第二章 新しい出会い
1916年四月この兄弟たちが入学する日、みなウキウキであった。入学式の翌日早速授業が始まった。僕は友行さんの書いた平仮名を見たけど、あの日ほど文字に対して衝撃を覚えたことはなかった。美しすぎて近くを通った先生もその字に対して、
「すごい……」
としか言えていなかった。
皆、友行のところによって
「すご~い!」
「なんでそんなにうまくかけるの?」
とかそんな質問が来るばかりだった。他の兄弟たちや江藤たちは比べてみてみるととんでもなくきれいだったのだが友行はずば抜けてきれいだった。友行は文系気味なのか、あまり算数は好きそうではなかったが計算ミスは全くなかった。ちなみにこのクラスで一番早く解き終わったのは末っ子の六郎で友行の三倍もの速さで解き終えていた。
(なぜこんなにも早く解けるのだろう?僕なんか小学一年生の時にやっとまともにしゃべれるようになった年ごろなのに)
前作は話すのは得意ではなかったが、勉強は彼らと同じくらいできるのだが前作にはその自覚はなかった。友行たちは勉強が好きで毎日家で自分から勉強をしていたそうだ。だからあんなに勉強ができるのだ。だが実技は別らしくあまり好きではなかったようだ。見るからに体育の授業を嫌がっていたからだ。そのくせセンスは抜群で持久走に関しては六郎が一番で二番目は友行でそのあとに歩たちが続いた。友行達以外の者に対して相当な大差をつけてのゴールインだった。
(化け物かよ!?)
「やっぱり運動は気持ちーよな!」
(さっきまでの明らかに体育を嫌っていたあの感じは何だったのだろう?)
みんな単純なのである。掃除でも掃除に集中するために完全に黙り静かに誰が一番きれいに掃除をすることが出来るか勝負をしていた。先生が、
「きれいにできているね!」
と褒めてくれると一段と奇麗になるのだからみんなからは理想的な存在だった。
(自分で思うのもあれだけど僕の掃除上手は祖父譲りなのか)
そう思う前作は見かけによらず掃除をするのを面倒に思う人間ではないのだ。最初にきっかけ、例えば親に掃除すればとかの一言さえあれば全力でやるのだが、祖父はそれ以上にすごく掃除を嬉々としてやっているのだから掃除の技術でかなうところはなかった。それに自分から気付いてやっているのだから尚更だった
(僕が一番得意なのは風呂掃除だけど友行さんの得意なのは居間みたいに広いところが得意なのか。僕は狭いところの作業が得意だから祖父と一緒に掃除をしたら相性がいいのか)
と掃除の様子をイメージしていた。結構いい感じだった。掃除が終わった後、
「掃除はめんどくさいよなー」
と誰かが言った。すると友行は、
「掃除は心の汚れをきれいにする作業でもあるからね!本気でやらないと心まで汚れていってしまうよ」
と相当熱心に掃除について語っていた。
(友行さん結構いいこと言う人だよなー。掃除について熱く語る友行さんは意外だったけどかっこいいな)
正さんや順介さんたちも同調していた。
(だからこんなに教室全体がきれいなのか)
周りも掃除好きがいるからこの教室はきれいに保たれていた。この感じは他のクラスにも伝染して掃除に対して熱意を込める人が多くなったそう。帰った後の友行について行ってみると帰った後はさっさと宿題を終わらせた後掃除を始めてどうすればきれいになるかも研究していた(この熱心さは大人顔負けだな)そう感じるくらい彼の掃除への愛は止まらなかった。それは兄弟たちやその友達も変わらないようで、自分たちの部屋を使ってどうすれば輝くぐらいきれいに掃除することが出来るのか、どうすれば木を傷めずにきれいにすることが出来るかなどを毎回調べていたりした。みんな目が輝いていて心もきれいに見えて部屋と心の両方をきれいにしたすごい人達だと感動していた。
彼らはスポーツも万能だった。運動会の時なんて、かけっこで古畑と川上のトップ争いでそのあとに中村たちが続く感じだったがそのほかの人たちとは比べ物にならない速さでこの勢いで成長していったらいつか機関車といい勝負ができるんじゃないかと冗談抜きで言われるくらいで他の子たちは、
(一生あの人たちには勝てないって……)
と誰もが思った。前作からしたら完全に化け物にしか思えない。自分自身も陸上の部活でいい成績を取って大会で記録も残したけどその自分ですら勝てるかどうかが怪しいような速さを持っていた。
(小学一年生なのになんでこんなに速いのかよ!?本当に僕はこの人達の孫なのかな?こんな速さを持っていたら僕ももう少し速く走れると思うんだけどな)
前作は全国大会に行くことはできたものの結局三位で終わってしまったと嘆いていた。余談だがこの時の一位は同率で大崎良喜と江藤の孫である江藤功造が優勝している。この二人も祖父譲りなのである。前作は良喜と功造と戦って今のところ六勝六敗である。毎回いい勝負なのでなかなか体育の授業では決着がつかないことが多い。
ちなみにだが何故友行らは実技が苦手なのかというと特定の動きを覚えるのが苦手らしくかけっこみたいな単調な動きをするのが得意らしく上半身と下半身を合わせた複雑な動きをするのがとても苦手だったからだそう。もし彼らが現代に生まれていたら本当に体育が苦手になっていたかもしれない。(特に踊りとか)
