第19話 愛と欲望と偽りの北海道旅行
俺、元兼満トオル(46)は、30年前の世界で女子高生の滋味美緒(16)に転生した。
厄介なことに、当時の俺である兼満トオル君(16)の初恋相手である。
しかも夏休み中に俺=美緒とトオル君、彼を弄びたい女子大生の南波エリ(21)と北海道旅行に行く羽目になってしまった。
トオル君が北海道旅行がきっかけでエリに弄ばれた挙句に捨てられ、史上最低ナンパ師に進化しないように、何としてもここで食い止めなければならない。
とはいえ、いくら俺が女子高生に転生しても、過去の自分自身を恋愛対象にするには無理がある。
このため、俺は同級生の美ヶ原陽子(16)を旅行のメンバーに加えることにした。
陽子は見た目、エリ以上の美人なので、俺同様に面食いであるはずのトオル君の関心がエリから陽子に移れば、シメタものだと考えた。
だが、旅行前の顔を合わせの場で俺の目論見が微妙に崩れ始めていた。
俺同様に鉄道を使うのが好きそうだった陽子に鉄道中心の旅行プランを考えさせ、あわよくば、エリだけは飛行機に乗せさせた上にトオル君と陽子の距離が縮まるきっかけになればと期待したのだが、陽子は期待以上の「マニア」だったのだ…
「いや…夜行列車で二連泊ってアリなのかなぁ?女の子的には??」
「札幌までは僕も同じプランを考えていたので、ここは札幌で一泊をして、その次に…」
「せっかく節約した旅行資金が札幌で使い切りになるよ?」
鉄道マニアご用達なハードな旅行プランに難色を示す俺やトオル君に対して一歩も譲らない陽子。
ただでさえも苦行になると予想していた北海道旅行がこのままでは、計画倒れに??
まあ、それならそれで、旅行が無くなれば、トオル君とエリの関係が進展しないような新たな楔を打ち込めば良いだけだ、俺はそう楽観的に考えていたのだが…
「私にいい考えがあるわ」
エリが俺たち高校生三人に向かって言い放った。
「札幌でタタで泊まれる宿があれば解決よね?」
「え?まさか本当にエリさんが出してくれるんですか??」
「私も貧乏学生だから、そこまではねぇ…」
ウソつけ、学生当時から相当、金を貯めこんでいただろう?と俺が思わずそうツッコミそうになったのだが、現在は美緒である俺が知るハズのないことなので堪えた。
「でもね、知り合いが札幌に持っている別荘があるから、うまくいけばタダで借りられそうかな?って思って」
札幌の知り合い?
ああ、つまりはエリの愛人の一人が所有している札幌市内のあのマンションか…
30年前、エリと知り合ったばかりの俺が連れ込まれて手籠めにされた場所だ。
当時のエリは、親戚が持っている別荘とか言い訳していたが、銀座ホステスという正体がバラされた以上、今回は変に隠す必要も無いという訳なのだろうが…エリにとっての切り札を出して来たか…
でもそんなヤワな札幌泊の提案をマニアの陽子が受け容れるはずは無いが…
「エリさん、それ素敵ですね!じゃあ札幌で一泊、翌日朝の特急『おおぞら』で釧路に向かいましょう!」
意外にも陽子は呆気なく受け容れた。
それに釣られて、トオル君と俺も呆気なく了解した。
高校生にとっては北海道を旅行するには資金が少なかった。
背に腹は代えられぬ…だ。
だが、タダほど高いものはない、本当に大丈夫だろうか…
30年前の俺は、札幌でいつの間にかエリに媚薬かなにかの怪しい薬物を飲まされ、コトに至ったのでトオル君がなにか飲まされない様に用心しなければ…
とにかくエリとトオル君二人きりにさせずに、俺と陽子の女子高生二人で脇を固めれば大丈夫だろう、たぶん…
そして、あっという間に夏休みに入り、北海道旅行当日がやってきた。
夜の上野駅に集合し、急行『八甲田』が入ってくるのをかなり前の時間から行列して待つ俺たち4人組。
理由は自由席に座るため…
まあ30年前の学生の貧乏旅行の定番だよなぁ。
当時、若者の遠距離旅行は、首都圏から西に行くには東海道本線の大垣行き普通の夜行電車、東に行くには東北本線の『八甲田』がよく使われていた。
だが『八甲田』の方は今年(1993年)で定期運行が終わり臨時列車化されるのだが。
…と陽子が俺の横でしきりに解説をしている。
まあ12時間もかけて青森まで行くような列車は既に時代遅れの感が否めないのだろう。
だが、この時代、新幹線はまだ盛岡までしか行っていなかったから、青森行きの『八甲田』の方がより長距離だったが、同じ夜行寝台特急『北斗星』はさらに先の札幌まで行っていたから、需要が落ちるのは当然だったろう…貧乏旅行の若者を除けば。
しかもいずれは、夜行バスや格安航空券が出回る時代になり若者はたちより安い、早い方に流れて行ってしまい夜行列車は、ほぼ壊滅することになる。
俺の元いた30年後の時代では、定期運行する夜行列車は電車寝台のサンライズ号を残すのみになっていたし、機関車がけん引するような客車列車の定期運行はJRからは無くなっていたのだ。
「あ、美緒さん、八甲田の入線だよ!」
トオル君に声を掛けられ、俺はホーム前方を見ると、青い客車を先頭に夜行急行『八甲田』がゆっくりとホームに入って来た。
上野駅の長距離列車発着ホームは線路がこの駅で途切れるため機関車が隣の尾久駅の車庫から客車を押しながら入ってくる。
早い話が車に例えれば、バックで運転しながら入ってくるのだ。
だが、かなりの長さになるため先頭車両は運転士ならぬ誘導員が立って無線で最後尾の機関士と連絡を取り合いながら、この巨大な列車を動かしているのだ。
昔はこの風景が上野駅では当たり前だったんだよなぁ、俺はノスタルジックな気分に浸っていた。
なんだか20世紀の時代の方が、いろいろと楽しかったんじゃないのか?
