第20話 派手系JDの策謀
私、南波エリ(21)は、運命の人である兼満トオル君(16)と共に約束の地、北海道へ向かおうとしていた。
…問題なのは一人余計な女、滋味美緒(16)が同行するということだ。
トオル君はどうやら、この美緒という女のことを好きらしいが、美緒の方はそうでもないようだ。
だが私がトオル君と付き合うことには断固反対しているらしい。
一見すると、なんだか訳のわからないカップルなのだが、どうやらこの美緒は解離性同一性障害、いわゆる多重人格者で、もともとトオル君の事が好きだったと思われる美緒の人格の方が現在消えてしまっていることが原因みたいだ。
その間、もう一人のトオル君をそこまで好きではない今の美緒の人格がトオル君を私から守ろうとしているようなのだった。
まあ一言でいえば、この二人”かなり、めんどくさい”カップルなのだ。
普通なら、これ以上の関わりを持つべきではないのだが、私はなぜだか、このアンバランスなカップルに強く惹かれていた。
運命の相手であるトオル君だけでなく、なぜ美緒にまでって?
もちろんトオル君は私のモノにするための”執着対象”だけど、美緒に関しては早い話が”研究対象”。
元々、大学で心理学を勉強していた私がバイトが本業になりかけていた中、唯一関心を持ち続けていたのが”解離性同一性障害”だった。
一人の人間の中に複数の人格が存在する症状。
多くの場合、心理的に強いストレスを感じた際の防衛手段として生み出される別の人格で、本来であれば元の人物が作り出したものともいえる。
一方で昔からある憑依とかオカルト的なものも、この解離性同一性障害で全て説明できるかといえば、必ずしもそうとは言えないのではないか?
私の卒業研究のテーマにしようといろいろと調べていた矢先に美緒という人物に出くわしたのだ。
このカップルに関わることによって、美緒なる人物を研究対象として調査分析しつつ、トオル君の身も心も奪えれば、私にとっては一石二鳥であったのだ。
なので、北海道旅行で美緒の事を"余計"扱いはしたものの、上手くことが運べば、私の大学最後の夏はとても有意義なものになりそうだった。
だが、ここで美緒の方は次なる一手を打ってきた。
美緒の同級生の女子も一人、同行させたいというのだ。
表向きは女子高生が同い年の男子と謎の大学生の三人だけで遠距離の旅行に行くことに厳格な家族から反対をされないための説得材料、ということで理解はできるが、相手はあの美緒だ。
きっと何か企んでいるに違いない。
若いカップルが家族を説得するため、旅行に同行させる女友だちは、大抵の場合、容姿が女本人よりも落ち目の子を連れて行くのが常套手段だが、そもそもトオル君に気のない、単に私との仲を阻害するためだけが目的の美緒は、きっと切り札になりそうな魅力的な女友だちを用意するだろう。
案の定、顔合わせで美緒が連れてきた、陽子という、まるでモデルのような美少女に私は警戒した。
なによ、本気でトオル君の気持ちをこの美少女に向けさせようとしているの?
美緒は動揺する私を嘲笑うかのような視線を送る。
いったい美緒という女は、何を考えているのだろう?
トオル君を好きだった美緒とは別の人格だったとしても、こうもあっさりと女の意地とプライドを捨てられるものなのだろうか?
トオル君に対し今の美緒は女として、よく思われようとか考えないのだろうか?
そもそも、なぜ何とも思っていないトオル君のためにここまで頑張れるのだろうか?
しかも、私の正体が水商売の女ということまで見抜いて。
私の美緒に対する不気味さは増すばかりだった。
しかも、このまま年下の美緒にいいように振り回されるのも癪だった…
え?でも本当に美緒って私よりも年下なの?
今や年上の男すら手玉にとれる駆け引き上手になった私をなぜ、こんな年下の地味な女子高生が翻弄できるの??
