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第22話 二人きりの三人旅

北海道一泊目の夜は散々だったが、翌朝になると何事もなかったかのように、皆で静かに朝食を食べた。

その後、エリが見送る中、美緒とトオル君は釧路に向けて、陽子は稚内に向けてそれぞれ出発した。


俺、元兼満トオルは、といえば、美緒の中でそんな様子を静かに見守っている。

陽子とは札幌駅までは一緒だ。

停留場で市電を待つ陽子は、どこか憑き物が落ちたみたいな爽やかな表情をしている。


「市電っていいよね…風情があって」

トオル君が、前の停留場に停まった市電を見ながら誰ともなく呟く。

「まあ、正式名称は路面電車ね…札幌は確かに市電だけど」

陽子がさり気なく突っ込む。

確かに東京にある2つの路面電車は、荒川線は都電だし、世田谷線は東急電鉄だ。

「ふーーん、私は荒川線も世田谷線も乗ったことないから新鮮だわ」

美緒もそう呟く。


そのうちに市電が到着して、扉が開く。

乗り降りはバスと同じような感覚だ。

「でもこうやって、車と一緒にのんびり走るのって確かに新鮮かもね…」

陽子も美緒の呟きに応える。


昨晩、あの騒ぎの後、落ち込む陽子に美緒はちゃんと寄り添って話をした。

もう一人の美緒=俺が悪いんだから気にしなくていいんだよ…とか、まあ俺一人悪者扱いして解決出来るのならそれで良いのかもだが…


そして美緒は陽子に、これからは、ちゃんとした、お友だちになって欲しいと真顔で言われて大きく頷き仲直り?…正確には、オリジナルの美緒と陽子が新たに友だちになったということか。

めでたし、めでたし、


エリからも今回はトオル君を譲るけど、本当の勝負はこれからよ!と堂々と恋のライバル宣言をされたが、クスリを使った時点で反則負け…のような気はするけどなぁ…

美緒の方は昨晩のエリからの挑戦は徹底的にスルーして、今後もよろしくお願いしますねぇ、とやり過ごしていたが…実際のところはどうなのだろう?


『おじさまの心の声が丸聞こえですよ!』

『お、悪い悪い…静かに見守ろうとしていたんが、つい』

『まあ、エリさんに関しては、あの審問官とかいう悪魔との繋がりが深そうだから、今はうまくやり過ごせれば、いいのかなぁ、と』

『なるほど…』

美緒は時空の境界線から生還することで、たくましく、そしてしたたかになったのかもしれないな…


「あの…美緒さん、今ひょっとして、もう一人の美緒さんとお話しているの?」

陽子はそんな美緒の様子に勘付いたようだった。

「あ…うん、まだ調子が良くないみたいだから、しばらくは出て来れない、だって」

「そうなんだ…一言、直接、謝りたかったのに…」

「大丈夫、私たちの会話は聞こえているから、陽子さんの気持ちは伝わっていると思うよ!」

美緒がそうフォローしてくれているが、俺としては一服盛るようなヤバい女子高生とは当分の間、話す気になれなかった…早い話が出禁だ!


『そんな冷たいこと言わないでくださいよ…元はといえば、おじさまが陽子さんを狂わせたんでしょ?』

『まあ、女を狂わすのがナンパ師の嗜みだからな』

『本当に史上最低のナンパ師ですよね、おじさまは…』


「え、もう一人は私の事をなんて言っているの?」

『お前とはこれきりだ!バーカ、だ!…美緒、はっきり伝えてやれ!』

「あ、うん、彼女が言うには、もう少し元気になって落ち着いたら、また昔の様に話したい!ってさ」

おい美緒、俺の言葉をどう翻訳するとそうなるんだ??