と最近はつくづく思うのだった。
便利さや効率性を最重視し続けた行き着く先が今のつまらない社会だとしたら何ともやり切れないな。
「美緒さん、ぼうっとしてないで席を確保するわよ!」
張りきる陽子に促され、荷物を背負う俺。
陽子は、古びたジーンズにくたびれたTシャツ姿。
旅行には動きやすそうだが、まるで男の子のような格好だ。
せめて顔合わせの時に着てきたような、ワンピース姿であればと期待していたのだが…
これでは、男が寄り付かないだろう。
一方のエリは学生らしい地味目な格好を装いつつ、全てブランド物で固めている。
メイクもナチュラルに近くて、見る人が見たら、引き寄せられるだろう。
さり気なく勝負を賭けてきている。
どうしたものか。
一方のトオル君は、30年前の俺と同じくチェック柄のシャツにジーンズのあまりイケてない高校生そのものだった。
頑張れ過去の俺…
とはいえ、今の俺のファッションも美緒が今まで着ていた地味目のブラウスやらキュロットなどを何とかアレンジしている程度なのでオシャレとは程遠かった。
旅行費用捻出のため、服の調達まで手が回らなったのだが、これは今後、高校生でも稼げる何らかの手段を考えなければならないが、インターネットが本格的に普及し始める1995年まで、あと2年くらいかかるので手段は限られてくるな。
…などと考えているうちに、急行『八甲田』は高らかに汽笛を鳴らすと上野駅を発車していた。
早い時間から並んだので4人が向かい合わせで座れるボックスで席はとれたが、窓側をトオル君とエリが向かい合わせ、通路側が俺と陽子の向かい合わせって、なんだか微妙な配置だな。
仕切ったのが陽子だから文句も言えないのだが…
そんな陽子はニコニコしながら、俺に鉄道に関するの細かな解説をいろいろとしてくる。
「私は今の14系客車よりは、前の12系客車の方が良かったんだけど、美緒さんはどう?」
「そうね…この簡易リクライニングシートよりは、昔ながらの固定ボックス席の方が私は乗り心地はいいかなぁ」
俺は子どもの頃、少し齧った鉄道模型の知識で辛うじて、陽子の会話に合わせようと試みていた。
「そうよね!でも本音は旧型客車と10系寝台車時代の八甲田の方が味があってよかったと思うんだけど、どうかな?」
「え?…それは、どうかなぁ」
ゴメン、陽子が何を言ってるのか、さっぱり意味がわからない…
別にそこまで鉄道に詳しい訳ではないんだけど…
「まあ私も模型でしか見たことないんだけどね…」
さすがに俺が退いたので、慌てて陽子が会話を変えようとしたが、横からエリが口を挟んで来た。
「あ、それって能登と似たような編成でしょ?私は小学生の頃、富山駅でよく見かけたよ!」
「そう!そうなんですよ、実物をリアルで見ていたなんてエリさん、凄いですよね!」
なんで、陽子とエリの会話が噛み合うんだ…ますます訳がわからなくなってきた。
そのうちに陽子が鉄道写真が山ほど載ったポケットアルバムを取り出し、さらなる自慢話を始めていた。
エリがそんな鉄道マニアな話題に平気でついて行けることに最初は驚いたが、よく考えたら、そこは銀座ホステス。
千差万別なお客の会話についていけるよう、普段からあらゆる情報を収集して話を合わせられるスキルを持っているのだったな。
それに対して俺とトオル君は、陽子とエリとのハイレベル?な会話について行けずに見守るだけだったのだが、手持無沙汰になっていたトオル君が会話に入り込もうと試みた。
無謀だぞ、トオル君…
「あの、この運転席に付いている『横軽スイッチ』って何ですか?」
陽子は、ニヤリと微笑むと勝ち誇ったようにウンチクを語りだした。
「いいところに気付いたわね、兼満君。信越本線の横川と軽井沢間にある碓井峠はわかるでしょ?…そう、国鉄時代からのいちばんの急勾配区間ね。これは、489系電車の運転席の写真なんだ!…知ってるよね?特急『あさま』や『はくさん』にも使われていた車両だけど…」
