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アクマテキ  作者: なん
一章
2/34

伊達寺と田擦

 いろいろあって会議には遅れた。


「えー第四種級デーモン陀付——だぶ——の捜査の進捗状況を確認したいと思います。まず我々三倉——さくら——班ですが被害者の方々に聞き込みを行いました。デーモンの特徴は紙のように薄い身体。形質を分かりやすく例えるなら……そうだな……」


 小さな会議室で四人の大人が卓を囲んでいる。

 伊達寺の椅子が無かったので彼は立っている。


「やっこさんみたいっすね。折り紙の」


 口を挿んだのはオレンジ色の髪を指で遊んでいる若い男。

 手入れの行き届いた毛先を指に纏わせながら手元の資料を見て云った。

 粗い喋り方からは自信が伺える。


「えーそうだな。揉短——もみじ——班長が云うようにまるでやっこさんの様だ。周辺のカメラの映像と一致する。我々の管轄エリアに居るうちに放逐したいと思う。以上」


 かっちりした七三分けの男は椅子に座った。

 黒髪が電灯の光を跳ね返している。

 座った姿勢が美しかった。


「俺の番だね。あーしまった。ちょっと待ってね。老眼鏡が無いとどうも文字が見辛くて」


 眉間にしわを寄せながら老眼鏡をかける中老の男。

 白髪の混じった髪は胡麻塩みたいだ。


「ええとね。おお見やすい。ヰ丁——いちょう——班は周辺の調査とキャメラの映像を使って奴さんの出現エリアを絞り込んだよ」


 資料をひらひらさせて示した。


「ヰ丁はんちょお。やっこさんダジャレやめてくださいよお。ただでさえヰ丁班長っていうのもダジャレっぽいんすから」


 ヘラヘラと意味の分からない事を並べる揉短。


「揉短班はデータバンクで被害者の共通点とかを調べましたー。被害者に共通点は見られず聞き込みの内容からもデーモンの知能は高くないすね。賢い奴は強い人間狙うこと多いので。資料見た感じ被害者はいずれも重症を負っていますが亡くなってはいない。弱いっちゃ弱いんですけど、カメラに映った時間とか住民の言葉から移動速度が尋常じゃないみたいです。それにこんなに薄っぺらい身体なんで相当見つかり辛いと思います。なんで無闇に探すより作戦立てた方が効率良いと思います。班合同なんで人数活かした作戦を立てて次回の会議共有しましょう。長丁場になるかもなんでお菓子とか買っちゃいます?なんちゃって」


