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第2話 謎の審問官とナンパ師の微妙な転生

俺、兼満トオルは自称カリスマ起業家の46歳。

富と名声を十分すぎるくらいに獲得し、傍から見れば勝ち組人生そのものだった。

だがヤリ捨てた女に階段から突き落とされ、頭部を強打しながらの転落で死の淵に立たされていた。

薄れる意識の中で、俺はもう助からない…ということだけはわかっていた。

そして、これまでの俺の人生が走馬灯のように流れ始めていた。


高校時代のひどい失恋がきっかけで全てを失ったかの様に自信を喪失し自己嫌悪になった俺…

結果として、それまで勉強以外のことに全く興味を示さない内気で引きこもり体質だった俺は女性にモテるための、ありとあらゆる努力を重ねるよう変わった。

あたかも失恋相手の女性への復讐のように…


そのための”ツール”としての高学歴取得のための猛勉強の結果、有名国立大学に入学した。

大学生になると同時に起業をして効率的な金儲けをする術を獲得し、その金で男としての外見を磨くためジムに通い筋肉質の身体にしたり、話題の美容室でイケメン風な髪型やメイクを施した。

さらに学内のレジャー系サークルで積極的な活動に行い、人脈を拡げながら人見知りな性格を克服し、並行してキャバクラや風俗通いもしながら女性に対する苦手意識を克服しつつ、相手の心を掴む話術やテクニックを着々と身に付けていった。


気付けば周囲から「頭の切れる素敵なイケメン」や「将来、社会で活躍する若手起業家」などと勝手に持て囃され、放っておいても若い女性が群がるような存在になっていった俺は「次の段階」に入った。

なるべく多くの女を落としてモノにして、自己評価を上げ、自信を付けていく。

とにかく高校時代に俺を振った女に見せつけてやりたかった。

「お前の逃したサカナは大きかったぞ、俺はこんなモテモテな男になったんだ、ざまあみろ!」


だがついにその女とは再会できないままに月日が経ち、大勢の女性たちとのあまりにも多くの逢瀬を重ねすぎた結果、いつしかその女の名前や顔すら思い出せなくなっていた。

単に俺の悪しき失恋の記憶を消し去り、無かったことにしたかっただけなのかもしれないが…

結果、俺は社会的に成功し富と名声を得ながら不特定の女たちと交わるだけの日々をゲーム感覚で生きて来た。

でも最近の俺はそんな人生がひどく虚しく感じ始めていた。


もし高校時代の俺がもっと早いうちから勉強以外の事にプラス思考で興味を持つことができれば人生が虚しく感じない方向に変わっていたのではないだろうか?

あの頃に戻ってまたやり直せたら…

そう思いながら、俺は自分の意識が身体から浮き上がりどんどん上に昇り始めているのを感じた。

あ、これは俺、死んだよ…下を見ると、階段の下でボロボロに血まみれで転がっている俺の身体が見えたからだ。

目を見開き、瞳孔も開いた俺の顔はあまりにも無様だった。


「兼満さん!ちょっと、大丈夫!?」

俺を突き落とした女、ユウカが慌てて階段を駆け下り、俺の身体を揺すったり声を掛けたりしている。

「ウソ、なんでこんなことに…」

そういいながら、慌ててスマホで救急車を呼んでいる。


いや、お前のせいだよ…まあ元はといえばユウカをヤリ捨て放置した俺のせいでもあるのだが…俺の意識体はユウカと俺の身体を見下ろしながら観察を続けていた。

「ちょっと、最低で極悪人なあんたが、こんなことで死ぬわけないわよね!…ね?」

ユウカは懸命に俺に救命措置などを施しているようだ。

こうしてみると案外、良い子だったのかもしれないな、結果としては人殺しだけど…

俺に関わったばかりに傷害致死罪の前科者か…かわいそうなことをしたかもしれないが、俺の悪行が今後世の中に知れ渡れば、情状酌量で罪も軽くなるかもな。


などと考えているうちに、俺の意識は空に向かって更に上がっていく。

そして上空からは巨大な光の球体が拡がって俺の意識体を包み込んでいった。

ああ、これが天界からのお迎えというヤツか。

天国ってどんなところなんだろうな。

あ、でもこれだけ悪さをした俺はもしかすると地獄に落ちるんじゃないのか?


