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異世界ベテラン幼女師匠  作者: 赤しゃり
本編

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さよならアルデバラン ①

「そういえばだ、例の赤子はどうなった?」


「ああ、あの子なら今はアスクレスの教会で預かっております。 呪いが完全に中和できているのか判断しかねているので」


 結局テントで一夜を明かした翌朝、朝食を胃に突っ込みながら問うと、聖女はあっさりと答えた。

処遇としては妥当なところだ、むしろ危険性から処分しようとする連中がいないか気になったが。


「大丈夫ですよ、彼女の身の安全はわたくしが保証いたします。 竜玉も失い、定着した呪いの黒ずみも少しずつ薄くなってきました」


「そうか、女の子だったのか」


「そうですよ、ちなみに名づけ親を募集中です」


「そういうのはモモ君に頼め、僕じゃ名づけのセンスがない」


 思えばラクストンに意識を向けていたせいで性別など気にしている暇がなかった。

輪郭がわからないほど呪いに侵されていたせいもあるだろう。 本当によく生きていたものだ。


「それで、赤子の耐性は今どうなっている?」


「数人で“死神の指先”を試したところ、すべて弾かれました。 おそらく健在、少なくとも弱体化程度で済んでいるかと」


「ならば引く手あまただろうな、里親には困らない」


「むしろ(よこしま)な方に引き取られないように仕事が増えますね、聖女とは忙しいものです……ちらっ」


「言っておくが手伝わないし引き取らないぞ、問題児なら間に合っている」


 モモ君だけでも手に余るというのに、物心がついていない乳飲み子まで育てる余裕はない。

それに僕が引き取らずとも、魔術の素養が多少でもあれば、呪いの耐性を持つ魔術師として育てたい人間は腐るほどいるはずだ。


「残念です……ライカさんなら顔パスでOKを出すのですが」


「なぜ君がそこまで僕を信用するのか理解できないな」


「ついでにしばらく容体を監視するという名目でわたくしも旅に付き添えたのですが」


「そっちが本音だろサボり聖女」


「師匠ぉー! やっと縄ほどいてもらえましたー……っと、おはようございますロッシュさん!」


「はい、おはようございますモモさん。 縄も解かれてよかったですね」


「またうるさいのがやってきたな……」


 アクシオのやつめ、いっそずっと縛ってくれればいいものを。

とはいえタイミングとして悪くない、ちょうど食料を詰め込んで血が巡ってきた頃合いだ。


「モモ君、どうせ暇だろ。 買い物があるから荷物持ちとして付き合え」


「暇だからいいですよ、よくわかりましたね!!」


「今の君は歩く地雷原だからな、復興現場に近寄らせたくはないだろ。 一応アクシオにも許可をもらってから行くぞ」


――――――――…………

――――……

――…


「はいらっしゃいらっしゃい、えげつないぐらい安いよー!」


「新鮮な果実を仕入れてるよ、引くほど安いよー!」


「そこの嬢ちゃん、古着いらんかい? 可愛いの揃ってるよー」


「こっちの区画はあまり被害がないようだな、むしろ普段より賑わっているか?」


 アルデバランの正門から離れた市場は、薬草確保の際に訪れた時よりも明らかに人通りが多くなっていた。

正門から続く大通りの店が一通り破壊されたせいで、被害が少ない市場へと需要が集中しているのだろう。


「うひー、歩くだけでも大変ですねこれ。 師匠、明日にしときます?」


「そうやってだらだら予定を先延ばしにするのはよろしくない、できれば今日中に片付けるぞ」


「はーい。 それじゃあしっかり捕まっててくださいね」


「それはそれとしてこのザマは屈辱的だな……」


 モモ君に肩車されたまま見下ろす景色は、眺めこそいいが決して胸がすくものではない。

とはいえ体が本調子でないうえ、体力のないこの身体では人ごみにもまれるだけで力尽きてしまう。

つくづく貧弱な肉体だ、鍛えたいが体力も筋肉も足りなくてまともな負荷すらかけられない。


「必要なのは日用品と食料だ。 リゲルまでは距離がある、しっかり準備しておかないと途中で行き倒れるからな」


「つまり師匠の体力だとたどり着けないってことじゃないですか?」


「なんてこと言うんだモモ君」


「はいはい、変な意地を張らずに馬車か何か借りましょうねー。 そういえば、ロッシュさんに頼んでまた飛行船に乗せてもらえないんですか?」


「聖女に借りを作るのは癪だ」


「もー変な意地を張るー」


 モモ君は口を尖らせてすねるが、次にいつ出会うかもわからない相手に借りを作ったままでは居心地も悪いというものだ。

それに、あれでも聖女はアスクレスのトップ。 あまり個人の都合で動かしては下の者たちからもいい感情は抱かれない。


「モモ君も必要なものを買うなら今のうちだぞ、君にも報酬は支払われているんだ」


「じゃあシャンプとリンスと化粧水とリップクリームとモバイルバッテリーと……」


「たぶんそんなものないと思うぞ」


「えぇー、そんなぁー!」


 その時、不用意に顔を上げたモモ君の鼻先に僕の髪の毛が触れた。

それ自体はなんてことはない、ただくすぐる程度の軽い接触だ。 しかしムズかゆい刺激を受けたモモ君は足を止め、くしゃみのモーションへと入った。


「ふぇっ……へっ……へ―――――!」


「おいおい、振り落としてくれるなよ」


「わかってま――――――へっくちんっ!!」


 貯めて貯めて貯めて放たれたくしゃみを抑えようと、モモ君は自分の手で口元を覆う。

そして抑えた指の隙間から漏れ出てきたのは、吐息の風圧などではなく、どす黒い色合いに燃える炎だった。


「………………」


「……………………」


「…………モモ君?」


「は、はい……」


 チロチロとモモ君の口から漏れ出す陽炎は、今の炎が幻などではなく、見た目通りの高温だったことを表している。

この人ごみに巻き添えが出なかったのは幸いだった、しかし……


「…………買い物は、中止だな」


「そう……ですね……」


 やはり竜玉の影響はモモ君の体を蝕んでいた。

一瞬しか見えなかったが間違いない。 モモ君の口から飛び出したものは、竜の吐息と同一のものだ。

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