 にやつきながら舌を出す。

 軽薄な態度ではあるが話の内容は重厚だ。

 先を読み作戦立案を提案した。

 彼のお陰でデーモンに一歩近付いた気がする。


 クスリともしない三倉は此方に視線を向けた。

 釣られてヰ丁も目を向ける。

 立ち上がって視線を交わしながら田擦は発言した。


「我々磊磊落——らいらいらく——班は磊磊落班長が休暇中。班員二人で出現エリアの巡回を行っています。特に進捗はありません。以上です」


 声が小さくなるのを何とか防いだ。だが周りの視線が痛い。


「はあかしこまりました。徐々にエリアは絞れていますのでデーモン発見は近いでしょう。各班いつでも放逐できるよう準備しておきましょう」


 落胆の表情を隠しもせず三倉は述べた。

 分かっている。慣れている。そういう視線は何度も浴びてきた。

 呆れの様な落胆の様な諦めの様な嫌悪の様な。

 自分達の班は班長のお陰で成り立っている。

 班長がいない今怠け者の相棒と不器用な自分では大したことは成せない。


 班長が休暇に入ってから直ぐに件のデーモン、陀付は現れた。

 陀付と最初に遭遇したのは田擦だ。

 老人が襲われているのを助けたのだがデーモンには逃げられた。

 その後被害が拡大したので周辺のエリアを管轄している三倉班、揉短班、ヰ丁班と合同で捜査することになった。

 デーモン自体の戦闘能力は高くないが逃げ足が速く放逐には手間取っている。


 田擦が身を置く組織の名は魔的対策機関と云う。

 人間が猿の頃から生きている謎の生物デーモンを放逐する為に創設された組織である。

 デーモンとは全身が白い皮膚で覆われた異形である。

 他の生物に比べ形質が歪で地球外生命体の説も在る。

 一般にデーモンを殺すという表現はNGで『放逐する』という言葉が用いられる。

 デーモンに対する世論は千差万別でデーモンを擁護する意見すら在る。

 魔的対策機関の活動は国民の支援あってこそだ。だから世間体を気にしている。其れが高じて放逐官に『放逐』という表現を徹底させたのだ。


 デーモンに共通しているのは人間を襲うこと。だからこそデーモンは放逐しなければならない。

 デーモンを放逐しなければ。

 田擦にはその意思が張り付いている。

 只でさえ私は——。



「それでは解散します。有難う御座いました」


 三倉の声で我に返る。

 次々と席を立つ班長達を追うように田擦も席を立つ。

 会議室を出る前に声をかけられた。


「日田向ちゃん。お疲れ様」


 振り返ると揉短班長が壁に凭れていた。


「いんやあ~大変だよね。班長がいなくて第四種放逐官二人で捜査しなきゃいけないんだから」


 やれやれといったように肩を竦める揉短。

 彼の性格を鑑みるに今の発言は自分と伊達寺を労うというより優しい男を演出したいのだろう。


「マジでさ、何かあったら頼ってよ。俺ってこう見えて第二種放逐官だからさ」


 魔的対策機関に所属する人間は放逐官と呼ばれる。


 放逐官には階級が在り人々への貢献度等で変動する。

 下から第四種、第三種、第二種、第一種、特種の五つの階級に分かれている。

 田擦と伊達寺は第四種放逐官で目の前の揉短は第二種放逐官である。

 揉短の若さで第二種放逐官ということは相当優秀であると考えられる。


 第二種放逐官から上の階級に成ると自身の班を持つことができる。

 班長の責任は大きいがその分恩恵も大きい。

 先の会議は班長達の会議なので田擦以外の人間が第二種放逐官という実力者だ。その班長達中で一番若い揉短は自信が込み上げて仕方ない様である。


「はい。有難う御座います」


 精一杯の作り笑顔で対応する。


「今回は安心してくれていいからさ。俺もいるしデーモンは第四種級だし」


 凭れていた壁から離れ田擦に近付く。


 デーモンの脅威度は放逐官の実力と相対的に表される。

 下から第四種級、第三種級、第二種級、第一種級、特種級。

 第二種級から上は『特性』という名の能力を持つので危険度が高くなる。

 第四種級デーモンは第四種放逐官で放逐できるレベル。

 自分達磊磊落班の管轄エリアで現れた陀付は第四種級で脅威度は高くない。


 ではなぜ四班合同で捜査しているのか。其れには二つの理由が在る。班長不在の自分達では実力不足ということと捜索範囲が広いことだ。

 デーモンは逃げ足が速く活発的に行動している。

 第四種級とはいえ野放しにするわけにもいかない。

 自分たちが頼りないから自分が弱いから他の班に捜査させてしまっているのだ。

 他の班と合同の理由は他にも有るかも知れないが。


「マジでさ、日田向ちゃん大変だと思うしもし何か相談できる相手いなかったら俺がいるから。それに今回は他班との連携がじゅーよーになる。スムーズに共有できるように連絡先交換しない?今回に限らず合同捜査は最近よく行われてるし何かあった時のためにさ」