落ち着いて考えよう。
こういう時は、まずは既存の概念を捨て去る事。
今、起きている出来事をとにかくフラットな目線で冷静に分析すること…
これまでの人生で何度も危機を乗り越えてきた銀座の客の一人の口癖だった。
私もそれに倣って実践してみるか…
そう、美緒を地味な女子高生というフィルターを外し、性別年齢を問わず私が水商売の関係で接した様々な人間のタイプで分析してみよう。
そんな私のプロファイルで美緒にいちばん近いタイプは、40代くらいの青年実業家のオッサン。
特に情報技術かなんかの新しい分野のベンチャー企業で成り上がった人に多い、人間関係を損得だけで割り切るタイプ…根底には裏切ったり裏切られたりの人間不信の上に成り立つ人格。
それでいて、自分だけは心の綺麗な少年のままと思い込みたい下衆な人間。
でもなんで女子高生がそんなプロファイルに??
まあいい、そんな荒んだオッサン相手と思って試しに美緒の相手をしてみよう。
恐らく、陽子という美少女を使えば、初心な高校生のトオル君の気持ちを安易に引き寄せられると企てたのだろう。
だが、どうだろう?
トオル君は陽子のルックスが多少気にはなるようだ。
だが、男としての自己評価が極度に低いトオル君が高嶺の花の美少女を口説きたいと思うのだろうか?
しかも肝心の陽子はトオル君に対して敵愾心を露わにしているのではないか?
はは、そういうことか…こちらは女子校でありがちな百合体質なお嬢様なのかも?
美緒に誘われて、北海道旅行にホイホイ付いて来るところをみると、この陽子には美緒以外に大して友だちがいないのかもしれない。
まあ、これだけ偏った趣味(鉄道マニア)なら、女の子同士の友だちは、なかなか出来ないでしょうね、オッサン思考の美緒を除いては…
陽子にとっては、恐らくは、かけがえのない存在であろう美緒を奪い取る全てのものが"敵"なのだろう…
面白いわ、オッサン思考の美緒の浅はかな企みがいま正に潰えようとしているようね。
私は北海道旅行で美緒を押さえ込みつつ、トオル君を頂く作戦を思いついた。
とりあえずは陽子に接近してみよう…
顔合わせ終了前に、私は全員に互いの連絡先を交換しようと持ち掛けた。
表向きは緊急時の対応として…もちろん陽子を個別に誘い出すために。
「あの…エリさんのお話ってなんでしょう?」
後日、陽子を家の近くの喫茶店に呼び出してみた。
この前は美緒によく思われたかったのか洒落たワンピース姿だったのに、今日はTシャツジーンズ姿のまるで男の子のような格好で現れた陽子。
まあ、これが陽子の"地"なんだろう。
「実はね…陽子さんに協力して欲しいことがあるんだけど…もちろんあなたにとっても悪い話じゃないのと思うの」
「はぁ…でも、なんで美緒さんを通さずに私に直接なんでしょうか?しかも彼女には内緒で…」
「電話でも話したけど、ちょっと特殊な事情があってね…」
「特殊な事情ってなんなんですか?」
「美緒さんと兼満トオル君の関係って、陽子さんはどこまで知っているのかな?」
「え…と、偶然電車で知り合った、お友だち…ですよね?美緒さんが兼満君に助けられたって…」
「うん、でもさ…普通、そんな出会いをした年頃の男の子と女の子が単なる友だちだけの関係ってなんだかおかしいよね?しかも旅行も一緒に行っちゃうんだよ??」
「え…と、私にはよくわかりません…」
私に対して警戒心を隠さず言葉を選ぶ陽子。
まあ、当然の反応か…
私は例によって持ち前のコミュニケーション技術を駆使しつつ、美緒の二重人格とトオル君の美緒への想い、そして私自身のトオル君への想いをなるべく私の都合の良いように且つ、ウソは少なめにして陽子に伝えた。
