婚約破棄された令嬢は戦場に舞い戻る
「ラナ・モントリヒト! 国家反逆の罪で死刑とする!」
国王からラナに下された宣告が、王宮の広間に響き渡る。
その国王の傍らではラナの婚約者であるクラウン伯爵がほくそ笑んでいた。
「お待ちください、国王陛下。私は誓って国家反逆など企んではいません! むしろ陛下のすぐ傍におられる、クラウン伯爵こそダークソル帝国のスパイなのです!」
ラナの声に、クラウン伯爵は笑みをさらに深くする。
「何をバカな。陛下の忠臣であるこの私がスパイ? 言うことに欠いてそんな戯言を。耳を貸してはなりません、陛下」
「おお、その通りだ。ラナ・モントリヒト。貴様はクラウン伯爵の財産を目当てに我が忠臣を貶めようとしているのだ。貴様がダークソル帝国と文書をやり取りし、クラウン伯爵をスパイに仕立て上げようとしていたことは既に調べがついておる。このダークソル帝国の犬め。我がエイシ王国にあってはならぬ悪女よ。よくもまあ今まで淑女の仮面を被っていられたものだ」
「危うく騙されるところだったよ、私利私欲におぼれた淫乱め」
クラウン伯爵の一言で、広間に集められていた貴族たちは軽蔑の視線をラナへ向けた。
「……!」
ラナは奥歯を噛み絞めた。
ひと暴れしたいくらいだったが、両脇を衛兵二人に固められ、身動きは取れなかった。
「さて、この売国奴の件はこれくらいにしまして、国王陛下。実はご報告があります」
「ほう。申してみよ、クラウン伯爵」
「実は今回の事件が解決できたのも、とある令嬢の協力があってのものだったのです。アナスタシア、ここへ」
クラウン伯爵の声を合図に王宮の扉が開き、金髪の美しい令嬢が姿を見せた。
アナスタシア・グスフィー。由緒正しきグスフィー家の令嬢である。
彼女はクラウン伯爵を見つけると、小走りで彼に駆け寄り、伯爵に抱き着いた。
「伯爵様ぁ!」
甘えた声を上げる令嬢に、クラウン伯爵が微笑む。
「おお……グスフィー家のご令嬢か。彼女がこの売国奴の告発に協力を?」
王の言葉を受け、クラウン伯爵は頷いた。
「ええ。証拠となった文書を見つけ出してくれたのも彼女です。そこでご報告ですが、私、クラウン・ファンタズマは彼女と婚約することを決定いたしました!」
おお、と広間の貴族たちが歓声を上げる。
アナスタシアはクラウン伯爵の腕の中で勝ち誇ったような表情を浮かべながら、ラナを見下ろした。
怒りを抑えながら、ラナはどうしてこんなことになったのかを思い出していた。
それは数日前に遡る―――。
◆◇◆◇
モントリヒト家はエイシ王国が建国されて以来続く名家のひとつだったが、ラナの両親が若くして流行り病に罹り病死してしまったことで、ラナは孤独の身となった。
弔いの旅として一時的に国外へ旅立ったラナは、帰国後、他の貴族たちの計らいで縁談が進められることになった。
そこに現れたのが、国王の側近として数々の功績をあげてきたクラウン・ファンタズマ伯爵だった。
彼はラナと婚約し、モントリヒト家はファンタズマ家に吸収されることになった。
そうして、ラナがクラウン伯爵の屋敷へやって来たある日のことだった。
「……お嬢様、お茶のご用意が出来ました」
「ありがとう、カラサワ」
午後のティータイム。
ラナが幼い頃から彼女の世話係を務める、執事のカラサワがカップに紅茶を注ぐ。
優雅な仕草で、ラナはカップを口に当てた。
「ところでお嬢様、例の件ですが―――どちらに格納いたしましょう?」
「モントリヒト家のガレージがまだ残っているはずだわ。そこに運搬しておいて。メンテナンスも忘れずに」
「承知いたしました」
カラサワが返事をしたとき、重低音とともに屋敷全体が微かに揺れた。
「伯爵が戻られたわ。お出迎えをしなければ」
そう言ってラナは立ち上がり、玄関へ足を運んだ。
豪華な装飾が施された金属製の扉の向こうには、クラウン伯爵の駆動鎧―――『レッドアイ』があった。
駆動鎧、それは全長8メートルの機械の鎧で、搭乗者は胸部のコックピットからその巨体を操るのだ。
百年前に起こったエイシ王国とダークソル帝国の戦争で開発された駆動鎧は今なお戦場の主役であった。
『ラナ、今戻ったよ』
『レッドアイ』の外部スピーカーからクラウン伯爵の声がする。