 随分回りくどかったが本命は自分の連絡先の様だ。

 どうやら気に入られてしまったらしい。

 どうしたものか。

 自分のことを揉短は知っている筈だが顔が良ければ何でも良いのだろうか。

 しかしこんな自分の連絡先を欲してくれているのだ。無下にするのは申し訳ない。


 既に端末を取り出している揉短に「はい」と返事をし自身の端末を取り出

「先輩終わりました?」

 気怠げな声が挟まれた。

 音の方向を向くとそいつは奥の壁に凭れながらごろごろと此方に転がって来る。

 ぼさぼさの茶髪にだらしなく着たスーツ。

 揉短もスーツを着崩してはいるがその男は着方が崩れている。


「誰?お前」


 伊達寺の存在に揉短は気付いていなかったらしい

 警戒する揉短に答えるように田擦は言った。


「伊達寺……なんつー姿勢だよ」


 伊達寺は壁と一体化しそうなほどに凭れこんでいる。

 虚空を見詰めながら田擦を催促した。


「いきましょお。会議思ったより長いし人多くてめっっちゃ見てくるし早くデーモン捜しましょう」


 軟体動物みたいにくねくねしながらそう漏らす。


「何?知り合い?」


 不機嫌そうに眉を寄せる。


「はい。磊磊落班員の伊達寺です。すみません。こんな形で」


 申し訳なさを前面に出して相棒を紹介する。


「磊磊落班ってことはこいつが日田向ちゃんの相棒ってことか。お前自己紹介くらい自分でしろよ」


「先輩腹空きました。ラーメン食べましょラーモン。いやラーモンて」


 口を歪ませ苦言を呈す揉短を無視して田擦を呼ぶ。


「あ?」


 訳の分からない奴に無視をされ苛々が募る。

 瞳は怒気を孕んでおりこめかみがひくついている。

 見下すように息を吐いた揉短は伊達寺に接近し胸倉を鷲掴んだ。


「おいおい無視しないでくれる?お前日田向ちゃんと同じ班なんだろ?彼女困ってるんじゃない?お前みたいな素人がいるとさ」


 馬鹿にするように放った。

 笑みを張り付けているが目は笑っていない。

 鎮まる音。ぴりつく空気。


「揉短さんっ」


 何とかしようと二人に歩み寄る。

 とにかく二人を離して謝ろう。伊達寺は後できっっっちり叱っておこう。

 決意を胸に胸倉を掴む腕に手を延ばす。

 其れを制止する様に。


「なあんかよく分からないですけど第二種放逐官?てそこまでですね」

 そこまで。

 その言葉にどのような意味が含まれているのか分からない。

 だが自信溢れる男の火に油を注ぐくらいの役割は持っているらしかった。


「ああ!?」


 一気に声量が上がる。


「どういう意味だよお前!」


 第二種放逐官の称号を誇りに持つ揉短にとっては許せない言葉だろう。言葉というより言い方か。

 嘲る様な言い方にすっかり激昂している。

 と、ここで。


「こらこら何をしているの?若い衆」


 ドアが開く音と同時に優しさの滲む声が浴びせられる。

 いそいそと小走りに近付くのは胡麻塩の髪を持つヰ丁だった。

 困った顔をして伊達寺から揉短を引き剝がした。

 想像以上に力が強くいとも簡単に二人は離れた。


「喧嘩する程仲が良いとはよく云うけれどね、喧嘩はしないに越したことはないんだよ」


 先生の様に諭すヰ丁の背中は大きく見えた。

 揉短は少し驚ていたが直ぐに舌を打ってどこかへ去っていった。

 伊達寺は掴まれていた胸倉とは関係ない所を整えていた。


「全く。忘れた老眼鏡を取りに来たらこんなことになっていて吃驚(びっくり)したよ。若いなあ」


 奥さんの趣味なのか可愛らしいハンカチを額に当てつつ田擦に投げかける。

 結婚指輪が眩しい気がして直ぐに目を離す。


「助かりました。ヰ丁班長。有難う御座います。」


 お礼を云った後すぐさま老眼鏡を持って来て渡す。


「おおありがとう。いやあ喧嘩もいいけど仲良くね。田擦さん伊達寺くん」


 云い残していそいそと去っていった。

 田擦は伊達寺へと歩み寄り取り敢えずはたいた。


「お前はほんっとによお。前にも云ったろー?失礼なことはするなって」


「はい。なので敬語は使いましたよ」


 べしっ。


「ちょっと。何で怒るんですか」


 余程腹が減っているのか叩かれた所ではなく腹を摩っている。

 大きな溜息をして腰に手を当てた。


「今日はラーメンなしだ」



「うまっ」


「美味いな」


 外の定食屋で昼食を摂る。

 腹ごしらえと会議の情報共有を兼ねている。

 伊達寺にとっては情報共有はついでみたいなものだろうが。


 唐揚げ定食を頬張りながら会議の資料を渡す。

 資料を軽く叩きちゃんと見ろよとメッセージを送った。

 サクサクの唐揚げは中はジューシーで噛む度に旨味が溢れる。

 この濃い味が堪らないのだ。

 相棒は資料を眺めながら焼き魚定食に舌鼓を打っている。

 肉厚な鯖の塩焼きを口に含み満足そうに頷いている。

 ぼさぼさの茶髪が軽く揺れた。

 幸せの肉塊を嚥下して資料を指す。


「私達に出来ることはとにかく現場に出ることだ。陀付の出没エリアはある程度絞れてきてる。片っ端から捜索するぞ」


 相棒と視線を交差させる。

 その煌めく瞳を見るにこっちの熱意が届いている様だ。

 安心して唐揚げを摘まみ口元へ運ぶ。

 伊達寺はデーモンの事になると頼りになるからな。


「この魚めちゃうまです。ん?何ですかこの紙」


 どうやら何も届いていなかった様だ。

 唖然として唐揚げを落っことしてしまった。

 皿に落っこちた旨味の凝縮体は(つまづ)いた様に転がった。

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