さよならアルデバラン ③
「……息吹の使用は1日に1回が限度というところか、今後はどうなるかわからんが」
「単純にモモさんの魔力が追い付いていない気がしますからね、成長によっては何発も撃てそうです」
「嬉しくないです!」
「後悔するくらいなら竜玉飲み込むんじゃない」
翌日の教会にて。 再びモモ君の息吹を検証したところ、問題なく黒炎を吐き出したことを確認した。
どうやら一日かけて一発分の魔力が充填される仕組みらしい、初日に何の変化も見受けられなかったのはこのせいだろう。
「呪詛の強度も昨日と変わらず。 炎としての性質さえ抑え込めば安全性は問題ないですね」
「そんなことできるんですか?」
「息吹は魔力の塊、君次第でいくらでも変わる。 今はクラクストンの性質に引っ張られているだけだ」
「じゃあご飯がいっぱい出てくるようにしたいです」
「目指すのは勝手だがはたから見ると吐しゃ物にしか見えないからな?」
「うーん、悩ましい……!」
こちとら竜玉を取り込んだ影響について悩みが尽きないというのに、当人はずいぶんのんきなものだ。
それでも変にふさぎ込むよりはずっとましか、実現した暁には僕の目の届かぬところで一人でやってほしい。
「それよりアクシオには面会できないのか? 聖女の頼みなら通ると思ったが……」
「申し訳ありません、あちらもかなり立て込んでいるようです」
「入り込む隙はなかったか、仕方がない」
アルデバランが大変な今、復興作業に追われて多忙なのだろう。
できれば彼にも一度モモ君のことを伝えておきたかったが、後ほど暇を見て言霊を飛ばすことにしよう。
「では日の高いうちに出立しましょうか。 今回私事ゆえ飛行艇も使えませんからね」
「なにを言っている、ちゃんと君のお目付け役から使用の許可はもらってきたぞ」
「………………今、なんと?」
ワクワクという擬音が透けて見えるほどに高揚していた聖女の動きがビタリと止まり、オイルが切れたような動きでゆっくりとこちらへ振り返る。
「大事な聖女様を預かるんだ、君のお目付け役に話を通してしっかりと許可をもらってきたよ。 ああ、ついでに手紙も預かっている、モモ君」
「はい、読ませていただきます! “姫様、まさかこのクソ忙しい時期に自分だけ逃げるわけではありませんね? 聖女の仕事はけが人の治療だけではありませんよ、第一あなたは高貴な立場という自覚が全く足りておらず先代様も……”」
「あーあーあー聞こえません聞こえません聞いてないので無効ですわたくしなにも知らないもん」
「幼児退行しても無駄だ、聞こえなかろうが全部文書として残っているからな」
さすがお目付け役、大人げない聖女の反応もすべて予測済みというわけだ。
手紙の内容としては「リゲルに行くなら向こうの魔法教会に挨拶してこい」という指示がその20倍はある小言と一緒に綴られている。
飛行艇の使用も職務として街を出るからこそ許可が下りたのだ、あのハーフリングには感謝しかない。 おかげで珍しい聖女の顔も拝めた。
「君も準備はできているんだろ? 操縦主たちを待たせるわけにはいかない、さっさと行こうじゃないかリゲル」
「いーやーでーすー……」
「わあロッシュさんがタコみたいに床に張り付いてる」
――――――――…………
――――……
――…
「どうして立場が上になるほど現場から離れていくのでしょうか……」
「金持ち相手のご機嫌取りがそこまで嫌か」
「会食や歓待に使うお金をすべて医療費に回してほしいくらいには」
「そりゃ筋金入りだ」
飛行艇が発進してもなお、聖女様は甲板で座り込んでいじけていた。
愚痴から察するに、アスクレスの教義から外れた仕事に意義を感じられないのだろう。
見方を変えれば誠実ともいえるが、上に立つ人間としてはふさわしくない価値観だ。
「元気ないですね、ロッシュさん」
「放っておけ、あれでも今までアスクレスのトップに立っていた人間だ。 どうしようもなくなれば重い腰も上げるだろ」
「ふふふ、甘いですねライカさん。 いつも私の腰を持ち上げるのはアステラの仕事でした、その彼女があなたたちにわたくしを任せた……その意味がお分かりですか?」
「自覚しているなら直せ駄聖女」
「それができれば苦労いたしません」
お目付け役の気苦労が伝わってくる、現代の聖女とは一癖二癖ないと務まらない仕事なのか。
……いや、思えば昔の聖女もそこまで変わりはないか?
「ところでロッシュさん、リゲルってどんな街なんですか? 師匠に聞いても全然教えてくれなくて」
「僕の古い知識よりも聖女様に聞いた方が早いだろ、教えてやってくれ」
「あら、そうですか。 では僭越ながら解説を務めさせていただきます」
「わーぱちぱちぱち」
「リゲルは魔法・魔術・魔導の研究が盛んな総合魔力都市です。 古今東西あらゆる知識を仕入れ、常に最新のさらに一歩先を目指すために日夜魔術師や魔法遣いが腕を磨き合っています」
総合魔力都市、なんて呼び名にあやうく噴き出しそうになった。
愚王の圧政で貧富の差が開き、崩壊寸前だったあの街がずいぶんな出世をしたもんだ。
「ほあー、すっごいですねぇ」
「はい、研究施設から教育機関まで揃いにそろえた研究者垂涎の街です。 なのでモモさんの竜玉についても調べられる人もきっといますよ」
「ふん、至れり尽くせりだな。 それで、飛行艇だとどれぐらいで到着する予定なんだ?」
「そうですね……予定では3日ほどでリゲルへ着くはずです」
「思ったより早いな、空路だとそんなものか」
「ええ、海上を通りますから大幅に短縮できるはずです」
「…………なんだって?」
海上、そこはつまりあの幽霊船の縄張りだ。
いくら飛行しているからと言って、おいそれと突っ込みたい領域ではない。
「大丈夫ですよ、アルデバランの一件で倒しきれなかったとはいえ、痛手は与えております。 すぐに活性化するようなことはないかと」
「それはあくまで予測だろ? もし襲われたらどうする気だ」
「うふふ、わたくしとライカさんたちが居れば大丈夫ですよ」
「相乗りの客をそこまで過信するな!」
文句はいくらでも湧いて出るが、今更この船を降りるわけにもいかない。
しかし結局のところ、この3日の旅路で幽霊船やワイバーンのような大きいトラブルに巻き込まれることはなかった。
むしろ問題は、リゲルに到着してからが本番だった。




