7.脱出準備
「これ……屋上に続いてる階段かな?」
建物は、天井が高かったが、外から見ると、どうやら一階建てのようだった。アキラが扉を開けようとしたが、ガシャ、ガシャッと音を立てるのみで開かなかった。
「俺、事務室に戻って鍵取ってくるわ」
「え? 一人で?」
「他に誰もいないこと分かったし、大丈夫だろ?」
(え〜っ、そうだけど……でも、あのおじさんはあそこにいるし、といって外で待ってるのもなんか落ち着かないし……)
相当、不安が顔に出ていたのだろう。チラチラと横目で警備員の方を気にかけている様子を見たカズヤが、
「皆んなで行った方がいいんじゃないかな。この事態に気づいて、誰か来る可能性もあるし」
「そう! それ! カズヤ、やっぱ頭い〜っ!」
カズヤはまたそんなことを言われ、少し顔を赤らめた。
(カズヤ、可愛いな)
カズヤの純粋ぶりと皆んなで行けることになった安心感から、さっきまでの不安はいつの間にか消えていた。
*******
再び、カプセルのある部屋を通過した。
(最初は異様に思ったけど、慣れるもんだな……)
冷やっとしているその空間を過ぎた後、事務室までのアップダウンの階段を越えた。かなり体力が戻ってきている手応えを感じられた。
「大分、ついてこられるようになったな」
アキラもそれに気づいたようだった。
「そうなの! でも、本来の私はこの程度じゃないんだから」
「へ〜。なんか思い出してきたのか?」
「ううん。そんな気がしただけ」
「なんだよ。妄想かよ」
アキラが、カカカッと笑った。
「本当だってばぁ! 体の声がそう言ってるの!」
「あ〜、そういうのあるよな」
(ここで馬鹿にしてこないところがアキラよね)
これまでも、アキラの気さくさや、何気ない心配りに、随分と救われてきている。
「いい人で良かった〜」
「おい。また心の声が漏れてるぞ」
アキラが、にまっと笑いながら指摘してきた。
「え? また私声に出してた?」
「出してた」
今度はカズヤまで、笑いを堪えたような顔でツッコんできた。自分でも顔が赤くなるのが分かった。
そうこうしているうちに事務室に着いた。
「また移動するの大変だから、もう鍵全部持ってっちゃおっか」
「あれ? こんなもんじゃないんじゃなかったっけ?」
アキラがからかってきたので反論しようとしたとき、
(ん? これってデジャヴ? なんか前にもこんなことあったような……)
急に黙りこくった様子を見て、アキラもカズヤもそっとしておいてくれたようだった。
「ここに地図がある」
と言うカズヤの声で、ハッとした。
「え? 地図?」
「あぁ、地図はあった方がいいな。あとは……」
と言いながら、アキラがあれこれ非常用リュックに次々と物を詰め込んでいっている。カズヤもだ。
「二人とも何してるの?」
「脱出準備。お前もこのリュックにこれ詰めてってくれ」
と、救急セット、ライター、カイロ、トイレットペーパー、ティッシュ、タオル類等の消耗品と非常用リュックを手渡された。見ると、アキラとカズヤで食糧や飲料、懐中電灯やラジオ等、重い物を分担してくれているようだった。
それぞれに荷詰めを終えると、最後にアキラが、
「これ、リュックの上に括り付けとこうぜ」
と言って、寝袋を配った。
「念の為な」
アキラは軽い感じで言ったが、その言葉が意味することを感じ取った二人は、緊張の面持ちでそれを受け取った。
(ここを出たからって、すぐ家に帰れるわけじゃないんだろうな……大体、家がどこかも思い出せてないし……)
三人は、出来るだけ着込むと、正面玄関から出て鍵を閉めた。玄関の表側にも、この場所が何なのかを示すプレート等はなかった。
事務室のある右側の壁際には、雪がかなり積もっていたが、左側は雪かきがある程度されていたようだった。左側の角を回り込むと、先ほどの駐車スペースがあった。玄関寄りに雪に埋もれた車が置かれている。
「あ〜、こうなってたんだ」
外から見ると、とても単純な構造だった。一見したら、ただの小さな会社くらいにしか見えないだろう。しかし、やはり看板などはない。
三人が次の角を左に曲がると、機械室の入口が開いていて、その上に木が倒れかかっているのが見えた。
「おじさんは……」
「いつ見つけてもらえるか分からないからな……」
アキラはそう言うと思い出したように、
「あ、お前は階段の方に行ってろ。カズヤ、手伝ってくれるか?」
「うん」
と言い、機械室の中に入っていった。何をするのか大体の検討はついた。手伝うべきだと頭では思っても、体は凍りついたように動かなかった。アキラに言われたように、階段脇まで何とか移動し、背を向けて、そちらを見ないようにした。
こんな時は、どうにも耳に神経が集中してしまう。二人が、警備員をズズッ、ズズッ、と中から引きずって来ている音が聞こえてくる。
「は〜っ、重いな……一旦ここに置こう」
アキラはそう言うと、機械室の扉を閉めた。
「あ。機械室の鍵、こんなとこにあったんだ」
鍵は、扉の外側の鍵穴に刺さったままだった。アキラは、その鍵を回して施錠すると他の鍵と合わせてポケットに仕舞い込んだ。
ドサッと何かを動かした音がした。
「かけるぞ」
「分かった」
アキラの合図で、二人は雪をかけ始めたようだった。
ザクッ、ザザッ、ザクッ、ザザザッ…
そんな音がしばらく繰り返された後、
「これで、しばらくは持つだろう。あとは、誰かが見つけてくれることを祈るしかねぇな」
アキラの言葉から、作業が終わったことが窺えた。ゆっくり後ろを振り返ってみると、扉の前にこんもりと雪が盛られていた。アキラが目を閉じて手を合わせたので、それに続いて手を合わせた。すぐ様、階段の方に向き直ると、アキラが後ろから近づいてきて、頭をポンとした。不安や怖さで押し殺されそうになっているとき、アキラはいつもこうして落ち着かせてくれる。
「さて、屋上行ってみるか」
「うん。何があるんだろ?」
「さあな。こんな頑丈な扉に施錠までしてあるんだ。何もないってことはないだろうな」
「う〜っ、何か行きたいような行きたくないような……」
「じゃ、ここで待ってるか?」
「行きます! 行かせて頂きます!」
アキラとのやりとりを聞いていたカズヤが、
ぷっ!
と吹き出した。
「ちょっと〜、カズヤ、何笑ってんのよ! 笑うなぁ!」
と口を尖らせ、ほっぺたをプクッと膨らませながら、カズヤの両肩を掴んでユッサユッサ揺すると、カズヤに変なスイッチが入ったらしく、声を出して笑い始めた。それを聞いた残りの二人もつられ笑いをした。
三人が行った後、扉の外で雪を被せられた警備員の胸ポケットから、携帯のバイブレーションが、ブーッ、ブーッ、ブーッ、ブーッ、ブーッ、としばらく鈍い音を立てていた。
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次回、いよいよ脱出?!
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