第八章 そのころ
今回は暗いエピソードなので読む際は気を付けてください。ただ他の話と繋がっている部分もあるのでできれば見てほしいです!
この話は後々結婚報告のために実家に帰ってきたときの話なのだが、歩夢の話が理解できずにいる。はっきり言える。「現実は小説より奇なり」とはこのことなのだと。
正が実家をあとにし、歩夢が事実上の家長になった後の話である。別に家長になったのはよかった。あまり生活は変わらないし翔助や宗史郎も結婚はしてはいないものの家の手伝いを頑張ってくれている。徴兵は……まあ、問題児だったせいで除外されて刑務所に一回入れられたそうで、勝手に返されて
「二度と軍隊なんかに入るんじゃねえ!」
と言われて憲兵に殴られる以外はそこまでまずいと思うことはなかったそうだ。
「いや、十分凄い話だと思うぜ……」
「これから話すエピソードに比べてもそう言えるのか?」
そういって歩夢の愚痴に付き合うことにしたのだが……。まあ聞かない方がいいような気がしてきた。
歩夢が事実上の家長になった後、すぐに大きな壁にぶち当たった。それは暴力団、新井組との交渉である。ここらの暴力団の質は海外より危なっかしいことで有名だ。汚職なんて日常茶飯事のこの世界で新井組の資金力で警察や検察は懐柔されており、みかじめ料や用心棒代などで苦しむことが多かった。僕らの旅館は力で黙らせてはいたが無理というものがある。そして、会議当日。舐められたら終わりというこの日に、先代と同じことを言ったらキレてしまったそうだ。
「何て言ったんだよ」
「馬鹿は黙ってろ、と言ってやった」
それは切れて当然ですわな。という文言を残し旅館vs新井組というとんでもない争いが勃発したのである。
その翌日の夜、大戦争が起きた。みかじめ料を一切払わず挙句の果てには新井組のメンツを丸つぶしにするというとんでもないことをしでかした歩夢は、家に籠城することにした。家族全員で。
「いったい歩夢は何をやらかしたらこんなことを起こすんだよ!」
「喧嘩を売った。ただそれだけさ」
突然耳の近くを銃弾がかすめてきた。これは相手も本気だな。そう思いながら宗史郎に向かって
「宗史郎、ハーフライフルもってこい」
「……は?」
「正当防衛だ。猟銃をこの場で使ったって緊急避難になるだろうから大丈夫、大丈夫!ちなみに銃のある鍵の番号は〇〇〇、弾丸のある鍵の番号は×××だ。」
「……猟銃の免許確実に取り消しだぞ」
「旅館一筋で行くから大丈夫」
「というかそれが問題じゃないんだよ!人を撃つってふざけても言うんじゃねえよ!」
「いつ人を撃つといった。俺の射撃技術舐めてんのか?」
「そんなもの知らねえよ」
「だったら見せてやる。銃を持ってこい」
そう言ってさっきの弾丸が貫通した隙間から持ってきた銃で撃つと、キーンと何かが壊れたような音がした。
「あああああああああああああ!」
断末魔が響き渡った。
「あ、あああああ……」
「お前まで叫ぶんじゃないよ。当てたのは銃口だ。もう歪んで撃てないだろうな」
「じゃあ、なんであいつは叫んで……」
「あぁ、当たった反動で指でも折ったのかな。自業自得だな、だから狙って銃を撃てば問題はないだろう?」
もうため息をつくことしかできなかった。
「いいか宗史郎、人を撃ってもいいのは刑法で許されたときだけだ(嘘)。分かったな。そしてあいつは自分が撃っても反撃されないと思い込んでいる典型的なものだ。常に撃ったら撃ち返されるものだと思え」
「……そもそもそんな人生を歩むとはとても思えないね」
「俺は真剣な話をしているんだぞ、しっかりと聞かないのか。まったく。もう警察も気付いているだろうし、さすがにここまでの大ごとを見逃す警察ではないからね」
ドーンとまた音がした。一瞬明るくなったところを見るに翔助が閃光弾を投げたようだ。実は昨日から立てこもりについての話をしていて祥助には※閃光弾と火炎瓶を作っておいてもらったのだ。これであとはどうとでもなるだろう……。