「新たなパーツの調整はいかがでしたか?」
『ああ、申し分ない。出力も向上している』
クラウン伯爵は、調整に出していた『レッドアイ』の受領に向かっていたのだった。
平和な世の中が訪れたとはいえ、未だ隣国であるダークソル帝国の脅威は健在だ。いつまた戦端が開かれるか分からない状況では、主力兵装である駆動鎧の整備を怠るわけにはいかなかった。
「お茶の準備ができています、伯爵。食堂へ」
『ああ。もうしばらく完熟飛行を行った後にな……ああ、そこのレバーは触るなよ』
「……?」
まるで誰かに話しかけるような言葉にラナが首を傾げた瞬間、外部スピーカーから別の人物の声が聞こえた。
『――わたくしもこのおもちゃを動かしてみたいのですわ、いけませんの?』
『やめろ、アナスタシア。スピーカーがオンになっている』
『ああ、ごめんなさい伯爵』
『仕方ない子だ、アナスタシアは――』
ぶつっ、と音がして、スピーカーがオフになる。
アナスタシア・グスフィー。金髪で碧眼の美少女で、クラウン伯爵のお気に入りだ。
公然の浮気と言ってもいい。公務以外で伯爵が屋敷を留守にしているときは、だいたいアナスタシアに会いに行っているのだ。
もはや伯爵も、アナスタシアとの関係を隠そうともしていなかった。
表向きは、アナスタシアは伯爵の秘書だということになってはいるが……。
はあ、とため息をついて、ラナは『レッドアイ』を眺めた。
赤を基調としたカラーリング。エイシ王国の工廠で開発された各種装備―――。
「………!」
『レッドアイ』の背部に装着されたブースターを見たとき、ラナは眉を顰めた。
「どうされましたか、お嬢様」
いつの間にか彼女の背後にいたカラサワが尋ねると、ラナは静かな声で言った。
「カラサワ、あのブースターの製造元を調べてちょうだい」
◆◇◆◇
「……話ってなんですの、ラナ様」
クラウン伯爵の屋敷。
その応接間に、ラナとアナスタシアは居た。
ラナがアナスタシアを呼び出したのだ。
「単刀直入に聞くわ。『レッドアイ』のブースターを発注したのはあなたね?」
「そうですわ。以前装備されていたものは旧式になっていましたから。秘書として、駆動鎧の整備状況を管理するのは当たり前ですのよ。ご存じないかしら?」
煽るようにラナを見下すアナスタシア。
ちなみに、アナスタシアのグスフィー家はモントリヒト家より格上の家系とされている。
多少の苛立ちを覚えながらも、ラナは言葉を続けた。
「新しく装備されたブースターだけど、あれはアマノ社製の新型ブースター……つまり、ダークソル帝国で開発されたものよね?」
「……!」
「エイシ王国の製品に見立てた外装が施してあったけれど、あの排気機構は間違いなくダークソル帝国の特徴よ。それで、敵国の製品をどうしてあなたが発注できたのか不思議に思って調べてみたの。……あなた、ダークソル帝国と繋がりがあるみたいね。それも十年以上続くような、深い繋がりが」
「……グスフィー家の工廠が取引を行ったことがあるだけですわ。初歩的な姿勢制御関係の技術交換を」
「それでも充分、敵国に情報を漏洩したことになるわよ。……ダークソル帝国への情報提供は、無期懲役または死刑。この落とし前はどうつけるつもり?」
「そ、それは……!」
アナスタシアの表情に動揺の色が浮かぶ。
応接間のドアが開けられたのは、そのときだった。
「いけないな、ラナ。私の秘書をいじめないでくれ」
飄々とした様子で現れたのは、クラウン伯爵だった。
「……ですがクラウン伯爵、彼女はあなたの駆動鎧に禁止されている装備を」
「ああ、それは気にしなくていいよ」
あまりにも簡単な口調で言う伯爵に、ラナは思わず目を見開いていた。
「な、何を仰るのですか。敵国からの装備の提供を受けるのは、国家に対する反逆も動議なのですよ。伯爵はこの女に騙されて―――」
「いやいや、ダークソル帝国製のブースターを購入するよう命じたのは私だからね」
「え……!?」
「それだけじゃない。近々ダークソル帝国は、エイシ王国の首都を陥落させる計画になっている。その手引きをするのが、私の『レッドアイ』だよ」
ラナの頭は混乱した。
ダークソル帝国と取引があるだけではなく、首都陥落の手引きをする計画になっている……!?