「本当に!」

途端に表情が明るくなる陽子。

本当にコイツ、チョロいな…

まあいいか…


地下鉄に乗り換えると、途端に陽子の鉄道ウンチクが止まる。

「あれ?陽子さんは、地下鉄には興味ないの??」

美緒が不思議そうに聞くが俺も同感だった。

「だって…私の中では札幌の地下鉄は鉄道じゃないから…」


「それって、ゴムタイヤだから…ですか?」

すかさずトオル君が突っ込む。

そうか、札幌の地下鉄は世界でも稀なゴムタイヤで走る地下鉄だったな。


まあ新交通システムの車両が地下を走っている…ような感じかな。

「そう、わかってるじゃない!私は鉄の線路の上を走るもの以外、興味が無いのよ!!」

とはいえ新交通システムとは違って、札幌市営地下鉄の乗り心地は鉄道とそうは変わらない気もするが…


そんな感じであっという間に、さっぽろ駅に着くと陽子との別れがやって来た。

別れ際、陽子はトオル君に近付き、まじまじと睨みつける。

「え?…な、なに、美ヶ原さん??」

「美緒さんのこと、頼んだわよ!兼満君、くれぐれも私みたいに変な気を起こさない様にね!!」

全く説得力ねぇ…

「うん、わかった…美ヶ原さんも一人旅だから、気を付けてね…」

トオル君、優しいねぇ…

「私は大丈夫だから…」

そう言うと陽子は、二人の目の前で髪を束ねてバンダナを巻き、サングラスを掛けて口ひげを付けた。

なるほど…怪し気なオッサンに変装か、女性人口が極度に少ない鉄道趣味で、いろいろ苦労しているんだなぁ…


「陽子さん、格好イイ!」

「美緒さん、冷やかさないでよ…じゃあ、いい旅をね!」

そう言うと、陽子は照れながら足早に去って行った。

なかなか可愛いところがあるじゃないか…俺はそんな陽子にちょっと萌えた。

いずれ元気になったら可愛がってやろうかな。

『おじさま、あまり調子に乗らないでね!』

『はぁーい…』


「じゃあ、美緒…さん、行こうか!」

「うん、いざ釧路へ!兼み…じゃなかったトオル君!」

今までは名字呼びだったのを昨日から名前呼びに変えた二人。

俺は、そんな二人を美緒の中から微笑ましく見守っていた。


札幌を出て、釧路に向かう特急『おおぞら』で朝早く出ても比較的近くと思える釧路に着くのは昼過ぎだ。

北海道は土地が広すぎるのか本州に比べて、全体的に密度が薄まっていて距離と時間の感覚が違う。

ちょっと隣の町までお出かけ…と思っても、移動距離が物凄く長いのだ。

その逆が沖縄本島で那覇から高速道路を使えば、かなり遠くにあると思っていた北部地域があっという間だ。

日本という国は狭そうで多様性に富んでいるよな…とつくづく実感する。


車窓を眺めながら、俺がそんな風に思える理由は簡単だ。

さっきから、トオル君と美緒の会話が途絶えたままになっているからだ。

さすがに四時間以上乗り続けると、話すネタも尽きて来るか…


『なあ美緒、気まずそうなら、俺が話し相手を代わろうか?』

『大丈夫だよ、もう昔の私じゃないつもりだよ、おじさま』

『そうかぁ?』

まあ、きっかけさえあれば、会話なんていくらでも出てくるのだが、そもそもこの二人に共通の話題が、あまり無かった気も…


『ちょっと思いついたんだけど』

『なんですか?』

『せっかくの機会だから、もっと彼の事を聞き出してみたらどうなんだ?』

『さっきから、トオル君の一日の行動を順番に聞いていったじゃないですか…授業が終わったら真っ直ぐ家に帰るか、本屋に立ち寄って…あとはパソコンをいじってみたりとか…で、私、コンピュータとか全くわからないんで、これ以上、どう会話を続けたらいいんですか??』

まあ、それもそうだな…

つくづく、30年前の俺ってツマラナイ人間だったよな…


『じゃあさ、この際だから、お互いの将来について話してみるのはどうだ?』

『え?…いきなり結婚の話するんですか!?…私、心の準備が…』

『…気が早い!単純に今後の大学進学とか就職とかの将来設計の話だ』

『なぁんだ…ツマラナイ…』

『おいおい、将来設計は重要だぞ…その延長線上に結婚があると言っても過言じゃないぞ』

『え?そう…なんですか?結婚なんて、お互いが好き合って一緒に居たいと思えたらできるものじゃないんですか??』

『お前は小学生か?』

『高校生ですよ!』

まあ中学校からずっと女子校という環境では、異性に関しては小学校から思考停止しているのは仕方ないか…美緒は全く困ったお嬢様だ。


「あの、美緒さん?」

トオル君が話しかけてきた。

「ん?なに?」

「なんかさっきから、独り言が多いみたいだけど、もしかしてもう一人の美緒さんと話しているの?」

…トオル君、そっちに関しては、どんどん鋭くなってきているよな。

「あ、ゴメン、ちょっともう一人から、トオル君が将来の進路とかどう考えているのか、しっかり聞けって小言を言われて…」

美緒、小言ではなく、アドバイスだからな…


「ははは、さすがしっかりしているよね、もう一人は…」

「ゴメンね…私の方は全然、ダメダメなんだけど」

「そんなことないよ、むしろ今の美緒さんの方が僕にとっては普通に高校生同士で話している感覚だから…もう一人って、ちょっと大人の人なんだよね」

まあ、そうだよな、ちょっと、どころか30も上のオッサンなのだが…


「できれば、もう一人の美緒さんに僕の将来の事、聞いてもらいたいんだけど、話せそう?」

え?まさか、いきなり俺の方をご指名?