人を信じさせるいちばんのコツは、今まで知られていなかった本当の秘密に少しだけ自分に都合の良いウソを混ぜることだ。
陽子自身、今の美緒は自分の知っていた美緒とは違う人間であることに薄々勘付いていたようだったので、二重人格の秘密に驚きつつも、彼女なりの答え合わせができたようだ。
「…つまりは、今の美緒さんは、元の美緒さんが好きだった兼満君を年増の水商売女であるエリさんに引っかからないように私を使って阻止しようとした、ということですね?」
「年増は余計だけどね…」
「すみません…」
私の引きつった笑顔を察した陽子がペコリと頭を下げる。
「で、これを聞いて陽子さんはどう思った?」
「…その、美緒さんのためになることなら、なんでも協力したいと思ったんですが…なんか違うなと」
「どう違うの?」
「結局のところ、それって全部、兼満君のためだけじゃないですか…美緒さんにしてもエリさんにしても…」
「陽子さんは兼満君をどう思っているの?」
私にとって、いちばん重要なのはそこだ。
ライバル(あるいは邪魔者)がこれ以上増えるのはゴメンだ。
「私は…はっきりいって、そこまで大事にされていい気になっている兼満君に正直、ムカついてます!」
「じゃあ兼満君に恋愛感情とか持つことって…」
「あり得ません!」
「じゃあ、美緒さんに対しては?」
「え?…あ、あの、それって??」
「別に恋愛感情とか関係なく、好きか嫌いとかでもいいのよ?」
「そ、それは…もちろん好きで、今の美緒さんとは、できるだけ一緒に居たいって思いますけど…」
顔を真っ赤にして俯く陽子。
「じゃあ、私たちの利害関係は成立ね!この旅行で陽子さんは美緒さんと仲良くして、私がトオル君と仲良くすれば、全てうまくいくわ」
「え…でも、美緒さんが私の事をどう思ってるのかが、自信なくて…」
まあ、そうだよね、美緒と陽子は女の子同士だものね…
だけど私には、もう一つの仮説が浮かんでいた。
「思ったんだけど、美緒さんって男の子にはあんまり興味ないんじゃない?」
「え?確かに美緒さん、恋愛には興味ないとは言っていましたけど…」
「っていうよりは、本当は女の子の方が好きなんじゃないのかな?…って」
「まさか…」
「実はね…試してみたいことがあるの」
私はそういって、漆黒の怪しげな小瓶を取り出し、陽子に見せつけた。
「これ、なんですか??」
「媚薬…ひらたく言えば、女をひたすらに求めたくなるヤバい薬」
以前、ホステス仲間から紹介され客の一人を愛人堕ちさせた時に使った薬だ。
効果は実証済み。
本来は男に使ってこそ効果があるのだが、もしオッサン思考の美緒が本物のオッサンなら。
もし美緒の解離性同一性障害が本人の深層心理から引き起こされた人格でなく、外部から別の意識体が入り込んだ憑依のような人格だったら…全くのオカルト話ではあるが。
だが、そう考えた方が辻褄が合う。
今のオッサン思考が、16歳の地味な女子高生の深層心理下で思いつくような思考とは思えなかったからだ。
もし今の美緒の人格が、元々の女子高生のものではなく40代のオッサンだったとしたら…この薬を飲ませることで実験結果が得られるのかもしれない。
「この薬をね、札幌に泊まった時に隙をみて、美緒さんに飲ませてみればわかるわ…あなたとトオル君のどちらを選ぶのか…もし陽子さんを美緒さんが求めるなら…」
「わかりました!やりましょう、エリさん」
陽子の目がギラギラと怪しく輝いていた。
「じゃあ、私たちだけの細かな計画を立てていきましょう!」
こうして始まった北海道旅行、陽子は私の指示通り、普段通りの服装=男の子みたいな色気のない格好で現れた。