そんなことを考えているうちに俺の身体は空の途中で上昇を停止したままになった。

なんだ?三途の川でも渋滞しているのか??

「ちょっと、よろしいですか?」

「うわぁ!…誰だ??」

俺はいきなり真横から声を掛けられ、驚いてそちらの方を見た。


そこには、初老のスーツ姿の男が立っている。

「お待たせしてしまい誠に申し訳ございません」

初老の男は俺に深々とお辞儀をした。

「なんだ、ここが死後の世界という場所か?なんだか微妙に中途半端なんだが…」

「いえ、ここは正確には、この世とあの世を結ぶ中間地点…三途の川にできた中州のようなものでしょうか…」

「つまり、俺はまだ完全には死んでない?」

「ええ、私はあなた様のような、ここに引っかかった方を元の世界に戻すか、あるいは、あの世に送るかを判断する…まあ寿命審問官とでもお呼びください」

初老の男、自称寿命審問官は勝手に自己紹介を始めていた。


審問官によると俺はちょっとした手違いで予定よりも早めに死んでしまったため、もうしばらく現世に留まって欲しいとのことだった。

「え?あの状態から…俺は助かるのか?」

地上では、駆け付けた救急隊が俺の身体に蘇生措置を施しているのが見える。

「さすがに五体満足…とまでは難しいかと。あなたの脳の損傷がかなりひどくて」

確かにあの状態から奇跡的に蘇生しても障害が残り、元の健康体に戻るなんて無理だろう。

「もし寝たきりの意識が戻らない状態で差支えなければ、あの体にお戻しするのですが…」

「いや断る、別に俺はこの人生をこれ以上続けようとも思っていなかったし」

「意外ですね。あなたほどの人生の成功者ならもっと現世にしがみつくものなのですが…」

「いやあ、こうなってみると、とても成功したような人生には思えない。早く俺の人生を終わらせてくれよ」

「まあ、そうおっしゃらずに…」

審問官が微笑みながら話しを続けた。


「実はですね、こちらの都合で申し訳ないのですが、あの世に送るにしても、もう少し準備期間というものが必要でして…できれば今少しの間、別の方の健康な身体で余生を送って頂くというのはいかがでしょうか?」

「それはつまり転生ということなのか?」

「まあ、そうとも言いますが、生まれ変わるわけではなく途中から始めて頂くことになります」

違う人生をやり直せるのではあれば悪くない話かもしれない。

だが元の身体の持ち主はどうなるのか?

「ちょうど、若くして不慮の事故でお亡くなりになられたばかり方がいまして、その方でいかがでしょうか?」

「若いって?」

「十代の、高校生の方です」

高校生…俺がちょうどやり直したいと思っていた年齢だ。

「本当に俺は高校生から人生をやり直せるのか?」

「まあ、うまく立ち回って頂けると約束ができるのなら…しばらくの間は」

「少しの間でもいい、俺は今とは違う人生を高校からやり直してみたい!」

「わかりました。ではこちらに強く念じてください『生きたい』と」

審問官が突き出した杖の先にある球体が強く輝きだした。

そして俺の意識体は強い光に向かって引き込まれていった。


どれくらい時間が経ったのだろう?

俺はベッドで目覚めると見知らぬ俺と同年代の男女に看病されている。

「ミオ!私がわかる?お母さんよ!!」

どうやらこの女が高校生の母親らしい。

「よかった目を覚ましてくれて…今、先生を呼んでくる!」

病室?から飛び出していったのが、おそらく父親。

俺は一瞬、戸惑ったが無事に転生できたことがわかり安堵した。

どうやら俺はミオ君?という高校生として今後は生きることになるみたいだ。

「母さん?」

俺は甲高い声になっていることに違和感を覚えた。

まあ今までの俺の声ではなく、新しい高校生としての俺の声だ。

慣れるまでは仕方がないのだろう。

試しにゆっくりと起き上がってみる。


「あ、無理しないで」

「大丈夫」

母親に支えられながら俺は病室の鏡で寝間着姿の自分を確認する。

俺の高校時代に比べるとずいぶんと小柄で華奢な高校生だ。

しかも髪がだいぶ伸びているようだ。


長い間寝たきりだったのか?

