想はあるか?』
『え…あ、そうだね…いつの間にか、全て見せちゃっていたね、私…へへへ』
トオル君はというと上手く視線を相手の首から下へは向けない様にしながら自然に笑顔で話している。
案外、紳士的だったんだな、昔の俺…
どちらにせよこれで、トオル君も美緒も人生初の混浴を経験したことで、よりお互いを深く知ることができた…といえば聞こえはいいが、俺の狙いは、トオル君にエリよりも早く最初に美緒の身体を見せることで、より女性としての美緒をトオル君の意識化に刷り込みたかっただけだ。
これで今後、東京に戻ってから、エリの色仕掛け攻撃があっても、美緒の身体を見てしまったトオル君にとっては、美緒の優先順位が明らかに上がり、他の異性への耐性を付けることには成功したと思う。
あとは今後の美緒の頑張りに期待しつつ、俺は女性三人組の身体をマジマジと脳裏に焼き付け…
あれ…でもなんだか俺の視覚が遮断されたような…
『おじさまにはこれ以上、私の目を使ってスケベな思いをさせないように規制しますね!』
残念…美緒、恐るべし。




