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第1話 こうしてナンパ師は呆気ない最期を迎えた。

俺、兼満トオルは自分で言うのもなんだが、起業家として割と有名だ。

齢46にして数多のビジネスを立ち上げては売却し、その資金を運用しては儲け、今では一生遊んで暮らせるだけの財産を築いている。


なんのため?決まっているだろ。男が富と名声を築き上げるのは『女』のため。

だがそれは、たった一人の愛すべき女のため…なんてロマンチックなものでなく、周りにいる全ての魅力的な女たちのため、だ。


…そう、俺の裏の顔はタイプの女と見るや地位と財力を駆使して、あいさつ代わりに口説きに走る…希代のナンパ師なのさ、自称だけど…


今日も起業家セミナーとやらの講師を破格の安さで引き受けたのも、女漁りのためさ。

目を輝かせながら俺の話に聞き入る女たちに目星をつけ、セミナー終了後に開催される懇親会でさり気なく話し込んで名刺交換やら名前など個人情報をさりげなく聞き出し、SNS経由で繋がっておけばロックオン完了。


これでしばらくナンパ対象が多数キープされ、しばらく相手には困らないかな。

若い頃は路上ナンパもしていたけど、起業家として名が売れて来ると、リスク回避やら効率重視の観点から、大人の対応がある程度できる安全な女を確保できるセミナーが最近の俺の狩場となっている。


大人の対応って何?…決まっているだろ、一夜限りの関係(つまりヤリ捨て)をしても相応のコスト(プレゼントやらバカンスやらたまにビジネスに繋いであげるやら…)をかければ、何のトラブルなく、次に移行できる相手のことだ。

まあ「都合の良い女」とも言うけどね…

俺としてはビジネス同様、恋愛もギブ&テイクをモットーとしている。


「相変わらず、最低ね…」

そう言って俺の目の前に座り、高級ウィスキーで水割りを作っている女はナナミだ。

銀座8丁目にある高級クラブの奥にあるVIP用ソファー席で、俺は今日のセミナー懇親会での「戦果」をナナミに自慢していた。

ナナミはこの店のチーママで、俺はその上客。


ここは接待費の処理という名目で税金対策のためによく使う店だが、ナナミとの微妙な距離感のお陰か、なんだか居心地がいい。

「兼満さんって、いつまでこんなこと続けるのかしら?」

目の前に置かれた水割りのグラスを俺は気持ちよく飲み切る。

「ナンパのこと?…さあ、たぶん死ぬまでかな?」

「それって誰かに刺されて死ぬまで?ってことかしら?」

空いたグラスに氷を入れながらナナミは呆れたように呟いた。

「物騒なこと、言うなよ」

俺は微笑みながら、傍らの皿からオードブルを口に入れる。


「この前だって、入ったばかりのお店の子、持ち帰っちゃったでしょ?」

「え?ユウカちゃんだっけ?ちょっとアフターしてくれただけだよ」

「あれっきり、お店を辞めちゃったのよねー」

全てを察しているように新しい水割りを俺の前に静かに置くナナミ。


ユウカとは前に店に来た時、席に付いたヘルプのホステスで俳優志望の学生だった。

顔も俺の好みだったし、好きなテレビドラマの話をしながら意気投合したアフターの後、ホテルのスイートルームで楽しく一晩を過ごし、あとは知り合いの芸能事務所を紹介して終了。

そのうちにテレビドラマの端役かなんかで登場してくるだろう、うまくいけば、だが。

セミナー以外でも夜のお店で、俺は時々つまみ食いを繰り返していた。


「まあユウカちゃん役者の素質がありそうだから、夢に向かって羽ばたいたんじゃないのかなぁ?…イテテ」

ナナミが冷笑しながら俺の腿をつねる。

「彼女に素質なんてないことを知りながらよく言うわよ。どうせいつもの知り合いの事務所に放り込んでエキストラなんかをやらせて終わり、でしょ?」

付き合いが長くなると俺の悪事は全てお見通しか。

どおりで今日はヘルプの女の子を誰も俺のテーブルには付けてくれない訳か。


「まあ俺は彼女が実力を試せるきっかけを与えてあげただけさ。そこから先は自分で努力しないとね」

「あーあ、私も若い頃、兼満さんに同じように言われて騙されちゃったクチだからなぁ…」

「ナナミさんは俺なんか頼らなくても、立派にイベントモデルをやってたじゃないか」

ナナミは一昔前、カリスマのレースクイーンとして人気を博していたが、加齢と共にモデルを引退し水商売の世界に…よくある話だ。


「私は昔ずっと兼満さんに憧れてて、いつか一緒になれる日が来るんじゃないかって結構期待していたんだけどね…」

わざと寂しそうにしてみせるナナミ。

「よく言うよ、ナナミさんはいつも周りに金持ちのおじさまたちを侍らせていた癖に…」

その昔、モーターショーの会場でイベントモデルだったナナミをナンパしたものの、あまりの美貌と計算高さ、それに彼女を囲む信者(小金持ちのカメコ)のおじさまたちに阻まれて俺が『攻略』しきれなかった数少ない女だ。


