5.扉の向こう側
三人は忍足で扉まで近づいて行き、耳を当ててみたが、向こうからは何も聞こえてこなかった。
「誰もいないんじゃない? 開けてみる?」
念のため、もう一度小声にして話し始めた。
「そうだな。鍵は……これを捻るだけか?」
アキラがドアについているつまみを試しに捻ると、カチッと音がした。アキラは、そのままそっと扉を押し開けようとしたが、ピクリとも動かない。
「押してダメなら引いてみなでしょ!」
と言いながらアキラの隣に立ち、扉の中央に付いているバーを引っ張ると、ギシギシッと鈍い音を立てて少しだけ動いた。それを見て、アキラも一緒に引っ張ってくれたが、さっきよりも動くようになったものの、まだ開く気配はなかった。見かねたカズヤが、
「僕も引っ張るよ」
と言って加勢した。
「なんか、大きな蕪みたいだね~」
と笑いながら言ったとき、頭の中を何かがよぎった。
(え? 今の何だろ? 何か懐かしいような……)
が、すぐにアキラの笑い声に遮られた。
「くくっ。何だそれ? のん気なこと言ってないで開けるぞ!」
「あ……うん」
「せーの!」
アキラの掛け声に合わせて三人が一度にぐっと引っ張ると、突然扉が開き、ドッと大きな影が押し寄せてきた。その瞬間、アキラが、
「危ない!」
と言って、二人を扉の裏側に引っ張った。さっきまで三人が立っていたところには大量の雪がなだれ込んでいた。
「び……びっくりしたぁ……」
「大丈夫か?」
「……うん。お陰様で」
と言ったものの、心臓のバクバクはしばらく収まりそうになかった。
「アキラが引っ張ってくれなかったら、私たち……」
「どうなってたか……」
とカズヤが続けた。
「お前ら、俺に借りな」
とアキラは笑った。三人に笑みが戻ったとき、再び和也の表情が険しくなった。
「あの……あそこに見えてるあれって……」
カズヤの顔が青ざめていく。先に振り返ってカズヤの指しているものを見たアキラは、
「お前、ちょっと下向いとけ」
と軽く頭を押さえつけてきた。
「え? 私? あ……うん」
嫌な予感がし、アキラの言う通りにした。
「人の手だな」
「え?」
「雪どけるから、お前らはそっちで待っとけ」
アキラは、辺りを見渡し、掃除道具箱のようなもの見つけると、中からスコップを取り出して来た。
「機械室にスコップか。こういうこと、よくあんのかな」
と独り言を言いながら、アキラは雪を退けていった。その様子を見ていたカズヤが、
「スコップまだある?」
と聞いた。アキラは、
「あるけど、大丈夫なのか?」
と問うと、
「分かんないけど……その人、急いで出してやらないと……」
と言い、走ってスコップを取りに行って戻ってきた。
二人がザクザクと雪をよけている音が聞こえてくる。
「わ、私も……」
手伝う!
と言いたかったけれど、声が震えてまともに話せない。
「無理すんな」
アキラは一言いうと、あとは無言で作業を続けた。
ザク、ザクッ、ザクザク、ザザザッ!
はぁ…はぁ…
雪を避ける音に二人の荒くなっていく息の音が混ざっていく。
はぁ〜っ!
大きく吐かれた息から、作業が終わったことが知れた。
「大丈夫? ど……どう?」
二人の方は見ないよう、下を向いたまま聞いてみた。
「あー、俺は大丈夫だ。カズヤは?」
「僕も大丈夫だけど……」
「だけど?」
「……聞くか?」
アキラがこう聞いてきたということは、恐らく良くないことなのだろう。でも、今回は知っておいた方がいいと思い、ごくりと息を飲んだあと、意を決して答えた。
「聞く」
アキラは、こちらを少しの間じっと見た後、
「こいつは、大丈夫じゃなさそうだ」
と目線を下にやった。
「そっか……」
どうしたらいいのか分からず、ただ立ち尽くしていると、アキラがおもむろにしゃがみ込み、目を閉じて、その人に向かって手を合わせた。それを見たカズヤも同じように手を合わせたので、慌てて真似をした。
「さて……どうするか……」
アキラは、目の前でうつ伏せで横たわっている恰幅のいい男を見ながら呟いた。良く見ると、男のズボンのお尻側のポケットが膨らんでいる。アキラは、
「ちょっと失礼……」
と言いながら、それを引っ張り出した。
「何か身元の分かるものだといいんだが……ん? レシートと……ガソリンスタンドの会員カードか」
アキラは、カードを裏返して一瞥した。
「俺たちが探してた警備員で間違いなさそうだ」
そこには、『高橋裕二』と名前が書かれていた。
「こんな形で会うことになるなんて……」
警備員を探しながらも、実際に出くわしたらどうしようと怯えていたのだが、まさか、この結果は予想していなかっただけに、動揺は隠しきれなかった。
皆が押し黙っていたとき、カズヤが沈黙を破った。
「ねぇ……外」
「ん?」
「え?」
カズヤが見ている方に目をやると、今開けた扉の奥では、暗い夜空にたくさんの星が煌めいていた。
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次回、ついに三人が動き出す?!
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