10.別荘
三人は、アキラを先頭に、さっきアキラが行ったのとは反対側に回り込んで行った。そこには、勝手口らしい質素な扉があった。アキラは、手に持っていた鍵を差し込んだ。
「その鍵……え? ここ、アキラん家?」
「まぁ、そうなるかな。元は婆さんの別荘だったんだけど……」
「婆さんの別荘……」
「婆さんの別荘……」
「お前ら、繰り返さなくていいから」
アキラが苦笑した。
「え、別荘がこんなに大きいの? 私ん家なんて……」
(そうだ。私の家は……)
「マンションだった。お父さんとお母さんと私と三人で暮らしてた……」
(家族三人で、食卓で団欒していた記憶が蘇ってきた)
しばらく余韻に浸っていたら、いつの間にか笑顔になっている自分に気がついた。ハッとして顔を上げると、アキラとカズヤが優しい眼差しで見守ってくれていた。照れくさくなって、
「ちょっと、思い出しちゃった」
と笑って見せたら、
「良かったな」
とアキラが頭をポンとしてくれた。
「僕は団地だった」
「そっか」
アキラが軽く返事をすると、カズヤが、
「僕には、頭ポンしてくれないの?」
とアキラを揶揄うように言った。アキラはびっくりした顔をして、
「お前……言うようになったな〜!」
と笑いながら、片手でカズヤの首を抱え込み、反対の手をグーにして頭をぐりぐりとした。
「痛い、痛いって!」
と叫びながらもカズヤは嬉しそうに笑っていた。そんな様子をしばらく見ていたとき、
ぐぅ〜〜〜っ
とお腹の音が鳴り響いた。二人の視線が一気にこちらに向いた。これはもう言い逃れはできないと観念し、
「……犯人は私です」
と白状すると、また二人は大笑いした。
「もう、いいから! 中入るんなら早く入ろうよ!」
と急かすと、
「あぁ、悪い、悪い」
と、口角をまだひくひくさせながら、アキラが解錠した。先に入ったアキラが、
「お前らも入れよ」
と招いてくれた。
「スキーの時期しか使ってなかった割には、すごくキレイじゃない? よく、放っておいて蜘蛛の巣だらけになってる館とか、ドラマに出てくるじゃない?」
「あー、ここ、清掃とか、庭の管理とかは業者に依頼してるから……」
「業者に依頼……」
「業者に依頼……」
「だから、繰り返さなくていいって」
アキラはまたもや苦笑した。
「わぁ……こういうの、サスペンスのドラマとかでしか見たことないわ……」
「なんだよ、サスペンスって」
アキラがククッと笑いながら聞いてきた。そこには、アンティークの家具が並び、天井にはシャンデリア、部屋の奥には暖炉があり、床にはフカフカの絨毯が敷かれていた。
「よくあるじゃない? 別荘で殺人事件が起きて、ちょうどこういう居間? に皆んな集まってさ、探偵だか刑事だかが、ここで推理を始めるっていう……」
「お前、想像力豊かだな」
アキラが変に感心していると、カズヤが加勢してくれた。
「僕もサスペンスに出てくるやつだと思った」
「ほら〜!」
「え? そうか?」
と三人は、しばらく他愛もない会話を楽しんだ。
「あ〜、笑いすぎて俺も腹減ってきたわ。何か食うか」
「食う! 食う!」
「お前、女の子が食うって……」
「えー、アキラ、何かお父さんみたーい」
と反撃すると、それはなかなかのクリーンヒットだったらしく、アキラが黙った。カズヤが、話題を変えた。
「ここ、元々は婆さんの別荘だったって言ってたけど、今はアキラさんの?」
それを聞いて、アキラが目を丸くして止まった。
(ほら〜。アキラもびっくりしてる!)
カズヤがちょっと照れ臭そうにした後、こちらを向いて、
「何だよ!」
と言ってきた。
「私、何も言ってないけど?」
と反論すると、アキラが、
「カズヤが初めて名前で呼んでくれた! 父さんは嬉しいぞ〜!」
とカズヤを抱きしめた。カズヤは、
「やめろ!」
ともがいていたが、どことなく嬉しそうだ。
(父さんも〜だって。何気に、さっきの気にしてたのかな)
と思ったら、余計に可笑しくなった。皆の笑いが一段落ついたとき、アキラが語り始めた。
「婆さんが死んじまった後、一人娘だった母さんがここを受け継いだんだけど、母さん昔から体弱くてさ。俺には何も残してあげられないかもしれないからって、俺の名義にしてくれてたらしくて。でも、まだ子どもだったから、親父が管理してくれてたけどな。けど、スキーやるようになってからは、結構好きに使わせてもらってたな」
そう言って、昔を懐かしむような遠い目をした。
(アキラ、お母さんいないんだ……)
お父さんとお母さんと三人で暮らしていたことを、楽しそうに話してしまったんじゃないかと申し訳ない気持ちになってきていたとき、
「あ、俺、物心ついたときには母さんいなかったから、母さんいない生活が普通だったっていうか……親父と仲良かったし……気にしたことないから」
と、逆にこちらを気遣うように言ってくれた。そのときカズヤが、
「うちも父子家庭」
と言った。
「でも、生まれてすぐ母さん亡くなっちゃったらしいから、一回も会ったことないし。だから、僕も母さんいないのが普通だった。僕も父さんと仲良かったし……」
ここまで聞いたところで、涙が溢れ出てきた。
「……ごめ……ごめん……うっ、う……」
「なんだよ、泣くとこじゃねーよ」
アキラが慌てて慰めてくれたが、
「う……うん……わがっでる……けど……ひくっ……」
「おいおい、笑い上戸と泣き上戸か?」
アキラが笑いながら、二人の頭を同時にワシャワシャした。そしたら余計に涙が止まらなくなってしまった。カズヤが、
「こんな鼻垂れと一緒にしないでよ!」
とアキラに楯突いた。気づけば、涙だけでなく、鼻水も溢れ出ていた。リュックからティッシュを取り出し、鼻をかみながら、
「悪がっだわね!」
と言うと、アキラもカズヤも一緒にカカカッと笑った。
(……目覚めて最初に会ったのが、この二人で本当に良かった……)
と思いながら、涙を拭った。
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