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彼の日記帳  作者: i/o
第一編 友行誕生
5/10

第四章 野球とごはん

(だいぶ考えたな~)

 

そう思ってカレンダーを見てみると、一瞬言葉を失った。カレンダーに書いてある西暦が一九二一年五月十日になっていた。五年くらい年が動いている。


(なんで……なんでこんなに早く年が動くんだよ……)


もしかしたら考え事をしていたからだろうか、()()()()だと考え事をしていると時が早く動くのだろうか。意味が分からない。体感時間は大体、一~二時間ぐらいだった。


(クッソ、勿体ないことをしてしまった。計算すると今のおじいちゃんの年齢は十二歳ぐらいのはずだ。この年齢だともう小学校六年生ぐらいじゃないか)


だがここでもう一個の可能性に気づいた。


(僕の見てきたのはおじいちゃんの生まれる瞬間だったり友達との出会いだったりと重要な場面が多い。だととすると重要な場面だけ、時間の流れが遅いのかもしれない。この仮説が本当であれば少し大変になったな~。時間が早いところにおじいちゃんの殺されてしまったヒントが隠されているかもしれない。だから相当集中していかないと……)


 友行さんのところに行ってみると、友達と一緒に草野球をしていた。友行チームの方のメンバーは、友行・正・歩夢・翔助・宗史郎・六郎・順介・優子・肇の九人と別の村の小学校の人たちが戦っていた。


(おじいちゃんの友だちでしょ…フルボッコにされるんじゃないかな…)


僕としての試合予想はそんな感じになっていたがその試合での出会いが彼らの人生に多くの変化をもたらすなんて全く思わなかったのだった。


 一回表で一番は友行。投手は花明小学校のエース平岡龍(ひらおかたつ)(防御率0.00の化け物)。友行さんなら勝てると思っていたが平岡さんは弱点のインコースをせめる。友行さんは必死にファールで食らいつくも十六球目で見逃し三振に仕留められた。続く正さんも決め球のフォークボールに誘われて空振りの三振。歩夢さんも初球から打ちにいったが、ピッチャーライナーで終わった。


(嘘だろ、あの化け物(友行とその友達)たちを三者凡退にするなんてあの人も化け物だな……)


僕はそう直感で感じ取った。もう一つ凄いのが平岡龍の身長だ。彼は身長がぱっと見で百二十センチくらいしかないのに球速は小学生のレベルをはるかに超えていた。その身長を彼は筋肉でカバーしているように感じた。これは鍛えてできるものじゃない。才能だとしか思えなかった。でも友行さんのチームもすごかった。投手は優子だ。いったいどんな球速が出るのかと思えば見てみれば龍に比べて少し劣っているように感じた。だが速いものは速い。花明小学校の捕手もそうだったが球速がえげつなくてキャッチした瞬間に悲鳴を上げていた。


(花明小学校の捕手はどれだけ大変だったのかな…あ、だから一球で歩夢さんをピッチャーライナーでおさえたときはあんなにも清々しい笑顔だったのか…)


ちらっと相手ベンチに目をやると捕手は


「お願い!お願い!お願い‼雨天コールドになってくれ!もう僕を苦しめないでー!」


と誰にも聞こえないような小さな声で相当苦しそうな表情で太陽を拝んでいる彼を見るといたたまれない気持ちになってしまうのは気のせいだろうか。

 優子は見事なコントロールで見逃し三振に仕留めた。だが順介は


「なんで僕がこんな痛い目に……もう少し球速を落としてくれないかな?頼むよ!」


と優子に訴えていた。しかし悲しいことに順介に告げられた現実はつらく


「相手のバッティングは狂っているよ!ゴロに仕留めたくてもグラブに当たってはじけて二塁打になるだけだよ」


 彼女の()は鋭い。相手の力量なんて一瞬で分かってしまう人間が彼らのバッティングを狂っているというのだ。こうなったら彼らにボールをバットに当てさせないために苦手なコースを選んで振っても間に合わない速度でボールを投げるしかない。順介は納得するしかなかったにせよ、とてもつらそうな目をしていた。ただ彼女は続けて


「あんたほど信用していなければ速球は投げなかったよ。下手したら振り逃げが成立するもの」


と言い彼の顔は少し晴れた。

 その後も同じような展開が続き、両方とも完全試合が達成できそうな状態にまで迫ってきていた。試合はついに九回表で決着がついた二死走者なしで打席に立ったのは今日すべて三振とバットにすら当たっていなかった肇だった。まず初球のアウトコース低めのボールを振りワンストライク。二球目は外側に逸れワンボールワンストライク。三球目はど真ん中にボールが来るも打ち損ねてファールゾーンに打ち上げる。だがここで確実にとらえたと思ったら風でボールが大きく逸れキャッチはできず。そしてその四球目は決め球のフォークでバットを振っていた。万事休すと思ったら、そのボールを見事にとらえそれは左中間を抜けた。結局彼はそのままホームにまで戻りランニングホームランを達成した。この点を守り切り見事勝利をつかんだ。

 この後みんなは感想戦に入っていた。その中で平岡は優子に話しかけていた。


「優子ってなんでそんなに速い球を投げられるの?できれば技術とか教えてほしいものだよ……」


と彼女にねだっていた。だが優子曰く、


「集中しすぎるせいでどう投げているのか自分でも理解できないことがあるんだよね、だからごめん。上手くは教えられない」


だそうで、これまた才能なんだと感じた。


「そういう平岡君だってなんでそんなに早く投げられるのさ。私と比べたら確かに私の方が若干速いと思うけど、もし私があなたと同じ体格だったら同じような球速で投げることはできそうにないよ」