「あら、あれ位のおじさまたちを篭絡しておかないと兼満さんに『いい女』と認定して貰えないと思ったからよ…もしかして嫉妬していたの?」

満面の笑みを浮かべるナナミ。

相変わらず喰えない女だ、いろんな意味で。

その代わりナナミはこうやってお互いに利用をしあえる数少ない「仲間」でもあるのだが…


「でも兼満さん、女遊びはほどほどにね…本当にいつか刺さるわよ?」

「男女の駆け引きを楽しむ店でそんな説教を聞けるとはね…でも大丈夫、俺のモットーは『仕事も女もギブアンドテイク』相手が損をしたと思わなければ簡単に引き下がってくれるものだ」

そう、むしろ俺は別れやすくするために切るときは女の方になるべく得をさせている。


女が執着するのは相手よりも自分の方が好きになって、より尽くしていると感じる時だ。

だから俺は口説き落とした後に相手に興味を失ったとしても「俺の方が君が好き!」アピールをしながら、なるべく未練がましくつきまとったり高価なプレゼントを渡す演出をしながら、徐々に退いていく技を身に着けていた。


このため最近では修羅場に陥ることはまずなかった。

たまに複数の女相手に同時進行中の時は、名前や会話の内容、思い出の場所を取り違えそうになりヒヤっとすることもあったが…


「じゃあ、そろそろ時間かしら?今日も兼満さんの自慢話を堪能出来て楽しかったわ」

ナナミがボーイの持ってきた伝票を見せた。

「気のせいか桁が一つ多くないか?」

高給サラリーマンの給料一ヶ月分の請求額だ。

「だって、ここは高級クラブですもの。どうせいつものように経費で落とすんでしょ?」

「まあね…」

俺は促されるまま、伝票にサインをする。

たぶん先日、ホステスに辞められた慰謝料も込みだろう。

まあいいか十分、元はとれたから。


今日も楽しく飲んだな、そう思いながら俺は深夜、自宅のある海沿いのタワーマンションの長い階段を上がっていた。

ここはエレベターホールが2階にあり、道路からの最短距離はこの階段を使わないといけない。

今はまだ良いが歳とったら大変だよなぁ、とか2階まで行くエレベーターは回り道だなぁ、とか考えながらエレベーターホール直結の入口ドア前に着くと見覚えのある女が立っていた。


「兼満さん?」

元ホステスの学生、ユウカが無表情で俺を睨みつけている。

「ユウカ…ちゃん?こんな時間にどうしたの?」

「どうして連絡をくれないんですか??」

「え?君から連絡が全く来なくなったから、てっきり…」

そう、俺の中ではユウカとは終了したものと思い込んでいた。

それに起業セミナーで知り合った外資系のバイリンガルOLさんやら起業目前の元CAさんやらを攻略する作戦に今の俺は夢中になっていたのだ。


無表情だったユウカから徐々に怒りの表情が浮かんできた。

「ずーっと私、LIN〇を送っていましたよ!」

「え、そんなハズ」

俺は慌ててスマホを取り出しLIN〇を確認する。

ユウカの会話ブロックはまだしていないハズだが…

LIN〇のユウカとのトーク画面を開くと、今までなかったユウカからのメッセージが続々と表示され始めた。


『先日、紹介してもらった今市プロからドラマのお話頂きました!本当にありがとうございます!』

『あのぉ…頂いた役なんですが、通行人Aって単なるエキストラじゃないですか?私はお芝居できるんですけど…』

『今市プロダクションから連絡が来なくなりました。兼満さんから連絡とれますか?』

『兼満さんの良くない噂を聞きました。お話を聞きたいことがあるので、お会いできませんか?』

『先ほど今市プロの社長さんといろいろお話して兼満さんの自宅住所も聞き出しました。これから会いに行きますね!』


俺はユウカからの呪いのようなメッセージの羅列を眺めながら一気に酔いが醒めるのを感じた。

「…このメッセージってさ、いつ頃から送ってくれてたの?」

「ずーーーっとですよ、兼満さん既読スルーなんてヒドくないですかっ??」

ユウカは俺の袖を掴むと更に目つきが険しくなった。

「いや本当に、今初めて見たんだよ…通信障害かなにかが原因かな?」

それ以外に理由がわからなかったが結果として、ユウカを怒らせてしまう程の放置プレイを俺がやらかしてしまったのは事実だ。


それにしても馴染みのプロダクション社長からこの件で何の連絡もないのも変だ。

いつもだったら、トラブルになる前に丸め込んでくれていたのに…

俺は仕事用に使うLIN〇WORKSで社長のメッセージ画面も開く、と同時にこちらも初めて見るメッセージの羅列が…


『この前、紹介されたユウカさんですが、キャストの件でちょっと揉めてしまって…すみかせんが、兼満さんの方からフォローしておいてくれませんか?』

『あの、今日もまたユウカさんから連絡が来たんですが、フォローの件、どうなりましたか??』

『先ほどユウカさんが弊社に乗り込んできて…その、今までの兼満さんの悪行を全て把握されたみたいで…こちらもこれ以上は庇えませんので兼満さんの住所教えてしまいました。直接、話し合ってください』


こちらも日付はかなり前からで、なんでこんな重要なメッセージが今まで入ってこなかったのだ??

