さよならアルデバラン ②
「というわけで、モモ君にはこれから海に沈んでもらおうと思う」
「死゛に゛た゛く゛な゛い゛で゛す゛!!」
「申し訳ありません、立場上殺生には関われないので」
モモ君が火を吐いてすぐに、僕らは買い物を中断して聖女が働く教会へと駆け込んだ。
ここなら万が一竜の吐息が暴発してもなんとかなる、最悪の場合でも治療が間に合う可能性も高い。
「案の定だ、竜玉を取り込んだ弊害が現れている。 僕に責任を問われても困るのでもう沈めるしかない」
「ロッシュさーん! 助けてください!!」
「はいはい、師弟ゲンカはほどほどに。 モモさん、一度実物を見せてもらえますか?」
「えっ、ここでですか?」
いくら広いとはいえ、教会内は木製の建材も多い。
対してモモ君の吐息は一度打っただけ、しかも手で押さえたせいで威力も効果範囲もよくわかっていない。
「大丈夫ですよ、わたくしが抑えますしいざとなればライカさんが消火してくれます」
「おい、勝手に僕を勘定に入れるな」
「よし、そういう事なら! いっきまっすよー!」
モモ君はこちらを信頼しきった顔で大きく息を吸い込み、そして吐き出す。
しかし、彼女の口からあの黒い炎が噴き出すことはなく、かすかな火の粉が弱弱しく舞い散るだけだった。
「……あ、あれ?」
「あらあら、確かに火の粉は出てますね。 燃料切れでしょうか?」
「さっきはもっと派手だったが……まあ竜とはまた勝手が違うか」
そもそも竜の吐息とは、溢れるほどに余りある魔力の塊をそのまま吐き出す暴力だ。
魔力量の違う人間、その中でもとびっきり魔力量の少ないモモ君なら一発で魔力切れになっても不思議ではない。
「しかし火を吐くのはたしかですね。 これはこれは……煌帝、こちらへ」
『あいや何事でござるかロッシュ殿? 某は病み上がりゆえ力仕事は難しいですぞ?』
「なんだ、壊れてなかったのか君」
聖女に呼ばれてガシャガシャ煩くやってきたのは、全体を包帯で補強されたあのゴーレムだ。
そういえばクラクストンとの戦闘で力を借りてから存在を忘れていた、てっきりあのまま壊れてしまったのかと思っていたが。
……しかしゴーレムに包帯を巻く必要はあるのだろうか。
『んん、一夜ぶりですなあライカ殿! その節は龍に踏みつけられて大変だったでござるよ?』
「煌帝、今はモモさんを診てほしいのです。 どうやら彼女にクラクストンの力が宿ってしまったようで」
『えぇ……どういう事でござるか……?』
「知らん、そこのバカが前人未到の大馬鹿をやらかした結果だ」
「えへへ、それほどでも」
「誉めてないからな。 それとモモ君の状態がわかるのか?」
『いやはや、やってみないことにはどうにも……失敬』
ゴーレムは何もない空間……おそらく、モモ君の吐き出した火の粉が通った軌跡をなぞる様に指を這わせた。
すると水に火が触れたような「ジュッ」という音が断続に聞こえ、わずかな焦げ臭さが鼻をつく。
『ふーむ、呪詛でござるな。 とはいえ某が触れる程度で浄化されるものでござる』
「えっ、私の息呪われているんですか!?」
『カカカッ! 幽霊船に比べれば子供のような呪いでござるよ、まともに食らっても風邪を引く程度が関山でござろう』
「まあクラクストンならともかく、モモ君に人を呪う才能があるとは思えない」
「えへへ、それほどでも」
「誉めてないからな?」
しかし勝手に照れてる阿呆は放っておくとしても、呪いの炎を吐き出している事実は無視できない。
出涸らしのような出力とはいえ、明らかにクラクストンの息吹と幽霊船の呪いを引き継いでいる以上、過激な連中の耳に入ればそれこそ余計な火の粉がかかる。
そして何よりも厄介なのが……
「あらあらあら、呪いとなれば無視できませんね、わたくし聖女ですので。 聖女ですので」
「二度も言ったなこの駄聖女……」
危険因子の監視を名目に同行しようとする聖女の存在だ。
いつの間にか旅行用の荷物まで用意してある、こいつ最初からついてくる気だったな?
『駄目でござる駄目でござる、ロッシュ殿にはまだまだ山積みの仕事が』
「おや、魔力切れのあなたが誰のおかげで駆動できているのか、まだ理解していないようですね」
『ぬわー!? 炉心稼働率が30%以下まで低下!!』
「前から思っていましたけど、ロッシュさんってコウテイさんに対してだけ態度が砕けてますね」
「雑に扱っているだけだろ」
どうやらクラクストン戦で一番の重傷者はあのゴーレムだ、聖女から魔力を分けてもらわないとまともに動ける余力もないらしい。
そうなると今の彼女を抑えられるのは、お目付け役である緑髪のハーフリングぐらいだが。
「うふふ、アステラは西の区域で復興作業中です。 今の私は自由の身」
「無敵かこいつ……」
「個人的な欲は置いてもモモさんの身が心配なのは本当です、一度目で被害が出なかったのは本当に幸運でしたよ?」
「うう、そうですよね……またくしゃみで暴発しちゃうかもへっきちっ!!」
「言ってるそばから君はもぉー!!」
再びモモ君の口から少量の火の粉が飛び出すが、こんな突発的なくしゃみにいちいち対応していられない。
もし僕の目が届かない場所で息吹を吐いたら大問題だ、聖女の監視が必要だという話も一理ある。
「だが……アルデバランでの仕事はいいのか? 今こそ君が活躍すべき時だろう」
「命に係わる者はすべて治療済みです、あとはほかのアスクレス信徒で対応可能でしょう。 わたくしばかりに頼り切る方がよろしくない」
「それはそうですけど、迷惑じゃないですか?」
「遠征はいつものことです、それに今回の事件はわたくしとしても気になることがあります。 あのトゥールー信徒の件とか」
一見ふざけた調子で話してはいるが、トゥールーの下りは聖女としてもまじめな動機だろう。
愉快半分、仕事半分といったところか。 こうなると無理に断ることもできない。
「……モモ君の面倒も見てくれよ、僕一人じゃ手に負えない」
「うふふ、任せてください。 よろしくお願いしますね、モモさん」
「はい! 頼りにしてます!!」
こうして、リゲルまでの旅路に余計な同行者が一人増えてしまったのだった。




