第六章 運命の相手探し①
友行たちはあまり学校になじむことができず、進学をやめることにした。両親は
「将来有望なのだからもっと勉強して羽を伸ばせ」
と猛反対していたが、
「あの堅苦しいよどんだ空気は本当に自分をだめにしてしまう気がして本当に嫌だ」
と言い六郎以外はほとんど地元に残ることにしたようだ。
六郎が出るその日は史上まれにみる大雨で電車が出るかどうか不安だったが運転を強行し東京へと旅たつことになった。東京行きの電車はこの電車でないともう間に合わないからだ。
なぜそんなギリギリにしていたかと言えば先週から色々な野菜の苗植えがあって、それを手伝っていたからだった。なぜ今忙しい時期に手伝うのかというと、
「親に大学行かせてもらうのに何にもせずに行くのは親不孝者のようで嫌だから」
と言っていた。彼は本当にできた人間だなと感じさせられた。
余談ではあるが、彼はあまりに優秀すぎて先生や大学からの推薦を受け、東大を無試験で突破し、かつ特例で学費全額免除され村中大騒ぎになっていた。
「トンビが鷹を生んだ」
というのは村での流行語にもなるのであった。
「お前は本当に大変だな~。先が思いやられるような大雨で俺ら以外みんな避難しちまったよ。本当にケガと堕落にだけは気をつけろよ」
この日の大雨は本当にひどく、大勢が避難していた。だから健と友行、そして正の三人だけで見送ることになったのだ。
「今更だが、東大無試験突破おめでとう。あとお前さんを支えたみんなに感謝しろよ。お前ひとりじゃこんなに凄い記録は打ち立てられなかったからな。そして電車の運転士に感謝しろよ。命がけでお前さんを運んであげているのだから」
正は
「卒業証書見せに帰って来いよ」
の一言だけだった。
それに対して彼は
「大丈夫さ、何とか帰ってくるよ。無事にね」
みんなさわやかに見送っていく中で雨はより一層強まっていった。徐々に暗くなっていくその風景の中で彼らの笑顔はどこから見ても(雨で見えないにしても)輝いて見えた。
だがみんなに不安が全くないかと言えばそうではない。最近は警察や議員の汚職が蔓延していると聞く。みんなもさすがにないとは思っているが六郎が巻き込まれでもしたらと思うと、怖かった。
友行はそんな中で警察に入って少しでも汚職を減らそうと考えるようになっていった。そう考えるようになったきっかけは堂々と暴力団の人が警察や検察に賄賂を渡して逮捕や起訴を免れているところを見たり聞いたりしたからだった。彼はこうも平然と賄賂に屈している「国家権力」を見ると情けなく感じるのと共に、僕らの努力を金で踏みにじっていると思うと許せなかったのだった。
なぜこんなにも賄賂が横行するようになったのか。それは軍事費の増加だった。各国の軍縮の流れに逆らって列強に対抗するために軍拡を進めた結果、他の予算を削るはめになった。その時に政府は公務員の給料を減らすという案にたどり着いた。その結論として警察官の給料が大幅に削減されていった。警察官にも当然養うべき家族がいる。こんなにも警察の給料が削減されると家族を養えなくなり、飢えから家族を守るために賄賂に手を染めてしまう。そんな現実があった。このままだと取り返しのつかない状態になる。それこそ治安がさらに悪化すれば警察は機能しなくなる。彼はそうなってしまう前に警察の機能を立て直そうと考えたのである。
「軍拡したところで何の意味があるんだか。侵略されないためっていうけれども、内側から崩れたら元も子もないじゃないか」
それぞれの兄弟の進路が決まっていく中で、正は自分がどう生きていきたいのか悩んでいた。長男である以上この旅館は継がねばならぬことはよくわかっている。だが自分に旅館経営など性に合う気が全くしなかったのだ。自分には好きな人がいてそちらの地元が困っていると聞き婿入りして助けに行って役に立てるなら嬉しかった。だが自分には親に婿入りしたいという相談をする勇気がどうしても出なかった。
そんな、悩んでいる正の様子に気づいたのが歩夢だった。
「お前、そんなに思いつめた顔をしてどうしたんだ?」
「実は……俺、婿入りして嫁の実家を助けようと考えているんだ」
「ならすればいいじゃないか」
「……」
こいつ何能天気なことを言っているんだろう……、と思ったら
「お前が旅館を継ぐ必要はない、代わりに俺が継ぐ」
「は……、いまなんて言った?家督は長男しか継げないんだぞ」
「だったらお前は嫁入りして、そっちに行けばいい。そして旅館の管理は俺がやる。そうすれば家長は形式的にお前になるが事実上継ぐのは俺になる」
「いいのか、旅館の管理は本当に大変なんだぞ……」
「いいって、いいって!」
「でも……」
「そんなにためらうならお前はここに残れ。でもお前は向こうに行きたいのだろう?だったら覚悟を決めろ」
「分かった……本当にありがとう」
少し涙ぐみながら感謝した。昔はあまり人を気に掛ける性格ではなかったのに、成長したな。いい弟を持ってよかった……
兄が浮かない顔をしていると思った。思い切って話を聞いてみるとどうやら婿入りして実家を助けたいようだ。ならすればいいと思いっ切り言ってやった。
自分の好きなことをやればいいじゃないか。人助けならなおさらだ。親が反対したら絶対に説得する。人助けの邪魔なんて絶対に許したくない。だから兄さんを応援しようと俺が旅館を継ぐことにした。それを聞いた兄さんはためらっている様子。俺に迷惑をかけるのが申し訳ないようだ。俺からすれば旅館の管理は夢だったわけで双方に得のある話だと思ったわけだが、それを言うと利権が目的に思われるからその部分は黙っていた。でも兄さんはそれでもためらっていたから、少しイラっとした。だから覚悟を決めろと言ったらようやく、覚悟を決めてくれたようでで感謝された。
兄はよく僕が問題を起こしたときに、叱ってくれていた。そのお陰で今の自分があると言っても過言ではない。だからこれは恩返しだ。少しでも兄のためになったのなら僕は幸せだ。
友行は父に誰と結婚したいか、聞いてきた。他の兄弟は次々と結婚相手を決めていて、もう決まっていないのは上京中の六郎と僕だけだったからだ。学生に無理に結婚させると勉強に集中できなくなるだろうからと六郎は保留だが、無職の(厳密には警察学校の入学予定者なのだが)友行は断る理由がない。
「お前には二つの選択肢がある一つは俺が勝手に結婚相手を決める。もう一個は三か月以内に誰かと付き合え。達成できなかったら、警察学校の入学を取り消して大学へ行け」
事実上三つある選択肢だが普通は一択だ。誰かと付き合うほかない。親に勝手に結婚相手を決められるよりかは絶対に良い。結局その相手と付き合うために東京へと旅立つはめになった。別に地方都市でもいいのではというが、見つけるなら全力で結婚相手を見つける。中途半端に選んだら相手が一番悲しむ。全力で運命の相手を見つけようと日本一人口の多い東京へと向かった。
やはり運命の相手などそう簡単に見つかるものではない。旅費を安くしたいから、走って東京まで行ったが、吐くかと思った。数百キロも休まず走ればそりゃそうだ。きついに決まっている。一日もかかったが、逆に言えばよく二十四時間で東京までノンストップで東京まで行けたものだ。だが疲れすぎたのか、倒れてしまってそのあとのことはあまり覚えていない。