「ちょっとしたコツがあるんだけど多分君に教えても体格があまりにも違うから上手くはいかないと思うよ」


「いいね~~私ももう少し球速をあげられるよう頑張るね」


「そうだね、あといったらなんだけど、順介君にはもう少し優しくしてあげてね……あんなにいいキャッチャーはあまりいないだろうからもっと技術をあげたら最強のバッテリーが生まれそうだよ」


それを聞いていた順介はまんざらでもない顔をしてこれからもっと頑張ろうと決心していたのだった。

 これで解散したみんなは思っただろうけど、あの後一日中草野球をしていたからみんな力を使い果たしていくことになっていった。一番大変だったのは……言うまでもないだろう。僕は彼に声をかけて(ねぎら)うことはできないが、遠くから優しく見守ってあげようと思ったのだった。


 帰ってきてご飯を食べているところを見たが一番食っていたのは宗史郎だった。見た感じお茶碗二十杯ぐらい食っていたが、そこはあまり驚かなくなってきていた。この兄弟なら人間にできそうにないことをしても、それが彼らだと思うと納得できてしまうのである。本当に凄いと思い始めてきたのは、この一家の家計だ。こんなにご飯を毎日食っていたら家計は火の車間違いなしだ。それをカバーする収入とはいったい何なのだろうか。それは一家の所有する広大な水田にあった。この地域の半分はこの家の土地で小作人にも貸し出していないため、全て彼らが独占しているのだ。もっとも、その水田を全て管理しきるのだからその作業は本当に大変なのだが。何故こんなにも広大な土地を持っているのかというと買ったのが五割、相続したのが一割、そして新たに開墾したのが四割なのだ。

 

(よく五割も買って四割開墾したな。合計でどれくらいの大きさになるのか見当もつかないよ……)


 まずどうやって水田を買ったかというと、ある老夫婦がこの土地を買ってほしいと言ってきたからことは始まった。さすがに広大な土地を買うとなると相当な金額になるが、跡継ぎのいない彼らにとってこの土地が管理されずただ朽ち果てていくぐらいだったら、責任感の強い人に買ってもらおうと思ったそうだ。それだったら無償で誰かに渡せばいいと思うかもしれないが、それだと贈与税がかかるかもしれない。だから相当安く売り渡そうと考えたわけだ。

 このエピソードを聞いてこの老夫婦はどこまでも優しいと感じた。

 話を戻すが責任感の強い人に渡したいと考えた彼らは、いつも真面目に旅館を経営して困ったことがあったらすぐに人を助ける優しい健さんたちを見かけて、彼らは健さんに売り渡そうと考えたそうだ。流石にこんなに多くの土地を買うのには抵抗していたが、


「もう私たちは長くはない、この土地が誰にも渡らず管理されず朽ち果てていくと考えると私たちは死んでも死にきれないのだ……」


 といわれると根負けして、水田を買うことにしたのだ。この水田、老いた夫婦がやっていたはずだが相当きれいな形を残していた。栄養も多く、この土地には多くの愛情が注げられていたことを健さんは感じたそうだ。

 次にどうして開墾したのかというと村の依頼で、


「あそこの山を開墾して水田を作ってくれないか。開墾されれば村が活気づくかもしれないから、どうか頼む!」


と村長の土下座で依頼を受けることにしたのだ。

 やはり開墾ともなると木の根をどけ、地面を平らにして、くぼみを作り……等々本当に苦労が絶えない。幸いにもその山は近くに川があったため、水源に苦労することはなかった。家事や仕事の合間を見つけては開墾、開墾、開墾……。もはや地獄ともいえる仕事が終わったのは依頼されてから四年後のことであった。だがこの間に村の財政が悪化し市がその土地を買うことができず、担保にしていたその土地を健さんが貰えることになったのだ。健さんは、


「ふざけるなって!これだと俺らは一体何をしてきたことになったんだ……」


 怒りながらも心の内では悲しんでいた。

 もうどうなってもいいやとやけになってそこに稲を植えてみると案外、栄養価が多く理想的な土地で石高は他の土地の二倍弱だった。そのおかげで苦労が報われ、村有数の大地主となったのだ。ただ八人の息子を育てるのにかかる費用でほぼ相殺され常に家計は大変なのは変わっていなかった。それでも多くの進路を選べるようになって、友行たちに翼が与えられたのは間違いない。

 このことを食卓で自慢げに話している父に対して


「なんで僕らには謙虚でいなさいというのにお父さんは自慢するの?」

 

六郎に言われ


「ちょっとは自慢してもいいと思うけどな……」

 と自分の言った言葉のダイレクト返球に思わず弱気になってしまっていた。


(さすがに可哀そうだけど事実だからな……)


 すると翔助が、


「そんなに語気を強めて言わなくてもいいだろ。お父さんだって苦労したのだから。苦労を分かち合いたいの」


「……お父さんごめんなさい。でも僕にはどこから自慢していいのか悪いのか分からない」


「大丈夫だよ、人が嫌がらなかったらその範囲で自慢してもいいと思うよ」


「難しいね」


「難しいから、今まで以上に頑張ってやるんだよ。人と話してその部分を見極められるようになれ。いつか分かるようになるから」


 この言葉は六郎の世界観を大きく変える発言だった。


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