『代わりますか?おじさま??』

『いいのか?』

『私じゃ、トオル君の将来の相談なんて役不足なので…』

『わかった、いったん交代しよう』


入れ替わった俺は、早速トオル君の将来進路についてとりあえず聞いてみることにした。

トオル君としては、趣味のパソコンで仕事が出来たらと考え、将来はプログラミングの仕事を考えていたのだが、エリと知り合って、もっと違う生き方もあることを知ってしまったようだ。


「パソコンでプログラミングの仕事なんて底辺の肉体労働者と一緒だから、パソコンの知識があれば、プログラミングよりもプログラムを組んでいる人たちを集めて、新たな価値を創造する方が儲かるんじゃないかって、ある人から言われて…」

まあ、一理ある。

「そのある人って、エリさんだよね?」

「え?…ま、まあそうなんだけど、わかるんだ??」

「まあ…ああいうタイプの人だから、そんなこと言いそうだよね」

プログラマーに対して、そんな失礼なことを平気で言えるのって、エリくらいだろう。


『もしかして、おじさまって生前、あのエリって女に酷い目に遭わされたの?』

『うぐっ、美緒はなんで知ってるんだ…』

『いや単なる勘だけど…やっぱりそうだったのね、世間って狭いわー』


まあ正確には、俺が酷い目に遭ったのは30年前のエリ相手にだったのだが…

でも当時の俺はエリに棄てられた後も教え?を忠実に守って、プログラミングをするよりも、プログラミングする人を雇っていろんな事業に手を出して成功したのだ。

それが”新たな価値を創造する”ことなのかは疑問ではあるが…

まあ、たまたま誰もやっていない金になりそうな仕事を誰よりも早く見つけて何でもプログラミングの世界へと引きずり込めれば大儲けできた時代だったからな。


俺はたまたまエリに振られた勢いで、必死に金儲けのネタだけを考えた結果、金融取引とか不動産取引をIT化した事業を立ち上げ、そこそこ儲けたら次にその金を遣い、さらに投資やら買収を繰り返して資産家に成り上がったのだ。

そしてその金を使って女性を口説いては捨て、口説いては捨てを繰り返した…

果たしてそれが、本当に幸せだったのか?

本当は地道にプログラミングの仕事をしながら、もっと創造的な仕事も出来たのではないのか?

たとえそれを底辺労働者の仕事と言われようとも…


だから俺としては、トオル君にはどちらの道が良いのか、自分の目で見て考えて選んで欲しかった。

そのことを『雑誌で読んだ話』とか『知り合いの人の話』で誤魔化しながらトオル君に伝えてみた。

「すごいね、もう一人の美緒さんは何でも詳しいんだね!」

「え?まあ別に人伝に聞いたような話ばかりだけどね…」

『おじさま、よほど苦労したんだね…』

『これでも自称、青年実業家だからな』


そんな話をしていると、列車はあっという間に釧路に到着した。

やはり盛り上がる会話は、時間が経つのを忘れさせるよな…

次の網走方面の列車に乗り継ぐ前に、駅前の市場で腹ごしらえをする美緒とトオル君。

ここは勝手丼という好きな刺身をアレンジして載せるどんぶりの発祥の市場だったな。


『おじさまも美味しい刺身を味わってよね!』

『ああ一人の身体で二人分味わえてお得だよな』

『でも、ここに来るまでの旅費は物凄いんですけど…』

『まあ、美緒が貯めた貯金以外にも、ご両親からの特別なお小遣いがあるから大丈夫だ!』

『私の親まで誑かすとは、おじさまは本当に最低なナンパ師ですね…』

『人聞きの悪いことを言うな!』


「ふふふ」

俺と美緒の心の中の掛け合いをみて、楽しそうに笑うトオル君。

「どうしたの?」

「いや、美緒さんともう一人の美緒さんって、本当に仲がいいんだね」

しまった、勝手丼談議に夢中になって、うっかりトオル君を置いてきぼりにしていた…


「あ、ゴメン、せっかくの二人きりの旅行中なのに」

「いや大丈夫、最初は二人だけの旅で、ちょっと緊張しちゃったけど、よく考えたら三人で旅しているんだなって気付いたから今は、とてもリラックスしているんだよ」

「そう…なんだ、実は私も」

おいおい、三人目の俺は引率者かなんかか…

まあいいか、美緒とトオル君が楽しんでくれるんなら。

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