雷鳴は嵐のように ⑤
「詳しく……話を聞こうか……僕は今冷静さを欠こうとしている……」
「まあまあ落ちつきなって、お互い傷が開いちゃうぞ?」
頭に上る血が足りていたら、あやうく固有魔術を放つところだ。
一度は赤子から竜玉を切り離しただろうに、もう一度できないとはどういう了見だ。
「まず、赤子からの切除がうまくいったのは私の固有魔術だ。 当然、お弟子ちゃんにも同じような手を試みたけど」
「なぜか私の体から見つからないらしいです、竜玉」
「聖女、僕はもう一度寝る。 どうやら悪い夢を見ているらしい」
「現実です、どうぞ向かい合ってください」
「いやだぁ……」
今感じている頭痛は貧血だけが原因じゃない、そろそろ寿命が10年は縮んだかもしれない。
どうしてだモモ君、どうして君はいつも想定外のことばかり起こすんだ。 いい加減常識の枠内に収まってくれ。
「……わかった、認めたくはないが受け入れよう。 取り出せない原因は分かるか?」
「さっぱりだ、体内に痕跡すら見つからないのはおかしい。 竜玉が完全に彼女と一体化しているとしか思えない」
「ちなみにだが、一体化した場合どんな弊害があると考える?」
「どうだろうな、他に例がないからなんとも……」
アクシオが心底返答に困って首をかしげる。
1000年もの時間が過ぎても、まさか竜から奪い取った竜玉をそのまま飲み込む前例はいなかったか。
「問題は飲み込んだ竜玉の性質だ、幽霊船の呪詛をたっぷり吸い取って免疫を付けた竜の魂だよ?」
「ろくなことになる気はしないな」
「ああ、だからこちらも彼女を拘束して様子を見ていたわけだけど」
「拘束されて様子を見られてました!」
「黙ってろ前人未到の大バカ娘」
自分が寝ていた時間は5分や10分程度じゃないはずだが、芋虫と化したモモ君にこれといった変化はない。
本人の顔色からしてピンピンしている、この子本当に人間か?
「いっそ見なかったことにして海にでも投げ捨てようか……」
「師匠!? 見捨てないでください師匠!!」
「はぁー…………聖女、君の意見を聞きたい」
「そうですね……何の変化もないということは考えにくいです。 ただこれ以上はそれこそお腹を開いてみないと分からないかと」
「えっ、私解剖されるんですか?」
聖女は黙って首を横に振る、まあモモ君とはいえ腹を切れば死ぬか。
……いや、聖女立ち合いの元なら生きたままの解剖もあるいは可能か?
「さすがにわたくしでも無理ですよ? なので、アルデバランではこれ以上詳しく調べることはできかねます」
「その言い方だと、他の街ではできるように聞こえるな」
「ええ、リゲルはどうでしょうか。 あらゆる知識が集約されているあの都市なら、医術に長けた人材も豊富でしょう」
「リゲルゥ? あの都市まだ残ってたのか」
「知ってるんですか師匠?」
「知ってるも何も……いや、何でもない」
リゲル、その名は忘れるはずもない。 なにせ自分の生まれ故郷なのだから。
たしか当時は愚王の圧政と周辺国への戦争を仕掛けた末期状態だったか、とっくに滅んだものと思っていた。
……やはり王を殺すだけでは生ぬるかったか。
「師匠、なんだか顔が怖いですよ?」
「気にするな、君の愚行を思い出して頭痛が再発しただけだ」
「わあ藪蛇だった」
「お弟子ちゃんがずいぶん大切なようだね。 リゲルに行くのなら紹介状を書こう、あの都市には知り合いがいる」
「別にいくとは言っていないが……まあ、他に当てもないからいいか」
1000年ぶりの里帰り、と思えば悪いものでもないか。
それにモモ君も竜玉を飲み込んだままでは不便だろう。 一度引いたとはいえ、いつあのラグナという少女が襲ってくるかもわからない。
地雷を抱えたまま歩く旅路よりも、多少寄り道して解決してしまったほうがずっといい。
「ということはアルデバランを旅立つわけですね、寂しくなります」
「君には君の仕事があるだろ、二度と会えなくなるわけじゃないんだからそろそろ起こしてくれ」
「いいえ、もうしばらくこのまま膝枕しています。 なでなで」
「頭をなでるな! 離せ! クソッ、こいつ力が強い!」
「師匠が非力なだけじゃないですかね」
「おーい、姐さんいる? って、なんか大集合だな?」
「バカピンク! 生きて戻ってきたならちゃんと教えろよ、死んだと思ったぞ!!」
「あっ、ノヴァさんとクスフさん! よかったー、無事だったんですね!」
「ええいうるさい邪魔だ全員出ていけー!!」
狭いテントの中に、よくもまあ次から次へと人が押し寄せてくるものだ。
おかげで休む暇もない、この程度で音を上げる貧弱な肉体が実に恨めしい。
「いやー姐さんぶっ倒れたって聞いたからどんなバケモンにやられたのか気になってよ」
「別に私はどうでもよかったんだぞ。 ただしんがりのバカピンクが死んでいたら私たちの減刑もどうなるのか気になって」
「見ての通りここは重傷患者の治療テントだ、世間話なら後にしてくれ」
「それならバカピンクは……ああ、頭が重症か」
「ロッシュさーん! みんなが私のこと馬鹿にしてきます!」
「大丈夫ですよモモさん、人には長所と短所というものがありますから」
狭苦しいテントの賑わいはまだまだ収まりそうにもない。
いったい誰のせいなのか。 聖女様の人徳がなせる業か、それともウムラヴォルフ家の人脈か。
「違いますよライカさん。 私も彼らも皆、あなたに惹かれて集まってきたんです」
「……勝手に人の心を読むな。 それにずいぶん的外れな意見だな」
「うふふ、わかりやすい表情をしていらしたので。 それに決して的外れなどではないですよ?」
髪の毛を梳くように、聖女の手が僕の頭をなでる。
「大丈夫ですよ、あなたはみんなに愛されています。 だから自分を認めてあげてください」
「…………ふん、知ったような口をきくな」
鬱陶しい掌を退ける余力がないのが実に口惜しい。
失った血が回復して、まともに動けるようになるまでもう少し時間がかかるだろう。
そうなればすぐにでもリゲルへ向かう。 だからアルデバランで過ごすのは、あと数日だけの辛抱なのだ。