それとも引き籠り?

俺はあれこれと考えながら、身体の違和感を徐々に自覚し始めていた。

胸が重い…というか丸く膨らみ、股間のあるべきところにあるハズの一物がなく…


「なんじゃ、これは?」

鏡を見つめる俺は自分が正真正銘の女子高生になったことに気付いたのだ。

高校生に転生させるとは言われたが、確かに性別まで言われていない。

あの審問官め、雑な仕事をしやがる!

「うわぁー、騙された!!」

「美緒!どうしたの?大丈夫??」

錯乱しかけた俺の叫び声を聞きつけ駆け込んできた医者や父親に押さえられ、俺は何とか正気を保てるよう努めた。


医者や両親の話では美緒という女子高生は学校での部活動中に心室細動で心肺停止状態になり病院に搬送されたようだ。

その後、奇跡的に蘇生したのは、まあ、あの審問官のせいだろう。

医者からは様子をみながらの一週間くらいの入院が必要と告げられた。

心肺停止の影響で一部記憶に障害が起きているかもしれないので併せて経過観察もしたいみたいだった。


正直、このまま美緒という女子高生として即、学校に行かなくても済むと思うと精神的に楽だった。

その間に今の身体に慣れつつ、美緒という女の情報を収集しながら、うまく立ち回らなければならない。

大丈夫だろうか?

だが考えても仕方ない。

今の俺にはこの女子高生の身体しかないのだから…


夜中、俺は人気のない病院の中をフラフラと歩いていた。

一日に二度はシャワーを浴びないと気の済まなかった俺にとって、寝たきりで汗まみれになっているこの状態が耐えられなかったからだ。

慣れない新しい身体をぎくしゃくと動かしながらシャワー室に着き、鏡の前でパジャマを脱ぎ捨てる俺。


目の前の鏡には見慣れぬ美緒という名の16歳の女子高生のあられもない姿が。

若々しくはあるが、まだまだ発育途上でお世辞にも魅力的とは言い難い身体。

「はあ」

大きく溜息が出る俺。

生前(兼満トオル時代)は、少なくとも20代後半以降の女性でないとナンパをする気力すら湧かなかった俺にとって、十代の高校生の身体では何の魅力も感じられなかった。

この美緒という女性の顔立ちは整っていて、大人になれば、そこそこの美人になりそうではあったが…

だが、いかにも地味系な女子高生。


でも…と俺は思った。

この顔って、どこか見覚えがないか?

高校生以下の歳の女性で知り合いなんて、いないはずなのに。

俺は鏡の中の女性の顔をまじまじと眺めながら過去の記憶を呼び起こそうとしていた。


すると突然、鏡に映った女の顔が俺とは別人格の表情になって睨みつけ、同時に俺の意識が何者かに乗っ取られそうになる。

「!」

『あ、あなたは私の身体で何をするつもりなんですか?』

頭の中にどこからかともなく響く女の声。

それはあたかも鏡に映った女が俺とは別の意識体として語りかけてきているように見えた。

俺は恐怖のあまり、

「バ…バケモノォ!!」

腰を抜かして後ろに倒れ込みながら叫ぶ俺。


俺って、小さい頃から幽霊とかオバケが大の苦手だったんだ。

「だ、誰がバケモノですか!…他人の裸をジロジロ眺める変態オヤジのくせに!!」

鏡の中の女が、切れて言い返す。

が、どこか遠慮気味の口調なので迫力にはやや欠けるのだが…


確かに傍から見れば女子高生の身体を乗っ取った中年男なんて変態以外の何者でもないのだろうが…

…いや、彼女の方こそ一体、何者だ?

この身体は死んだ女から俺が引き継いだハズじゃなかったのか?

つまりこれって本物の幽霊なのか?

だとしたらマジで怖い!!

俺は恐怖のあまり気絶しそうになった。

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