これでトオル君が陽子を女の子として認識しなくなれば上出来だ。
そして青森行きの夜行列車の中では、ひたすら陽子の趣味の話を全開にして、美緒をとにかく寝不足で疲れされる作戦を展開した。
翌日、函館を出て、札幌に向かう特急気動車で眠り込むトオル君と美緒を尻目に、札幌での行動の最終打合せをする私と陽子。
事前に隠れて飲んだ”ユン〇ル黄帝液”が効いていたのか二人ともハイテンションだ。
「じゃあ別荘に着いたら、すぐに買い物に行って…」
「私の方で"お薬"を仕込めばいいんですよね?」
「そう、手筈通りにね!」
「でも、うまくいくんでしょうか?」
「こればかりは運…だけど、私たちの未来がかかっているのよ!」
「はい、がんばります!」
「うううん…」
美緒が一瞬起きて私と陽子は驚いたが、すぐに寝込んだ。
大丈夫だ、すべてが計画通り。
そして今、私は北海道に行く際の定宿にしている札幌の別荘のリビングルームにトオル君と二人きり。
隣のベッドルームでは陽子が一服盛った美緒を連れ込み”介抱”をしている。
あの薬の効果で美緒と陽子が"深い"関係を持った姿を見て、ショックを受けたトオル君を慰めつつ、口説き落とせば、作戦完了だ。
「滋味さん、大丈夫でしょうか??」
せっかく二人きりなのに、相変わらず美緒の事ばかり気にするトオル君。
妬けるわね…でもそのうちにあなたの心配が絶望に変わるのよ…
「トオル君のことを好きでもない美緒さんよりも、もっと私の方を構って欲しいだけどな…」
トオル君の手の上からそっと私の手を重ねてみた。
静かにその手を振りほどくトオル君、ひどいわね。
「それは今の滋味さん、ですよね…僕の事を好きな滋味さんも彼女の中にいるはずなんです」
「そうだけどね…一生、今の美緒さんのままだと、トオル君、報われないわよ?」
そう、元の美緒が現れてくる可能性は今後、ほとんどない…旅行の出発前、あの占い師から聞いたの。
だから私とトオル君が北海道で結ばれる未来しか見えないんですって!
「いえ、それでも僕は彼女を待ちたいんです!」
突然、ベッドルームから激しい物音が聞こえてきた。
あら始まったみたいね…それにしても、かなり情熱的ね。
「だ、大丈夫でしょうか?滋味さんたち??」
「そうね、ちょっと様子を見てみましょうか?」
ふふ、これで深い関係になった美緒と陽子を見た瞬間、トオル君はどうなっちゃうのかしら。
私は勝利を確信しながら、ベッドルームを開けようとした瞬間、勢いよくドアが開く。
「え?」
部屋から飛び出して来た美緒は、今までとは全く別人のような表情だった。
まさか…
すぐ後を追いかける陽子を振り払う美緒。
「美緒さん、待って!どうして私の気持ちをわかってくれないの!」
「ゴメン、美ヶ原さん!無理なものは無理なの!!」
トオル君の姿に気付き、はだけたブラウスを慌てて元に戻す美緒。
そして、トオル君に向かって満面の笑みを浮かべる美緒。
「私ね、やっぱり兼満君のことが誰よりも好きなの!他の人のことは考えられないんだ!!」
「滋味さん…やっと戻ってきてくれたんだ!」
「うん、待たせちゃってゴメンね!兼満君!」
トオル君に駆け寄り思わず抱きしめる美緒。
…誰だ、こいつは?
オッサン人格の美緒じゃない…ってことは、こいつが元の滋味美緒か…
私の本来のライバルがようやく私の前に姿を現したのだ。
だが、この瞬間に私の希望が潰えて、負けがほぼ確定した…
私は背後で泣き崩れる陽子の姿など全く眼中になく、ただ目の前で抱き合うトオル君と美緒の姿に敗北感を味わうだけだったのだ。