「ええ、まぁ昔、あさまには乗ったことあったので…」
「そうなんだ!じゃあわかるよね?なんでこの形式って末尾に9が付いているのか?」
「え?信越線専用だったとか…」
「そういうこと!ちなみに急行『信州』に使われていた169系電車も同じ理由から9が付いているんだ…もうわかるよね??」
いや、俺には陽子が喋っている単語が全然わからないんだが…もちろん俺と頭の中身が同じトオル君もムリだ…
「その理由がこの『横軽スイッチ』。これがついている電車が碓氷峠越え専用の電車だと思って!」
「へえ~」
陽子の話では、碓氷峠を越えるためには電車単体ではムリなので、登りは後押し、下りはブレーキを掛けるために専用の電気機関車2両を連結するのだそうだ。
ああ、そういえば昔、長野行きの特急『あさま』に乗った時に横川駅で長時間停車していて、その間に釜めしを買いに行ったっけ…
北陸新幹線の開業で碓氷峠のある横川-軽井沢間は1997年に廃止されたが、この時代はまだ残っていたんだなぁ…
「そう、その長時間停車をしている時に後押しする機関車を連結するんだけど、電車側の運転席で、その機関車と協調運転するためのボタンがこの『横軽スイッチ』なの!」
「なるほどー」
トオル君がいい感じに感心している。
まあ、これで少しでも仲良くなって貰えれば…
「でも陽子ちゃんスゴイね!なんで運転席の写真なんて持っているの?」
感心するエリ、だが俺にも不思議だった。普通のマニアは運転席までそうそう入れて貰えないだろうから…
「昔、父の仕事で国鉄時代の金沢の運転所を見学させて貰ったときに撮らせてもらったんです!」
おい、国鉄時代ってまだ小学生だろ!そんな所に娘を連れて行くなんて、一体どういう親なんだ!!
「あ、美緒さんには話してなかったっけ?私の父は大学で交通経済学を教えていて…」
交通経済学…なるほど、と俺は合点した。
見た目は経済学を専攻する研究者のための学問のようだが、実態は鉄道マニアとして活動している学者が多いことを俺は知っている。
鉄道マニアのサークル活動が盛んな大学鉄道研究会出身者を鉄道会社は忌み嫌う。
なぜなら会社の経営よりも趣味に高ずる者が多くて、たいていは使い物にならないと判断されるからだ。
高卒で駅員、車掌、運転士といった現業を目指すならまだしも、大卒は特に国鉄系ではキャリア採用にあたるので、より避けられたのだ。
このため多くのマニアは自分の趣味を隠すために別のサークルと兼部したりして、経歴を詐称して鉄道会社への就職を狙うか、初めから一般企業に逃れる者も多かった。
でもメーカーなら〇立製作所や川〇重工といった隠れて鉄道車両を造っている会社に入ったり、鉄道雑誌を作っている出版社編集者やら、陽子の父親のような隠れ鉄道学の教授、中には全く関係ないガ〇プラが有名な玩具会社に入って、そこで鉄道模型事業をわざわざ立ち上げたり、テレビ局に入って鉄道専門番組を作る猛者もいたが、そうやって社会の片隅で活動する隠れ鉄道マニアが案外多いのが、この趣味の恐ろしいところだ。
だが陽子の場合、交通経済学という名の鉄道学?を専門とする大学教授の父の元で育てられた筋金入りのマニアだ。
しかも隠すどころか、プライドさえ持って趣味に臨んでいる。
俺はどうやら、今回の旅行の人選を誤ってしまったらしい…
こうして一晩中『八甲田』車内で陽子の鉄道談議に付き合わせているうちに青森駅に到着した。
極度の寝不足になった俺は、あとの『海峡』と『北斗』ではひたすら寝に走っていたので、陽子ら周りの会話は耳に入らなくなったが、なんだかエリと陽子の会話する声ばかりするのが少々気になっていた。
あれ、トオル君はと確認すると、俺同様に爆睡していた…やっぱり彼は過去の俺だった。
そんな訳で夕方前に札幌に到着すると、エリの知り合いの別荘を目指して移動開始。
地下鉄でススキノまで出ると、松〇屋の前からレトロな市電に乗り換えた。
