一本目! エスパーかあちゃん
うちの母ちゃん、エスパーやねん!
父ちゃんが、オレが幼稚園の年中さんのとき
「新しい母ちゃんやで」
って連れてきてん。
俺は池田燦射音いうキラキラネームやねんけど、
「え、ハーフと違うん」
「芸名やなかったの?芸能人やろ?」
「こない名前負けしとらん美少年初めて見たわ」
てよう言われる。
曾じいちゃんがヨーロッパの生まれで、オレにそっくりな金髪碧眼で、それもめちゃくちゃ美男子やったらしい。
せやからオレが産まれた時、親戚のばあちゃん達は「ひいじいちゃんの生まれ変わりや!」「後光が差しとる!」て大フィーバーやったらしいで。
そんで勢いで燦射音いうキラキラネームになったらしい。
どうせキラキラネームにするなら露怒理源洲とか男らしゅうて強そうな名前にせいっちゅうねん。
でも、新しい母ちゃんは、
「サンシャインって太陽の光って意味やね、良い名前だね」
って褒めてくれた。
めっちゃ嬉しかったけど、オレは素直になれんくて、どうしたらええか分からんくて、ワガママ言って母ちゃん困らせてばっかやった。
そんなある日、母ちゃんは言った。
「私、エスパーやねん」
って。
オレの大好物のカレーを作ってくれた母ちゃんは、スプーンをオレの目の前に持ってきた。
そんで、親指に力を入れると、
ーーーースプーンがお辞儀するみたいに曲がった!
「すごい!どうやったん?」
「母ちゃんエスパーなんや。みんなには内緒やで」
母ちゃんは他にも父ちゃんがいないところで色んな事をやって見せてくれた。
父ちゃんよりゴツい手でリンゴ砕いたり、丸太みたいな太い腕一本でオレを持ち上げてみせたり、「この木邪魔やな」いうてゴリラみたいに筋肉を盛り上げて引っこ抜いてみせたり。
すごいすごい!ってオレが喜ぶと、ウホホッて照れ臭そうに笑っとった。
どうやったら母ちゃんみたいなエスパーになれんのやろ。
母ちゃんはオレのヒーローやったんや。
でも、オレが小学生になったら、そんな母ちゃんを馬鹿にするやつも出てきた。
小学校に着いて上履きはいとったら、取り巻きと一緒に同じクラスの横山電位美人が現れた。
オレと同じキラキラネームやのに、名前負けしとるのが気にくわんらしい。
たしかにうちの母ちゃんがゴリラなら電位美人の顔は馬やけどな。
「お前の母ちゃん、ホンマの母ちゃんと違うんやってな」
電位美人はヒヒンと鼻で笑いおった。
「なんや、オレの母ちゃん凄いねん。エスパーやねん」
しもた。言ってもうた。母ちゃんに内緒や言われてきたのに。
「そんな訳ないやろ!」
取り巻きの猿と鶏似のヤツらも笑った。オレはムキになって言い返した。
「オレの母ちゃん、ホンマにすごいねん!スプーン片手で曲げられんねん!」
「そらゴリラみたいやもんな!お前みたいなモヤシとは全然似とらへんわ!」
電位美人と猿と鶏はオレの金髪をくしゃくしゃにしてから行ってしもた。
オレは悔しゅうて仕方なかった。
なんや!母ちゃんはホンマ凄いんや!
ご飯は美味しいし、今まで全然怒られたことあらへんし、勉強も教えてくれるし、めちゃくちゃ上品やし、大和撫子やねんぞ!見た目ゴリラやけど!
でも、母ちゃんみたいなエスパーになれたら、電位美人に馬鹿にされんようになるんやろか。
オレも、母ちゃんも。
うちに帰ったら、オレは母ちゃんに聞いてみた。
「なあ、どうやったら母ちゃんみたいなエスパーになれるん?」
おやつに母ちゃんの手作りのアイシングクッキーをかじった。俺の好きな戦隊物のリーダーがアイシングで描いてある。アイシングはパリパリで生地はサクサクでめっちゃうまい。
「アンタがええ子にしとったらなれるで」
母ちゃんはいつも通りウホホッと笑った。
オレンジを一瞬で握りつぶしてコップに注いで、氷の塊の脳天から拳を当てて粉々に砕く。はいどうぞ、って冷たいオレンジジュースを渡してくれた。
すごいなぁ。
「やっぱり、オレがホンマの子じゃないからエスパーになれへんのやろか」
ぐしゃり。
変な音がしたから母ちゃんの手元を見ると、アルミトレーの取っ手が握りつぶされとった。
母ちゃんの肩がぶるぶる震えて、ふしゅー、ふしゅー、と鼻息が荒くなっとる。
「あ、あのな!母ちゃん、今度、学校で給食参観あるねん、プリントもろたから見といてや!」
遊んでくるわ!って、オレはランドセルからプリントを出して机に叩きつけて外に走った。
あかん。母ちゃん顔真っ赤にしとった。怒らせてしもた。
オレが何しても何言うても怒らんかった母ちゃんが。
どないしよう、どないしよう。
オレもぐしゃっと潰されてしまうんやろか。それともスプーンみたいにポキッと折られてしまうんやろか。
でもでも、やっぱり謝らないかんな・・・。
友達とも遊ばずにビクビクしながら帰ったら、母ちゃんは
「おかえり、今日はカレーやで」
ってニコニコしながら鍋を混ぜとった。
よかった、母ちゃん、怒ってへんかった。
目が赤くなっとるのは玉ねぎ目に沁みたんかな。
「母ちゃん、玉ねぎはな、冷やしてから切ると目に沁みへんらしいで!」
「そうか、燦射音はよう知ってるなあ」
「母ちゃん、スプーン!いつものやって!」
「ハイハイ。ええで」
今日はスプーンの先っちょを持って、くるくる捻って見せてきた!