話を戻すがこの六兄弟は万能に見えるが当然苦手なものも存在する。音楽である。歌を歌うとき腹から声を出さないといけないのに何度やっても喉から声が出てしまい中々いい声を出すことが出来なかった。特に苦手だったのは楽器でリコーダー系の物はとても苦手で何度練習をしても全然その下手くそさはなおすことが出来なかった。彼らは上手く指を動かすのが苦手で中々他の人と一緒についていくことが出来ず居残ることがよくあった。悔しさを晴らすためにも何度も挑戦してみたが全然上手くならずそれどころか焦りが原因でどんどん下手になっていってしまい負の循環が続いてしまった。そのせいか笛系の楽器の大半がトラウマになってしまい苦手になってしまった。
「ああー本当にどうしよう、つらいよ……」
そう友行が泣きそうになりながらつぶやいていると一人の友人がこんなことを言った。
「お前なー、勉強や実技は苦しんでトラウマになって辛くなって悲しくなったら何の価値にもならなくなる。心の底からこの勉強をやっていきたいと思えるような出会いをするのが一番なんだ。悲しくなったままやったところで実力は決して自分の身にはつかないぞ。好きになるには多少の努力は必要だが泣きたくなるほど自分を追い詰めたらそのうち勉強全体が嫌になってしまうよ。いやそれどころか勉強ができないと勘違いしている自分をさらに追い詰めることにもなりかねない。いいか、何度も繰り返して言うが苦しんで、苦しんで、それでも勉強を楽しむ心を忘れずに身に着けた勉強と、ひとりで自分の心を追い詰めて悲しくなるまでやる勉強では天地の差があるからな」
小一の発言とは思えない言葉にハッとさせられた。
今でこそ勉強はわからなかったり難しかったりして苦しんでいるときもあるが昔に感じた苦しみとは違う感覚がした。昔は他の人に追いつくために毎日毎日勉強をしていた。普通ならいいことなのだろう。だが僕がやっている量は他の人がやっている量に比べて何十倍も多く勉強をした。しすぎていたのだろう。毎日徹夜は当たり前。解けなかったら自分への懲罰として自分の頬を殴っていた。こんなことをしていたら当然だが成績が伸びたとしても思った以上に伸びず、さらに勉強をし、自分を殴り、自分を追い詰めていった。
気付いたら勉強が憎くなっていた。自分にも嫌気がさし本格的に自分を追い詰めてこのままじゃ心が持たないというところまで来てしまっていた。だが前作は表情や口ではあまり出さないのでみんなに相談できずさらに自分を追い詰めていってしまった。だがこんなにも自分を追い詰めているならふつう誰かしら自然に気づいてしまうものである。だがみんなそのことに気づく者はいない。その中でも最も大きな問題は三つあり、一つ目は僕自身が苦しんでいるといった自覚がなかったことだった。その為とてもたちが悪かった。二つ目は自分で自分を殴った後はふつう残るものなのだが前作は自然治癒力が非常に高く何度も何度も自分を殴って大きなあざや血が出たあとが残ったところで二十分~三十分ぐらいしてしまえば傷は跡形もなく消えてしまうのだ。だからみんな古畑が自分で自分の顔を殴っているなんてことは誰も想像することが出来なかったのだ。そして三つ目は学校では他の人に比べてとんでもなく成績がいいことだ。前作は上を見すぎているがために、自分を卑下してしまうのだ。他の人からしたら、こんなに成績がいいのに成績が悪いことで悩んでいるなんて誰も思うはずがないからである。(成績表は常にオール5)
そんな前作の状態にいち早く気付いたのは父 秀作だった。彼は人の隠れた感情と行動を読むのがうまいので、異変が起きてから二日で対応を始めた。
早く寝るように言われ自分を殴る真似はやめろと言うお父さんの言うことは最初こそ聞いていなかったもののお父さんが監視を始めたら寝るしかなくなり自分への懲罰も課せれなくなっていった。やはりこういう生活をすると自然と体が楽になり自傷行為も段々と減っていった。友達と話す機会も増えてきたので一緒に勉強をやるようになったころにはもう勉強への憎しみはなくなっていった。
何故こんな生活にしたらこんなに憎かった勉強は、苦しみは感じるものの昔感じていた苦しみとは全くの別物のように感じる。原因はわかっている。だが本質的な意味では理解しきれてはいなかったのだろう。この少年に出会うことがなければ今ですら過去の自分を心の内では賞賛していたかもしれない。この言葉で僕は本当の意味で呪縛から解放されたような気がした。
友行はその言葉を聞き、
「ありがとう。(この言葉で)目が覚めた気がするよ。もう少し今の自分と音楽に向き合ってみることにするよ」そう言って笑いながらその友達に音楽を教えてもらっていた。
(友行さんはいい友達を持っているな)
そう考えつつも自分のことを好きになれるきっかけがもらえた気がした。そして自然とその少年に感謝していた。
友行さんたち六兄弟には学校に入学してからもう一つの出会いがあった。新しい友人との出会いである。この学校の人数はとても少なかったため、一クラスしかなかった。だからこそ他の人と触れ合う時間が他の学校に比べて少し多かった。
(兄弟全員が同じクラスだなんて少し異様な風景だな。普通は双子ならクラスが別に振り分けられるけど人数が少ないとこうなるのか)
そう奇妙な風景に違和感を覚えながら下校しているところを見ていると
(あの子はさっき友行さんに音楽を教えていた人だ!)