「一体どういう……!?」
「伝説の傭兵、『例外者』でもない限り首都を守ることはできないだろうねえ」
「何を言っているのです。伯爵、そんなことはやめてください!」
「今更やめるわけにはいかないさ」
ラナの背後に立ったクラウン伯爵は、ラナの首筋に手刀を振り下ろした。
強い衝撃とともに、ラナは意識が閉ざされるのを感じた。
「はく、しゃく……!」
床に倒れこみながら、ラナは伯爵を見上げる。
「――アナスタシア、心配はいらない。まずは文書を作成してくれ。この女がダークソル帝国と内通していたことを示す文書をね。私たちの身柄はダークソル帝国が保証してくれる」
「は、伯爵様ぁ!」
涙を浮かべるアナスタシアとクラウン伯爵が熱く抱き合う姿を最後に、ラナの意識は途絶えた。
◆◇◆◇
―――というわけで、今に至る。
ギロチンに固定されたラナの頭上には、彼女の細い首を切断するための鋭い刃が設置されていた。
広間に集められた聴衆たちは、国家反逆を企てた大罪人が処刑される瞬間を今か今かと待ちかねている。
特別に用意された豪華な席では、王や貴族たちが不潔なものを見るような目でこちらを眺めていた。
はあ、とラナはため息をついた。
長い国外での生活をやめてモントリヒト家の令嬢として戻ってみれば、結局はこの始末。
うんざりした表情で聴衆たちを眺めるラナの脇で、死刑執行人が彼女の罪状を読み上げる。
「ラナ・モントリヒトは我らがエイシ王国の宿敵であるダークソル帝国と内通し、我らの王国を危機に陥れようとした。よって、国家に対する反逆罪として死刑を執行する!」
執行人がギロチンのレバーに手をかける。
ラナは息を呑んだ。
全身を黒く塗装された駆動鎧が広間に降下してきたのは、そのときだった。
駆動鎧はギロチンの目の前に着地すると、片手でギロチンを破壊した。
聴衆たちが悲鳴を上げる中、駆動鎧の外部スピーカーから男の声がした。
『お嬢様、ご無事ですか?』
「危うく頭が身体からサヨナラするところだったわよ、カラサワ」
駆動鎧の右手が器用にラナの身体を摘まみあげ、コクピットの位置へ運ぶ。
内側からコクピットが開かれ、ラナはその中に飛び込んだ。
操縦席にいたカラサワは、ラナの姿を見て席を立ち、背面の補助シートに移った。
「お嬢様のご指示通り、モントリヒト家のガレージに格納しておりました。整備は万全です」
「当たり前よ。私の愛機をそう簡単にスクラップにされちゃ困るわ」
死刑囚が着る質素なドレス姿で、ラナは操縦席に座り込んだ。
そして彼女が左右の操縦桿を握った時、鉄器の接近を示すアラームが鳴った。
「上空から数機。王家の護衛駆動鎧です」
「強行突破で行くわよ。舌を噛まないように歯ぁ食いしばってなさい!」
ラナがフットペダルを踏みこむのと同時に、漆黒の駆動鎧はブースターを噴かし急上昇した。
護衛隊の駆動鎧が陣形を整える前に、両肩に装備された連装プラズマミサイルを斉射する。
着弾とともに解放された衝撃と発光で、護衛隊が壊滅した。
ラナはモニター越しに、間抜けな顔を浮かべこちらを見上げる王や貴族たちの姿を見た。
ざまあみやがれ、と呟きながら、ラナは機体を広間から急速離脱させた。
「―――カラサワ、伯爵とダークソル帝国の合流ポイントは?」
「首都から南西方面の岩場という情報が入っています」
「了解。予想時刻は?」
「情報では数時間以内には、と」
「分かったわ。急行する」
モニターのタッチパネルで座標情報を記録しながら、ラナは答えた。
その様子を見ながら、カラサワが呟く。
「戻ってこられたのですね、『例外者』
◆◇◆◇
かつて『例外者』と呼ばれた傭兵がいた。
『例外者』は漆黒の駆動鎧で戦場を駆け抜け、ありとあらゆる勢力を粉砕した。
その結果、世界を取り巻く勢力図は混乱し、混沌という名の膠着状態――仮初の平和が訪れた。
それを機に、『例外者』は姿を消した。その正体を謎に包んだまま。
―――エイシ王国郊外、ダークソル帝国との合流ポイント。
