雷鳴は嵐のように ④
「吐けー!! 吐き出せー!! なーにをやっとんだ君はー!!」
「ぺっしろペっ! ンなバッチィもん食うなハラ下すぞ!?」
「いやです駄目です無理です! もう飲み込んじゃいましたー! もう取り出せませーん!!」
モモ君の襟首をひっつかんで激しく揺さぶるが、そんなことをしても飲み込んだ竜玉が出てくるわけもない。
なんだこれはどうしたらいいんだ、竜玉をそのまま飲み込んだ人間なんて前例がない。
そもそもなんで飲み込んだ? バカなのか? いやバカだ、このバカはバカだった。
「怒るべきなんだが……あまりにもバカバカしすぎて……僕の語彙じゃ罵倒しきれない……!」
「気にすんな、テメェはなんも悪くねえよ……あんなもん予想しろってのが無理だ……」
「もしかして私バカにされてます?」
この期に及んで何を寝言ほざいているんだこいつは。
だがほざく余裕があるということは、体調に変化はないらしい。 幽霊船の呪詛がしみ込んだ竜玉を飲み込んだくせにだ。
「胃袋も主人と同じく図太くできているのか……」
「バカは風邪引かねえと聞くが、そういうことか」
「もしかして私の知らない間に二人とも仲良くなりました?」
「君に呆れて意見が一致しているだけだ、引っ叩くぞ」
「ひどい!?」
もはや放電もどこかへと散り、戦闘を続けるような空気ではなくなってしまった。
ある意味、戦意を台無しにするというのは雷闘神の信徒にとって最も効果的な手段なのかもしれない。 モモ君が計算してやったとは到底思えないが。
「どうする……いるか? モモ君」
「えぇ……いらない……」
「私の扱いひどくないですか!? ねえ!?」
「ええいこっち来んな! 竜玉は欲しいがお前に用はないんだよピンク!!」
泣きながら縋るモモ君を振り切り、少女が建物に屋根に飛び移って逃げる。
見事な身のこなしだ、よほどモモ君ごと竜玉を持ち帰るのが嫌と見える。
「クソッ、白けた! 竜玉持ってんのはクラクストンだけじゃねえんだ、今日のところは引いといてやる! 覚えとけよバーカバーカ!!」
「すごいな、まるで三下の見本のようなセリフだ」
「テメェだけはいつか絶対泣かすッ!!!」
捨て台詞を残し、少女は雷鳴とともに姿を消す。
魔力門残滓もほとんど残さず、周囲に隠れている様子もない。 どうやら本当に白けて帰ったらしい。
「あっ、行っちゃった……何者だったんですかね、ラグナちゃん?」
「さあな、嵐みたいなやつだった。 それより大丈夫なのか君は?」
「平気ですよー、むしろ元気いっぱいです! あとはアクシオさんにもう一回取り出してもらえば解決ですね!」
「ああ、奴が手を加えたのか……まったく、食えないな」
安心した瞬間、体を支えていた魔術が乱れてガクリと視界が崩れる。
「し、師匠!?」
「ああ……さすがに体力切れか、事後処理は任せたぞ……僕は、少し寝る……」
――――――――…………
――――……
――…
「……あら、おはようございます。 ご気分はどうですか?」
「最悪だな……全身が鉛に浸かってる気分だ……」
目を覚まして早々、こちらを覗き込む聖女の顔と対面する。 どうやら彼女に膝枕されている状況らしい。
退けたくても体が重くて動かす気になれない。 それに頭がガンガン痛む、魔術を編むのも億劫だ。
「貧血の症状ですね、クラクストン戦の負傷が響いたのでしょう。 今のわたくしでは血は増やせないのでゆっくりお休みください」
「ほとんどかすり傷だぞ」
「たとえ致命傷でなくとも傷が多ければ血は流れます、それにほとんどですよね? 放置していれば危ない傷もありましたけど」
「焼いてふさげば十分延命できただろ、君の腕だけは信用しているんだ」
「魔術師のそういうところ、好きになれないですね」
「お互い様だな。 状況はどうなっている?」
首だけ回してあたりを見渡すと、自分が寝かせられているのが非常用の即席テントだということはわかる。
周りにはほかにもけが人が何人も横たわっており、アスクレス信者がてんやわんやで治療に励んでいた。
テントの外から聞こえてくるのは瓦礫を撤去するような音と男衆の声、クラクストンと少女の襲撃で街も相当な被害を被ったようだ。
「重症者や後遺症が残る方はいるでしょう、しかし幸いといっていいかはわかりませんが死者はいません」
「あの少女の素性は?」
「不明です。 少なくともあの肉体強化は上位神官級の祝福を受けているはずですが」
「そこまで上の役職なら君が知らないのは不自然だな、仇敵のトゥールーだろう?」
「ええ、向こうの聖人とも面識があります。 それでもあのラグナという少女は名も聞いた覚えがありませんね」
「謎が多いな……まあ危機は去った以上は考えすぎても仕方ないか。 それであの問題児はどこに行った?」
「ああ、彼女なら」
「師゛匠゛ぉ゛ー゛!゛!゛ 無゛事゛だ゛っ゛た゛ん゛で゛す゛ね゛ー゛!゛!゛」
こちらの会話を聞いていたのか、テントの外幕をめくってモモ君がやってくる。
ただし彼女の体は何重にも縄で拘束され、芋虫のように這う姿での登場だ。
「なんだモモ君、ずいぶん愉快なことになってるな」
「そうなんですよ! 聞いてください師匠!!」
「やあやあ、英雄のお目覚めかい。 お互いにひどい姿になったもんだね」
「そちらもずいぶん手ひどくやられたな、モモ君に変な入れ知恵をしたのは君か?」
芋虫と化したモモ君を追って現れたのは、折れた片腕を包帯で固定したアクシオだ。
そもそも時間を稼げと言ってきたのはこいつだ、いったいどうしてくれようか。
「まあまあまあ、お弟子ちゃんの行動は私も想定外だぞ? 竜玉の摘出が完了したとたんに走り出してさ、こちらは魔力切れで追いかけられないし」
「師匠がピンチなので急いで駆け付けました!」
「引っ叩くぞ。 それならモモ君の体からもう一度引っこ抜いてくれ、宝の持ち腐れだろ」
「いやー、それがどうも再摘出できないんだよねこれが!」
「…………はぁ?」




