2.出会い
「ひっ!」
突然、背後から声をかけられ、心拍数が一気にマックスに達した.
パッと反射的に首だけひねって後ろを見ると、警備員の制服を着た背の高い男が立っていた。
180cmぐらいはあるだろう。少し釣り上がったパッチリ目に、キリッとした眉、鼻もスッとしていて、なかなかの美形だ。20代半ばぐらいだろうか。黒い短髪は、乾かしたままのようなボサボサッとした感じだが、それはそれで様になっている。
(げ! さっき寝てた警備員? 秒で見つかっちゃったじゃーん! どうする? どうしよ? 何か答えなきゃ……)
「き、急に声かけないでよ! 心臓止まるかと思ったじゃない!」
(あーっ、私のバカ! 何でいきなりケンカ腰?)
「あ、悪い」
(え? 謝った?)
「別に……いいけど。あなたこそ誰?」
(って、答えるわけないか)
「アキラ」
(答えた!)
「もしかしていい人?」
「は?」
(やだ、声に出てた?)
「……まぁ、悪くはないと思うが。お前は?」
「私? 私も……まぁ、いい人だと思う」
「あ……いや、名前」
「え? あぁ! 名前ね! 名前……」
(もう、私ったら恥ずかしーっ! ん? そういえば、私の名前……なんだっけ? え? 嘘でしょ? 思い出せない。待って、待って! 自分の名前だよ?)
「あぁ……まだ起きたばっかか?」
混乱していると、アキラが助け船を出してくれた。
「え? あ、うん」
「ま、そうなるよな。俺も起きてすぐは頭回んなかったからな」
「あなたも、カプセルに入ってたの? いつ起きたの?」
「昨日。俺より先にカプセルから出てたやつも一人いたけど……」
「いたけど?」
「……いや、何でもない」
「いや、言ってよ! 気になるじゃない!」
「……もう、死んでた」
「え?」
突然怖さが込み上げてきた。どうしようもなく不安になり、
「何でそういうこと言うのよ!」
と逆ギレした。
「お前が言えっていったからだろ!」
「そんな……そんなこと言い出すなんて思わなかったから……」
そこまで言うと体の震えが止まらなくなり、押し黙った。アキラは、
「……悪かった」
と言いながら、震えを押さえるかのように、頭にポンと手をのせてくれた。積もっていた不安が、少しずつ溶けていく感じがした。
「あ、私こそ……ごめん」
ようやく少し落ち着きを取り戻したとき、
「ねぇ」
と、突然横から第三者の声がした。二人だけだと思い油断していただけに、再び恐怖が一気に押し寄せてきた。声を出すこともできず、恐る恐る声がした方に視線だけをやった。
面長で眼鏡をかけた少年が、隣りのカプセルの向こう側からひょっこりと顔を出している。黒い髪は、全体的に少し長めで、前髪は黒縁の眼鏡にかかっており、後ろ髪は襟足を越えて裾が跳ねている。ほっそりしており、色白だ。アキラが先に口火を切った。
「お前は?」
「カズヤ」
「カズヤか。俺はアキラ」
「……あの死んじゃってた人、どうしたの?」
「お前も見たのか? カプセルに戻した。本当は埋葬でもしてやりたかったけど、外に出られないからな」
「そっか……。すごいね。僕は怖くて逃げちゃった……」
「ま、それが普通だろ。俺だって、平気だった訳じゃない。けど……」
アキラは何か言いかけたが、そこで止めた。
(何を言おうとしたんだろ? でも聞いて、またさっきみたいな話になったら……怖い)
アキラは、空気を察したのか話題を変えた。
「カズヤは、今までどこにいたんだ?」
「僕は、あっちで警備員の仮眠室を見つけて、食糧とかあったし、体もだるくて動くのしんどかったから、そこでしばらく寝てた。他に誰もいないと思ってたから」
(じゃぁ、さっき仮眠とってたのはカズヤだったんだ)
「そうか。なら、俺と反対行ってたんだな。俺は、あっちで事務室見つけて……」
アキラが見た方に目を向けてみたが、壁しかないように見えた。アキラは二人の反応を見て補足した。