「母ちゃん、やっぱすごいわ!オレも母ちゃんみたいになりたいわ!」
オレは決めた。エスパーになるために秘密の特訓をすることを。
もう二度と、電位美人に馬鹿にさせへんで!
給食参観の日、オレの母ちゃんが教室に入ってくると、電位美人はめちゃくちゃ嬉しそうにしてた。
「ゴリラが入ってきたで」
取り巻きと一緒にニヤニヤしとる。
でも今日の給食はカレーや。スプーンがついとる。
今に見とけ!
「母ちゃん!」
オレは立ち上がった。
「見といて!」
スプーンを両手で握りしめて、ふーっと息をはいた。そんで親指に力を入れていく。
母ちゃんと違ごうてほっそいオレの指は真っ赤になって、スプーンよりそっくり返ってった。
「やめてんか!アンタの手ぇが折れてまうわ!」
母ちゃんはオレの手を取ろうとしたけど振り払った。
「あかん!母ちゃん触ったらエスパー使ってまうやんか!」
「燦射音、ごめんな、母ちゃん、エスパーちゃうねん。普通に力入れてスプーン曲げとってん。
あんたの気ぃ引きたくて嘘ついとったんや。堪忍してや!」
オレはギューっと目をつむって手に力入れるのに必死やった。
母ちゃんがエスパーちゃうのはなんとなくわかっとった。だってオレもう一年生やねんで。
だから、親指だけで腕立て伏せしたり(一回もできへんかった)、けんすいしたり(そもそも掴まっとれんかった)して秘密の特訓してきたんや。
力入れすぎて顔があっちっちになっとる。指が痺れてきた。
「モヤシが頑張っとるで!」
「男子もうやめえや!」
「赤面&涙目の美少年マジやばい」
「燦射音がんばれ!」
なんか外野がうるさい。でももうあかん。手に力入らへん。
でも目を開けると、母ちゃん程じゃないけど、スプーンはしっかりお辞儀しとった。
「見て!母ちゃん、オレもエスパーやねん!オレは母ちゃんの子どもや!」
母ちゃんは蛇口をひねったみたいにダバーッと涙を流しよった。
「燦射音、ホンマやな。アンタはうちの子ぉや・・・」
思いっきりオレを抱きしめて、ウホッ、ウホッてしゃくりあげとる。
「当たり前や!泣くな母ちゃん。オレ母ちゃんよりスゴイエスパーになって、母ちゃん守ったるねん」
母ちゃんは雄叫びをあげた。オレも鼻の奥がツンとした。
それからオレは身体を鍛えまくって、高校生になる頃には母ちゃんみたいなムキムキボディを手に入れた。
今でもオレの名前聞いたヤツらは
「え、ハーフと違うん」
「リングネームやなかったの?プロレスラーやろ?」
「どっちかいうたらロドリゲスやろ」
なんて言ってくる。
そんなこともうどうでもええけどな。
「見て母ちゃん!スプーン!」
台所に立つ母ちゃんにスプーンを見せつけたった。母ちゃんはカボチャに親指をめり込ませてミカンみたいに裂いとる。
「なんや、全然変わってへんやん」
「ちゃうねん!1回転させて元に戻してん!」
「アンタもまだまだやな」
母ちゃんはスプーンを引きちぎりおった。
「母ちゃんスゲー!」
「なんやお前ら。スプーン勿体無いやないか」
「あ、堪忍父ちゃん」
「ごめんなさいアナタ」
「仲ええのはええけどな。気ぃ付けえよ」
父ちゃんはスプーンに触りもせんと、フヨフヨと宙に浮かせてもとの通りにくっつけよった。
エスパー母ちゃん・おわり