ああ、この松〇屋は数年後にはロビンソン百貨店に代わるんだっけ。そしてつい最近では新しい何かに建て替わったハズ…まあ、いいか。
市電にしばらく乗って、ようやく目的地の別荘…といっても市内のマンション一室だが無事に到着。
ここからが正念場だ。
すっかり打ち解けたエリと陽子が近所のセイ〇ーマートに夕食を買い出しに行っている間、俺はトオル君にクギを刺すことにした。
「兼満君、くれぐれもエリさんには気を付けてね?」
「え?どういうこと??」
「たぶん隙をみて、兼満君と強引に関係を結ぼうと企んでいるのよ」
「…まさか、僕みたいな子ども相手にエリさんは、そこまでしないよ」
一体、どこまでお人好しなんだ!トオル君は…まあ昔の純粋な俺だから仕方ないか。
「でも、もし兼満君がエリさんと、そういう関係になったら、私はもう一人の私に申し訳がなくて…」
そう、これは俺の本心だ。
もしトオル君が美緒の目の前でエリの餌食になってしまったら、元の美緒も浮かばれないだろう。
「それだけ…なの?」
トオル君の妙に冷たい声に俺は驚いた。
「僕がエリさんと仲良くなっても、今の滋味さんは、もう一人に対する申し訳なさだけで、僕に嫉妬なんてして貰えないんだ…僕って、君にとっては、そんなに魅力ない存在なのかな?」
いやトオル君、君は過去の俺なんだよ。俺が君の未来の俺で…ああ、このことを説明できたら、どんなに楽なのだろうか…
「今は何も言えない…だけど私はあなたのことは大切に思っているの、それだけは信じて欲しい」
そっとトオル君を見つめて手を握る俺。
まあ、ナンパ師である俺特有の落としのテクニックだ。
「滋味さん…」
澄んだ真っ直ぐなトオル君の瞳を見ていると、今の俺は30年でかなり淀んだ瞳になっているんだろうな、と少し自己嫌悪になった。
「ただいま~!」
エリと陽子が買い物から元気よく帰って来たので慌ててトオル君から離れる俺。
この二人のテンションの高さはなんなんだ?
まさかエリは陽子まで取り込んで、トオル君を落しにかかるのか?
俺が身構えていると、陽子がレジ袋からアイスクリームを取り出した。
「美緒さん、そんな怖い顔しないで、一緒にアイス食べようよ!」
「うん、ありがとう」
俺はエリがトオル君の飲み物や食べ物に何か仕込まないかを警戒しながらも、陽子とアイスを食べ始めた。
ん?なんか変な味がするぞ、どこか覚えのある味だが…
あ…と俺は気づいたが、既に手遅れだった。
30年前、エリにこのマンションで飲まされたジュースに仕込まれていたものと同じ味…媚薬だ!
一気に俺の動悸が高まり、身体が熱くなってきた…
「あら、美緒さん熱っぽいわよ、隣の部屋で休んだら?」
そういって、俺を隣の部屋に連れ出す陽子。
そうか、エリと組んでいたのか…でもなぜ??
「じゃあ、私とトオル君は先にゴハンを食べているからねー!」
エリが悪戯っぽく、俺に微笑みかける。
しまった、迂闊だった…
トオル君に媚薬が仕込まれない様に気を付けていたのに、実際に媚薬を仕込まれたのは俺の方だったのだ。
隣の部屋はツインのベッドルームになっていて、陽子は俺をベッドに押し倒した。
「美緒さん暑いの?じゃあ私が脱がせてあげる♡」
陽子は俺のブラウスのボタンを丁寧に外し始めた。
「美緒さん、今夜は寝かさないわよ…」
怪しく微笑む陽子に俺は恐怖しつつ"あの日"のことを思い出した。
そうか、あの日…学校に登校再開をした日に、元の美緒にコミュニケーション技術を教示するために、陽子をお試しナンパしたんだった。
あれで友だちの居なかった陽子は、心を開いた時に友情も愛情もごっちゃになって、俺の事を独占したいと思い始めていたのだ。
だが、今の俺は女だ…イヤ、それはもう関係ないことなのかもしれない。
陽子にとっては心さえ開き合えれば、性別すら超越して関係を深めたいだけなのかもしれない。
ゴメン、美緒…こんな形で君の身体が汚されることになるなんて…
俺は、ただただ絶望した。




