やってもできない……俺
洗剤を一滴だけ垂らしたはずなのに、何故か泡が床にまで広がっている。
何故だ?
でも、まだ視界は悪くないから大丈夫だ。
お皿を擦ろうとした瞬間だった。
お皿がツルッと滑った……。
「あ、危ない」
ガチャン……。
さっき食べたカレーの大きなお皿が泡まみれの床に落ちて割れる音がした。
どうしよう。
どうしよう。
とりあえず、水で流さなくちゃ!
蛇口。
蛇口。
泡の中、手探りで蛇口を探して水を出した瞬間だった。
ガシャン……。
ブシューー。
「ちょっと待て。何でだよ。何ではずれた?」
何故か蛇口が壊れて、水が噴き出してくる。
ヤバい。
ヤバい。
どうする。
どうする。
何とかしなきゃ。
ホウが起きてくる。
そうだ。
一か八かだ。
「ま、マトメー」
バシャン……。
は?
え?
何だ……。
ドンッ……。
えっ?
何の音だ?
「アーキーさん。これは?」
「あっ、あれ?リズリさん。何で?」
「な、何だよ。これ」
「ホ、ホウ。違うんだ。これは、違うくて」
「何が違うんだよ。水道代だって高いんだよ!早く止めろよ」
「わかった。わかった。今すぐ止めるから」
「駄目です!!!」
リズリさんの大きな叫び声に俺は止まった。
「私が閉めますから」
「あっ、でもガラスが割れて。泡とかあって危ないですから……俺が」
「大丈夫です。私は、プロですから」
リズリさんは、ニコっと優しく微笑んでから、単純な呪文じゃなくて何か暗号みたいな言葉を話した。
ポトッ……。
俺の頭上に降っていた水しぶきが止まり。
綺麗にお皿は洗われて、泡も水も割れた食器も全部片付いてしまった。
「す、すごいです。まるで、魔法みたいです」
「スキルですよ」
ホウは、目を輝かせながらリズリさんを見つめているけれど……。
俺の方を全く見てくれなかった。
「壁……どうしたらいいですか?」
「大丈夫です。こっちで修復しておきますから。ホウさんは、もう休んで下さい」
「わかりました。ありがとうございます」
リズリさんに頭を下げて、ホウは寝室に向かう。
一瞬、俺を見た眼差しは嫌悪と呆れが混じっていた。
「バスタオル、とってきますから待ってて下さいね」
リズリさんは、壊れた壁から自分の部屋に行くとバスタオルを持ってきてくれる。
「ホウの目が今までと違いました。俺に呆れたんだと思います」
「仕方ないですよ。アーキーさんにマトメーを使うのは、まだ大変な事ですから」
「でも俺は、役に立ちたかったんです。ホウが頑張ってくれてるから。家の事は、俺がやろうって」
「そうだったんですね。それなら、頑張らないといけないですね」
リズリさんは、バスタオルで俺の髪の毛を優しく拭いてくれる。
母さんに小さい頃に、よく励まされた事を思い出す。
「これから、マトメーの練習は、外でやる方がいいかも知れませんね」
「確かにそうですね。すみません」
「いえいえ。私が協力しますから、頑張りましょう」
「はい」
リズリさんに応援されて俺はもう一度頑張ってみる事を決めた。
マトメーを習得して、ホウに迷惑をかけない。
それが、俺の目標だ!




