15.写真立て
「北澤さん! こっちにソリの跡があります!」
男は、後から屋上に登ってきた大柄な男に向かって叫んだ。北澤は、のしのしと雪を踏みしめながら近づいてくると、
「は〜、なるほど。ここから滑り降りて行ったってわけか。ん? 二つ分のソリの跡? いなくなってたのは三人だったよな?」
「はい。もしかして、もう一人も、あの警備員みたいに、どっかその辺で雪に埋もれてるんですかね?」
「……かもしれんが、その警備員の処理だけで、昨日一日潰れたんだ。この雪ん中、どこにいるかも分からんやつを探してる暇はねぇ。田中、こいつらを追うぞ」
*******
「これもうさぁ、未来に来たって確定でいいよね?」
アキラは、いつもならすぐに応答するのに、この話題に限っては黙りこむ。それが何故なのか聞いてみたいと思いつつも、聞きたくない答えが返ってきそうな気がして、ずっと聞けずにいる。
「だとしたら、元の時代にも戻れる可能性あるってことだよね?」
カズヤもだんまりだ。歯切れの悪い二人に内心イライラしたが、
(二人だって私と同じようにタイムカプセルに入ってたんだから、分からなくて当たり前か……)
と自分に言い聞かせ、心を落ち着けるよう努めた。
少しでも何か情報を得られるようにと、ずっと掛けっぱなしにしていたラジオから、気になるニュースが流れてきた。
『今夜遅くから、また大雪になるみたいですねぇ』
『そうなんですよ。しかも予報では三日は続くみたいなんで、皆さん、お買い物とかは、今のうちに行っておかれた方いいですよ』
『今日は、夕方くらいまでは大丈夫なんですよね?』
『はい。なので、それ以降、お出掛けの予定がある方は、リスケしたり、お仕事の方はテレワークにしてもらったり、できるだけ外出は控えてもらった方がいいですね』
『はい、皆さん、気をつけましょう。では、次は……』
「リスケ?」
「テレワーク?」
「聞いたことないな」
三人とも耳慣れない言葉に引っかかったが、それよりも、
「どうする?」
「三日かぁ……」
「これ以上降ったら、当分身動き取れなくなりそうだね」
カズヤの言う通りだ。既にかなり雪が積もっている。先ほどコンビニで調達してきたものがあれば、ここで三日過ごすのは可能だが、その後は移動が相当困難になるだろう。
「ねぇ! もういっそのこと、ここ出て、皆んなの家に行ってみない? 順番にさ。すっごい気をつけながら!」
思いのほか大きな声が出てしまい、自分でもびっくりしていると、
「……そうだな。ここにいても、得られる情報は限られてるし、動けるうちに動いとくか」
「やった! カズヤは?」
「うん。行こう」
カズヤも合意すると、アキラが仕切り始めた。
「よし。じゃぁ、善は急げだ。計画ねるぞ」
*******
「うちは東京」
「俺もだ」
「僕は千葉」
三人は、自宅の所在地を申告した。それを踏まえてアキラが、
「……となると、東京、千葉の順になるか。まず長野駅まで出よう。そこから東京行きの特急が確かあったはずだ。長野市内まではバスを使おう。さっきの町へは車で来る奴が多いから、あそこからバスを使う人は少ないと思う。出来るだけ、人目を避けたいからな」
アキラの記憶を頼りに大まかに計画を立てると、三人は荷物をまとめ始めた。
(正直、まだ東京のどこに住んでたかまでは思い出せてない。結構都会だった気はするけど……こんなんで、本当に家を見つけられるかな……)
自分で、『家に行こう!』と提案しておきながら、頭の中は不安でいっぱいだった。
(もし家を見つけられたとして、お父さんとお母さんに会えるのかな? 仮に会えたとして、お父さんとお母さんは、今の私を受け入れてくれるかな……)
考えれば考えるほど、悪い結果を想像しそうになる。
(……やめよ。とにかく、今どうなってるのか確かめること! 考えるのはその後!)
気持ちを奮い立たせながら、荷詰めを続けた。
「俺、ちょっと上確認してくるわ」
と言い、アキラは二階へ上がって行った。廊下の突き当たりまで進むと、一番奥の部屋に入った。両親が使っていたこの部屋には、アキラの部屋と同じ家具が置かれており、チェストの上には、ぎっしりと写真立てが並べられていた。
「これ、並べ過ぎだろ」
クスッと笑いながら、両親の新婚旅行の時の写真を手に取り、呟いた。
「親父、若いな〜」
以前は、この写真を見るのが好きではなかった。というより、気恥ずかしかった。海外旅行で羽を伸ばしていたということもあるだろうが、自分の父綾と母親のラブラブな様子が納められていて、思春期真っ只中の青年にとっては、目も当てられなかったのだ。しかし、今改めて見ると、
「幸せそうだな」
心からそう思えた。アキラが写真立てを戻そうとしたとき、昨日は気づかなかった小さな写真立てが他の写真立てに埋もれるようにして伏せて置かれているのに気づいた。手に取って裏返して見ると、赤ん坊の頃のアキラが母親に抱っこされ、上機嫌で笑っている写真が入っていた。
「ハハ! よだれすげ〜。懐かしいな、これ」
子供の頃、ここへ来るとアキラが決まって、
「あの写真見る〜!」
と父親にねだっていた写真だった。この写真を見ると、母親の愛情を感じられる気がしていたのだ。一人で来るようになっても、この写真だけは、必ず手に取って見ていた。
(この写真のこと忘れるなんて……大分記憶は戻ったつもりでいたが、まだ他にも大事なこと忘れてるのかもしれないな)
写真立てを、他の写真立てとの間の狭い空間に立てようと、片手で上から挟むように持ったとき、
(ん? なんか分厚いような……)
アキラはもう一度写真立てを両手で持ち直し、裏返した。フレームを外してみると、写真の裏に小さく畳んだ紙が挟んであった。
(親父か母さんのラブレターとかだったら気まずいな)
と思いながらも紙を開いていくと、中には薄くて小さな黒いチップのようなものが入っていた。
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次回、謎のメッセージが?!
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