「あそこに、壁の切れ間あるの分かるか? あの奥に自動ドアがあるんだ。そっから出ると、事務室がある。と言っても、ちょっと歩くけどな。そこにも人はいなかった。
これからのこと考えるにしても、一通り状況把握しときたかったから、他に何があんのか探索しようと思って戻ってきたら、蓋が開いてるカプセルが見えて、脇に立ってる奴がいたから声をかけた」
アキラがこちらを見た。
「あ……私?」
「あぁ」
カズヤも、まじまじと人の顔を見てきた。そして、少し間をおいた後、
「あなたは?」
と尋ねてきた。
「そ、それが……」
名前すら思い出せないことに自分自身戸惑っていると、
「あ、そいつまだ、起きたばっかなんだ」
「あぁ……」
アキラが代わりに答え、カズヤは納得したように返事をした。
「カズヤはいつ起きたんだ?」
「僕は多分、一昨日の夜?」
「じゃぁ、俺の少し前か。カプセルの蓋閉めてったのか?」
「うん。念の為」
「だよな。俺もそうしといた」
二人の話から遅れをとっていることへの不安が顔に出ていたのか、アキラは、
「お前も、そのうちいろいろ思い出すから心配すんな」
と言ってくれた。が、一人だけ、この状況も自分の名前すらも分からず、モヤモヤがたまっていくことの方が嫌だったので、勇気を振り絞って聞いてみることにした。
「あ、あのさ……カプセルの中にいる人たちって……その、さっき埋葬できなくて戻したって言ってた人以外は、まだ生きてるんだよね?」
自分で言ってさっきの話を思い出し、再び身の毛がよだった。
「正直分からないな。まだこれから起きてくる奴もいるかもしれないし……」
アキラはそこまで言うと、一旦話を止め、こちらをチラッと見てきた。様子を窺っているようだ。
「このタイマーも止まってて、俺も予定通りの時間に起きたのか、予定より早く起きちまったのか、それすらも分かんねぇし」
「これ、やっぱりタイマーなの? ただ付いてるだけで使ってないって可能性は?」
「まぁ、なくはないな」
「だって、残り307日って……設定おかしいでしょ。約一年だよ?」
「うん。僕もそこ引っ掛かってた」
カズヤも話に入ってきた。
「普通に考えたらおかしいよな……」
アキラが含みを持たせた感じで答えたのが気になったが、先に進めるため話題を変えることにした。
「あ。あと、外に出られないっていうのは?」
「見に行ってみるか?」
「あ、うん」
「僕も行く」
ようやくカズヤがカプセルの向こう側から出てきた。アキラと並ぶと小さく感じるが、実際には170m位だろうか。やはり警備員の格好をしていたが、サイズが合っておらずダボついている。
(この制服の元の持ち主は、結構体格がいいのかしら。アキラの方は……ズボン、長さ足りてない)
それを見たら、少し可笑しくなり、
「ぷっ」
と吹き出してしまった。アキラが、
「何?」
と聞いてきたが、
「何でもない! 行こ行こ!」
と二人の背中を押した。
アキラを先頭にして、三人は事務室がある方へとゆっくり歩き始めた。
(二人とも、私に合わせて歩いてくれてるのね)
自動ドアを出て、廊下を進んだ後は、階段を上らなければならなかった。
(大分歩けるようになったと思ったけど、階段はまだキツイな……)
一段登っては息をついていることに気づいたアキラが、
「ほらよ」
と肩を貸してくれた。
「本当にいい人みたいね」
「あ?」
(やだ! 私また声に出しちゃってた?)
顔を真っ赤にして慌てていると、アキラが、
「ハハ! お前、思ったこと何でも言っちまうんだな」
と笑い出した。
「アハハ……そうみたい」
と苦笑いしたとき、カズヤが
「あ……」
と小さく呟いた。
カズヤが見ている先には小さな窓があり、そこから見える外の世界は薄暗く、轟々と音を立てながら雪が舞っていた。
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