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 チクリとした痛みの合間に、一瞬だけ過去の光景が浮かんだ。

 幼いクリストフェルが、花の冠を持って立っている。泣いた後なのか目は腫れており、乱暴に涙をぬぐった跡が頬に赤く残っていた。真剣な表情で何かを言っているが、声は聞こえてこない。なんと言ったのか思い出そうと記憶を探るが、強い頭の痛みで全てが霧散していく。


「と、言うわけで、もう王はお帰りいただいて結構ですよ」


 いつもの軽い口調で、パーシヴァルがしっしと野良犬を追い払うかのごとく手をひらひらさせている。


「でも……」

「でももだってもありません! ハウス!」


 犬の躾ではないのだからと呆れる反面、ハウスと言われて帰る先はリーデルシュタインで最も豪華なお城なのだと言う事実に妙なチグハグさを感じ、ふっと吹き出す。すぐに咳払い一つで誤魔化そうとするが、目の前にいたクリストフェルには聞こえていたようだ。気まずさに、そっと目をそらす。

 そうしているうちに頭痛は去り、同時に浮かんでいた光景も消えてしまった。


「パーシヴァル、あなたね……クリストフェル様を何だと思っているの」


 笑ったことを棚上げして、パーシヴァルに苦言を呈する。しかし当のパーシヴァルは全く悪びれた様子もなく、不遜な表情で胸を張った。


「もちろん、王は王だと思っていますよ。ただ、この先シャルロッテ様と今後のことを話し合うのに王はじゃ……同席いただく必要はないかと思いまして」


 邪魔と言いかけて止めたようだが、ほとんど言ってしまっている。クリストフェルがションボリと肩を落とすが、何とか王族の威厳を取り戻そうと背筋を伸ばした。


「パーシーの言う通り、多分僕がここにいてもやることはないだろうから、今日は帰るよ」

「今日中に確認しないといけない書類がデスクに山積みになってますので、よろしくお願いしますね」


 無慈悲なパーシヴァルの念押しに、クリストフェルが胸の辺りを押さえて青ざめる。あまり要領が良くないのに生真面目な彼のことだ、書類を上から下まで丁寧に読み込んでから判を押しているのだろう。王の元へ上がるような書類は、臣下たちが議論に議論を重ねて作り上げたものだ。読まずに判を押したとしても問題はなく、むしろそうすべきだと誰かしらが進言していると思うのだが。


 クリストフェルが力のない微笑みを浮かべ、重たい足取りで茶室を後にする。足音が小さくなったのを確認してから、シャルロッテは振り返った。


「それで、私の後任は誰になるの?」

「誰になると思いますか?」


 質問に質問で返され、シャルロッテは眉根を寄せると、幾人かの候補を脳裏に描いた。後任になりうる優秀な人材は、複数人浮かんでいる。


「そもそも、何人になる予定なの?」

「一人ですよ」


 パーシヴァルが人差し指を立て、秘密の話をするかのように口元にあてる。こちらを試している眼差しは艶めかしく、どこか女性的な色香があった。

 コツコツと革靴の音を響かせながら、ゆっくりとした足取りでパーシヴァルがシャルロッテの隣に立つ。シャルロッテは横目で彼の行動を確認しながら、一人と限定された人物を思い浮かべすぐに否定した。

 まさか、そんなことがあるはずがない。彼が彼の持ち場を離れるなど、あってはならないはずなのだ。


「ヒントを差し上げます。この国で、シャルロッテ様の次に優秀な人物ですよ」


 耳に熱い吐息がかかる。甘い囁き声に反して、その顔は悪戯が成功したときの子供のような無邪気さがあった。


「半年間、よろしくお願いしますね、シャルロッテ様」

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