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第七話 そしてお友達へ

「───はえ……? メルクラントの、ヴェルゼン大公家から……縁談ン!?」

「はい、かくかくしかじかで……」


 娘・リディシアの口から飛び出した爆弾発言に、当代ロペス伯爵ことマルセルは思わず間の抜けた声を上げてしまった。


 メルトリア貴族の中でもヴェルゼン大公家の名声は高く、当然ロペス伯爵たるマルセルもよく知るところである。


 そこの嫡男からじきじきにプロポーズされたとあらば、リディシアの父親としてはもちろん願ってもない申し出だ。


 なにしろ大公夫人ともなれば、メルトリアのみならずメルクラント王家の方々にさえお目通りが許される地位である。


 もちろん自由にできる財産もいまとは比べ物にならない。周囲からも一目置かれ、多くの使用人に囲まれて、いまよりずっと大切にされるはずだ。


 だが……。


「お相手の人となりが分からんことには、何ともなぁ……」


 愛するリディシアのためと信じて受けた縁談で、散々に苦しい思いをさせてしまったばかりである。ここで相手の家柄の高さに目が眩んで、同じ(わだち)を踏むわけにはいかない。


 マルセルは慎重に口を開いた。


「何より大事なのは相手の方の人となりと、他ならぬリディシア、おまえ自身のことを一個の人間として愛してくれているかどうか、だ。もしおまえを心から愛してくれている人なら、父さんはこの縁談をお受けしてもいいと思っている。だが、リディシア以外の何かが目的で近づいて来ているようだったら……絶対に承諾することはできない。それはきっと、外から見ていてもわからないことだろう。私の言いたいことがわかるかい、リディ」

「つまり……最後の意思決定を、私にせよと仰せなのですか」


 マルセルは満足げに目を細めた。聡い娘である。


「ああ。父さんは“ヴェルゼン公子と娘リディシアとの婚姻に異議を唱えない”ことにする。だが、結婚を承諾するかどうかは、リディ、お前が自分の目で見て決めなさい。お前が愛するに値する人だと思えば受け入れればいい。そして、もしダメそうなら、その時は謹んでお断りするんだ」

「わかり……ました。やれるだけやってみます」



「───と、いう感じです」


 リディシアが話し終わってノクティスの方に目をやると、華の貴公子ははしゃいだ子供のような表情をしていた。


「───そうでしたか。お父上は意義なし、と……では、やはり僕の求婚をお受けいただけるのですね!」

「ちょっと待った。父が合意したのは、最後の意思決定は私がする、ということだけです」


 今にも舞い上がりそうな上機嫌のノクティスだったが、リディシアがキッパリと首を振って否定すると、一瞬疑問の表情を浮かべたあと、一転して大人しくなってしまった。


「おや。……これは失礼、てっきりお父上が厳しいお方で、無許可で結婚の話を進めたりしたら大変なことになるのかと思っていたのですが。それでなかなかお返事を頂けないものとばかり……」


 リディシアがここまで結婚の承諾を渋っている理由は殆どがノクティスの色々すっ飛ばした大胆な行動にあるのだが、当のノクティスはいささか見当違いな思い込みをしていたらしい。それに本人も気がついたらしく、今度はしおらしげに頭を下げてくる。


 まったく、ころころとよく表情の変わる人だ。国の式典やら何やらで公の場に顔を出すノクティスはいつも柔和で貴族然とした“貴公子の顔”を崩したことがない。


 こんなにたくさんの表情を持っている人だったのかと、リディシアは内心少しだけ感心した。


 だが、それで結婚できるかと言われれば、答えは依然変わらないままで。


「むしろその逆です。父は私の意思を尊重してくれると言いました。そして、私にはあなた様の求婚をお受けする意思がありません。よって、今回のお話はなかったことに」

「い、いいや。まだだ。まだですよ」

「はい? どういうことです?」


 怪訝な顔してリディシアが聞き返すと、プラチナブロンドの貴公子は膝の上に置いた両拳をきつく握りしめ、緊張した面持ちで言った。


「僕とあなたとは、直接お会いしてまだ日が浅い。つまり僕らにはお互いのことをもっと深く知る余地がいくらでもあるんです。ロペス嬢、あなたにはどうかもっと僕のことを知ってほしい。僕がどういう人間かもっと深く知って、知り尽くして……結論を出すのは、それからでも遅くないのじゃありませんか?」