※火炎瓶は製造・所持するだけでも火炎びん処罰法という法律で三年以下の懲役または十万円以下の罰金に科されるので決してマネしないでください。(当時はギリ合法だったが学生運動などの影響で爆発物取締罰則違反で取り締まれない火炎瓶を法律で処罰するために議員立法で追加されました。詳しくは法律の専門家に聞くかググってください)閃光弾も失明の危険があるので火炎瓶ともに絶対にこの小説のような真似をしないでください。マジで訴えられます。
「おかげで危機を乗り越えて、警察が少し残っていたプライドを使い、新井組の大半は逮捕された。俺も猟銃の免許の取り消しを無事にいただき(理由、人のいるところで撃ったため)、正当防衛として刑は免除され(あくまで免除なので前科はついた)今ここに車いすでいるわけだ」
「ごめん、今更だけど何故!」
「車いすなのは階段でこけて両足を折っただけだから安心して」
「さっきの話を聞くと本当に軽く感じるな」
「その話はさておき」
「置けるわけがねーだろ」
「俺の友達が指名手配犯になった」
飲んだお茶をここまでかというほどきれいなミストにして噴き出した。こんな風にお茶を吹き出す日が来るなんて誰が想像しただろうか。
「汚いよ……全く」
「そっくりそのままその言葉を返すよ。ここまで汚いとは思ってもみなかった」
「よく言うねえ」
「で、誰なんだよ指名手配犯ってのは」
「昨日手配されたから知らないのも無理はない。南始だよ」
「……え、嘘でしょ」
南始、それは歩夢の友の名だった。僕はあまりその子とは関わりがなかったからそこまで知らないが学年成績で六郎に並ぶほどの持ち主だった。
「本当の話さ。お前が帰ってくるまでの二年の間でこんなに様子が変わっていたんだぜ」
「変わっているにも加減というものがあるぞ」
「まあ南が結婚した後、新井組にやられたそうで、何か堪忍袋の緒が切れたみたい」
「やられたって……」
「想像できるだろ。任侠もクソもない外道の集まりが南のいないときにやることなんて」
「ヤられたのか」
「全ての意味で」
「……お前、言い方が軽すぎるぞ」
「むごすぎて、重く話せる内容じゃねえよ……」
「それであいつは、復讐でもしたのか」
「だいぶ派手にな。最初に組事務所を爆破。次の組事務所では組員全員を殺人、拳銃と刃物でな。そして、放火といったところか」
「罪状はとんでもないことになりそうだな」
「あぁ、今は『爆発物取締罰則違反』『殺人』『銃刀法違反』『現住建造物放火』の疑いで全国に指名手
配されている」
「こうなっては捕まれば確実に死刑だぞ」
「治安維持法での立件も検討されているらしい」
「え、何で?治安維持法は国体の変革又は私有財産の否定にしか適用されないはずじゃないのか?」
「アイツがヤったのは汚職をしまくった警察官に対してもだ」
「まさか……」
「お前の想像している通り、警察署も襲撃されている。だからそのことが『国体の変革』に当たるみたいでこのままだと多分日本初の『内乱罪』が適用されかねない。だいぶ不名誉だがな」
「単独犯で内乱罪はどんな歴史でも聞いたことがねえぞ」
「友行、お前も警察官になるんだろう。気をつけろよ。お前は大丈夫そうだが」
「ああ、汚職はしないと誓うよ。それが警察官だから」
「そうだな、お前はそういうやつだよな……。安心したよ。あいつは越えてはならない一線を越えた。でもよ、家族を二度も新井組に奪われて、警官もそいつらのことを野放しにしていて。そのせいで、さらに恩人を殺されて。俺だったら……耐えられない」
「……二度も?」
「お前、知らないのか?あいつ、十二のときに、新井組の組員が南の家族を……」
思い出した。あの時新聞でだいぶ報道されていたな。史上稀にみる凶行として世間を騒がせた南一家殺人事件。組員はその後不起訴処分になったことで暴動まで起きたっけ……。
「組員の家族のことを思うとまた不憫だよ。彼らもまた、自分の愛した家族を奪われたのだから」
このむごく醜い争いがなぜ起きたのか。南を捕まえぬ限りは永遠の謎であろう。ただ一つ言えることがある。
「警察が本当にダメダメだな」
「本当にな」
帰って来て早々に暗い話はしたくなかった。僕がしっかりと国を守る警察官としての職務を果たしきれるのか。不安を感じるのは、僕が未熟な人間だからなのだろうか。答えは見つかる気がしなかった。