俺は血の気が引いていくのを感じた。

マズい、こんなトラブルになるのは初めてだ。どうフォローしようか…


これではまるで俺が一方的に彼女を騙してヤリ捨てにしたみたいじゃないか…

…まあ実際のところはその通りなのだが、相手にそのことを悟らせずに良い思い出として終わらせることが俺の得意技のハズだった…何かがおかしい…


「ごめんユウカちゃん、何か手違いがあったみたいだ…ちょっと場所を変えて話さない?」

「手違いって何なの?実はさ…”親切な人”に、ここを教えて貰ったんだけど、これって事実よね?」

ユウカが自分のスマホ画面を俺に突き付けた。


【カリスマ起業家の兼満トオルは史上最低のゲスなナンパ師野郎だ!】

そこには暴露系ユー〇ューバーの画面が出ていた。

「これは…こんなものがどうして…」

俺は茫然とした。


ネットに俺の悪評が流れないよう、常に大金を遣ってメディアはもとよりネット上でも大規模に専門業者に監視をして貰い、ネガティブ情報を徹底的に潰していたからだ。

つまりは人目に付く場所では出回るはずのない情報だった。

「君には才能がある、とか一目ぼれしてしまったよ君しか見えない、とか知り合った女性みんなに言っていたんですよね、噓をつくなんてサイテー!」

「いや違う、それは嘘じゃない…」


確かに嘘では無かった。

だって俺にとってはいつも目の前にいる女しか目に入らないし、その瞬間だけはその女に一目ぼれしてしまうのだ…まあ、そこは確かにサイテーだと思うが。

「じゃあなんで?なんでカリスマ起業家でお金持ちのあなたが、才能のある私にエキストラの仕事しか回せないの?」

「それは…」


俺はなんとか取り繕う言葉を探そうとしたが、鬼の形相をするユウカに対して何の誉め言葉も思い浮かばない。

結局のところ、この女は綺麗な見かけと若さしか取り柄のない女なんだ…ということを気付かされただけだった。

俺って冷めると相手のことを冷静かつ客観的に分析し、あっという間に、なんとも思えなくなってしまうんだなぁ…とあらためてその最低さを自覚した。


「それとも兼満さんって、才能ある人を世に送り出す力なんて初めからないダメな起業家さんだったの?」

意地悪そうな目でそう語るユウカの一言に俺はうっかり逆切れした。

「なんだと?もう一回言ってみろ!俺は一流の芸能事務所に確かにお前を紹介したんだ!!それを活かせずいい仕事をとれなかったのは、君の魅力のなさだろ!」

「なんですって!やっぱりあなたは嘘つきで、私を弄んだだけだったのよね?」

「そう思いたければ、そう思えばいい!ロクな努力もせずにいい思いが出来るほど、世の中って甘くはないんだよ!」


これは事実だ。

俺と一夜を共にした女の中には事務所紹介後に努力を重ね、売れっ子のタレントになった女も確かにいた…まあごく一部だが。

結局のところ俺はコネというきっかけを相手に提供したに過ぎないのだ。

その対価に魅力的な若い身体を弄んであげて何が悪いのだ!


「ひどい!…兼満さんを信じてお店も辞めて、役者一本で勝負しようと思ったに…」

俺を睨み付けるユウカの目から大粒の涙が流れ出る。

「なら、通行人でもなんでもやって次のチャンスを掴めばいいだろ、これ以上人ばっかり頼るな。もっと努力しろ!無理なら田舎に帰って小金持ち相手に見合い結婚でもするんだな」


ユウカはまだ若いし、このまま大学を出ればそこそこの美貌で地元での見合い話もたくさんあるだろう。

そんな人生も悪くはないはずだ。

もっと自分を客観的に見直し、実現できそうも無い夢なら、あきらめることも必要だ。

そう考えながら俺はユウカに背を向けて立ち去ろうとした。

が…


「この人でなし!」

俺はユウカに襟首を掴まれて足払いをかけられ、そのまま階段から転げ落ちた。

…しまったユウカは、ストーカー対策で護身術を鍛えていたんだっけ…だがこれって護身術というよりは暴力じゃないのか?


2階…というか実質3階くらいの高さはある階段から俺は頭を何度も強打しながら途中で止まることなく下まで一気に転げ落ちた。

強い衝撃の中、これは天罰?などと思いつつ、もしかして死ぬかも、とも感じた。


なぜか?って、それは高校時代の失恋から今までの数々の出来事が走馬灯のように浮かんできたからだ。

『良くも悪くもない、くそつまらない人生だったな』

意識が遠退く中、俺が感じた率直な気持ちだった。


こうして俺、兼満トオルの46年間の金と女にまみれた勝ち組人生は、みじめに幕を閉じたのだった。

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