 なるほど、ノクティスの言い分も(もっと)もである。リディシアはノクティスの人となりを全く知らないばかりか、本当に人間か怪しんでいる節さえある。


 その辺りがはっきりしないからこそ、段階をすっ飛ばして求婚してきたノクティスに抵抗があるのだ。


 だが、その辺りを弁える感性も併せ持っているのなら、なおのことあの夜会でいきなり求婚してきた理由が分からない。この人はとにかく謎が多すぎる。


「……てっきり、あなた様はそういう事をあまりお気になさらず、自分の道をひた走るタイプのお方かと思っておりました」

「はは。面目ない……実を言いますと、あの時は僕も少々冷静さを欠いていたようでして。でも、貴女(あなた)を妻にしたい気持ちは紛れもない本物ですよ、リディシア。……そうお呼びしても?」

「……ご自由に。しかしですね……隣国から遠路はるばるお越しの方とそう頻繁に顔を合わせる機会には恵まれないかと存じます。それに、これは失礼を承知で申し上げますが、今は男女の交際に時間を割くよりも、その分を勉学に充てたいのです。ウェリス様との関係維持から解放された、今だからこそ」


(近いうちに魔法師資格の二次試験も控えていますし……)


「そういうことでしたら、ご心配なさらず。国境ごとき、僕のヴェルゼン大公家にかかればどうってことはありません。勉学のお邪魔も致しませんし」


 任せてください、とノクティスは自信満々に胸を張る。


 一方で、いよいよ何を言っても諦めてくれそうにないノクティスを持て余し、眉間をもぎもぎと指先で揉むリディシア。


 愛しのレディが渋い顔をしているのに気付いたらしいノクティスは、困ったように微笑する。


「ああ、申し訳ない。困らせてしまうつもりはなかったのですよ。ただ……お友達から始めてみませんか、と。そのためならどんな困難も乗り越えて見せます、と。そう言いたかっただけなのです」


 そう言ってじっとリディシアの目を見つめてくるノクティスの眼差しは本気だった。その眼差しを注がれるほどに、リディシアは自分の中で今までにない感情が湧いてくるのを感じていた。


 自信に満ち溢れた輝く意志の炎を前にして沸き起こる、嫉妬じみた感情。


 それは「これほど大言壮語するこの人、実際はどこまでやれるのかしら」という……少しだけ意地悪な好奇心だった。


 同時にいくつもの顔を持ち、別の人格さえ持ち合わせているのじゃないかというこの人のある種奇妙な言動がどこからくるのか、気になり始めてしまっていたのだ。


「はぁ……あなた様の熱意はよく分かりました。多忙ゆえあまり頻繁にお相手はできかねますが……まずは、お友達になりましょう」

「やったぁ! ……ゴホンッ。ありがとうございます、リディシア。僕のことは気軽にノクティスとお呼び下さいね」


 かくして、リディシアはこの日始めて首を縦に振った。ノクティスが欣喜雀躍したのは言うまでもない。


 間も無くして、次の講義の開始時間を予告する予鈴が鳴る。


 次はリディシアが一番好きな【呪文学B】のまとめ講義だ。


 本人は気付いていないが、明らかに目の色が変わったリディシアの様子を見て、ノクティスはそれとなく席を立つ。


「お時間のようですね。次は講義ですか?」

「ええ。外せないのが、ひとつ。では、これで失礼いたします。ごきげんよう、……ヴェルゼン様」

「……ええ。道中お気をつけて、また逢いましょう、リディシア」


 いそいそとその場を後にするリディシアの背中が見えなくなるまで、ノクティスは手を振り続けていた。

ノクティスのステータスが『変な人』から『お友達(?)』に上昇しました…! おめでとう! ノクティス!


ここまでお読みいただきありがとうございます!

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