と気づいた。その人の名前は進道肇というそうだ。
「肇、今日鬼ごっこしていかない?」
友行さんがそう尋ねた。
「いいけど、お前宿題はどうしたんだよ」
「あんなもん、頭の中でもうすでに答えが完成するよ。わからなかったら六郎に聞けばいいし、そんなに困らないよ」
「いいよなー、お前の家は優秀な奴ばかりで」
「そんなことないよ、お父さんは僕よりあまり計算できないから優秀な一家というわけではないし弟より知恵がないと思うと悲しくなるよ」
それはただの自慢ではないのかな……そう思っていたら優子が
「完全にそれは自慢になっているよ」と突っ込んできた。
「本当!ごめん……」
「大丈夫だよ、けど意外と心に刺さるから気をつけてね……」
(初めて友行さんの謝る姿を見た気がする……)
「それはそれで鬼ごっこはやるってことだね」
「それはそれじゃないけど。でもやるよ。優子もやる?」
「いいけど、一度も捕まえられなかったことがないのに本当に逃げ切れるの?」
すると友行さんが
「そのための鬼ごっこに決まっているじゃないか!」と割り込みながらはっきりといった。
「それならいいけど」
そこからがすごかった。本当に鬼ごっこかと思った。いや、完全にあれは鬼ごっことかいうレベルじゃない。あれは世界の陸上選手のトップが小さい体になって鬼ごっこをしているのではないかと感じるほど。六兄弟に加えて順介、肇が逃げるほうを選んだわけだが二時間ぐらい全力で走ることになっていた。正直に言って凄まじい、を通り越してとても怖かった。僕は人生を通して初めて鬼ごっこが怖く感じた。こんなに速くて、もしかしたら(陸上をやっている)僕と張り合えるどころか、上回っているのではないかと真剣に考えてしまう。これほどの速さがあれば高校生ぐらいになればオリンピアンを目指せるぐらいの実力がある。そんな想像が容易に想像できた。体育の時もそうだったけどこんなにも速いとは思わなかった。
(体育の時は力を抜いていたのかな……)そう一瞬思ったが、
(あの人たちが力を抜くなんて考えられないよな……なんでこの鬼ごっこでは足がこんなにも速かったのだろう、もしかしたら鬼から逃げるときに体のリミッターが外れているのかも……)
という考えに至った。
その予想通り友行さんたちは翌日、全身筋肉痛で痛がっていた。
(さすがに友行さん、あんなに全力で走っていればそりゃ筋肉痛にはなるよね)
だがそれは、寝起きの時だけで実際家族の前では全く痛くないふりをしていたのだ。僕だったら陸上の大会の翌日に全身筋肉痛になったときは、歩くこともままならない。友行さんも同じような状況だったので友行さんの根性がとんでもないものだっていうのは容易に想像できる。でも本当に凄いのはここからで三時間もしたら我慢している感じが全くなくなり、本当に筋肉痛がなくなってしまったのではないかと思うまでに回復したのだ。僕は、はっきりと言いたい。彼らは間違いなく「怪物」だと。
(なぜだろう、この人達を見ていると僕らにとっては信じられないことをしているのに、この人達にだったら何でも簡単にできそうと感じてしまうのは……)
今思えばこの人達の体力と根性は異常である。秀才の域を超えて天才だ。もう僕はこの人達のほうが異常なのに天才が多すぎてこっちのほうが当たり前のように感じてしまう……
もう僕はこれ以上彼らの体力の異常さに突っ込むのに疲れてきた。だがここでふと疑問が浮かぶ。
(この人達だったら絶対にオリンピアンになれたのに、なぜその道に進もうとは考えなかったのだろう……この時代に陸上競技はあったはずだけど何か理由でもあったのかな……)
参加できない理由があったのか、それとも陸上選手になる気はなかったのか。その真偽は僕の体の状態では聞くことができない。こうなったら彼の人生を見てみてどんな道を歩んでいったのかを見ていくしかないのだ。
(もし聞けたとしても、歴史が変わって、最悪の場合僕がこの世界に生まれないという可能性も否定できないからでもあるんだけどね)