『レッドアイ』に搭乗したクラウン伯爵は、ダークソル帝国の精鋭部隊の到着を待っていた。
「伯爵様、うまくいきましたわね」
『レッドアイ』のコクピット内部、補助シートに座るアナスタシアは笑顔でクラウン伯爵を見上げた。
一方のクラウン伯爵も微笑みを返す。
「ああ。君の精巧な偽造文書のおかげだよ。まったく、良家の血を引く娘だからと婚約してやったものの……。あんな気の強いばかりの女など、処刑されて当然だ。今頃は首だけになっているだろう」
「そうですね、伯爵様!」
「……おやおや、客人の到着だ」
モニターが、地平線の向こうから現れた駆動鎧の一部隊を捉える。
全身を白色で塗装された駆動鎧部隊――ダークソル帝国の精鋭、【ジークフリート】だ。
『……こちら、【ジークフリート】隊長のツヴィー。貴公の名を問う』
「私はクラウン・ファンタズマ。定刻通りの到着に感謝する」
『クラウン伯爵、ご協力に謝意を表する。これより我ら【ジークフリート】は首都攻めを行うが、よろしいか?』
「もちろん。すべては計画通りに―――」
クラウン伯爵が答えた瞬間、ツヴィーと名乗った人物の乗った機体は上空からのレーザーライフルの狙撃によってジェネレーター部を打ち抜かれ、爆発した。
同時に、けたたましい警告音が『レッドアイ』のコクピットに響き渡った。
「て、敵襲だと!? なぜこの合流ポイントがバレたんだ!?」
大声をあげながら、クラウン伯爵は機体を急旋回させる。
モニターが敵影を捉え―――伯爵は小さく悲鳴を上げた。
上空から降下する漆黒の機体、その姿こそ―――伝説の傭兵、『例外者』のものだったからだ。
「ターゲット確認。排除開始!」
漆黒の機体のコクピットで、ラナは叫ぶ。
着地と同時に左手に装備されたレーザーブレードを起動させ、周囲の駆動鎧を切り裂く。
敵機体のジェネレーターの爆発に巻き込まれないよう距離を取りながら、プラズマミサイルを全方位に発射した。
誘導性能の高いミサイルは、ラナを取り囲もうとした機体に直撃し、その機体を一撃で爆発四散させた。
『い……一瞬で全滅だと!?』
【ジークフリート】部隊はスクラップの山と化し、周囲にはラナの機体と『レッドアイ』の二機しか残されていなかった。
「相手が悪かったわね、伯爵。悪いけど排除させてもらうわ。私は面倒が嫌いなの」
『そ、その声……まさか、ラナ・モントリヒト……!?』
「あら、覚えていてくださったの? 光栄ね」
そう言ってラナはレーザーブレードを『レッドアイ』に向けて構える。
無線通信越しに、伯爵の怯えた声が聞こえた。
『よ、よせ、やめろ! やめてくれ! 私を殺すなんて……! すべては誤解じゃないか! そうとも、誤解だ!』
『は、伯爵様、何を!?』
「……女連れで戦場に来て、何が誤解なのかしら?」
『わ、私も騙されていたんだよ、ダークソル帝国に! そしてアナスタシアにも!』
『伯爵様!?』
『私は――そう、本当は、愛しているんだ、君を!』
やれやれ、とラナは呟いた。
「あら、そうなの。で? それがなにか問題なの?」
機体を『レッドアイ』に急接近させ、レーザーブレードを相手のコクピットに突き立てる。
『レッドアイ』の主動力が機能を停止し、その機体が地面に倒れこむ。
『……さすが『例外者』。見事な手際ですね』
上空に待機する輸送ヘリ――その操縦席のカラサワからの通信だ。
ラナは眉にかかる前髪を払いながら答えた。
「せっかく普通のお嬢様に戻れると思ったのに、残念だわ」
『今回のケースは運が悪かったと言えるでしょう。しかし、どうされますか。もうエイシ王国には戻れないと思われますが』
「……しばらくはまた傭兵生活が続きそうね。私の身体はまだ闘争を求めているもの」
漆黒の機体は最大出力でブースターを噴射し急上昇すると、朝日が昇り始めた地平線へと飛び去って行った。
ラナを求める、新たな戦場のために。
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