雷鳴は嵐のように ②
「モモく……いや、アクシオ! どういう状況だ!?」
「どうしてですか師匠! どうして私に話を振らないんですか!?」
「所属不明の少女が殴りこんできて冒険者たちはほぼ全滅、相手は雷闘神の信者だ! 触れれば感電するぞ!」
「よりにもよってあのバーサーカー連中か、面倒な……」
雷闘神トゥールー、その名の通り雷と戦を司る神だ。
非常に血の気が多く酒豪とされ、酒の席で他の神を殴り殺したなんて逸話も残っている。
当然その信徒たちも戦を信条とし、血と闘争こそが最高の供物と考えているほどだ。 土地によっては邪教認定すらされているほどに。
「うふふ……ライカさん、どうやら血なまぐさい電気ネズミが街に入り込んだようですね?」
「……とりわけ、治療を信条としているアスクレスとは仲が悪いんだよなぁ」
街の外からともに飛んできた聖女から、今まで感じたこともない怒気が立ち上っている。
顔は笑っているがオーラが全く笑っていない、はじめて聖女相手に恐怖を覚えた。
「なんだぁ、蛇くせえと思ったらアスクレスの腑抜けかよ。 お前の大好きなけが人ならそこら中にいるぜ」
「神に仕えるものならば言動には気をつけるべきでは? 品位はあなたが信ずる神の品位すら貶めますよ」
「さっき君も電気ネズミがどうとか言ってたが……」
「なにか?」
「いいやなにも。 しかしなんで雷闘神の信徒がこんなところで暴れているんだ」
「師匠、ラグナちゃんの狙いは竜玉です!」
「なるほど、理由はわからないが目的はわかった。 仲良くできない相手だな」
「ハッ! 鼻からそんな気もねえくせにほざきやがる!!」
わざわざこのタイミングで竜玉を狙いに襲撃したのは偶然ではあるまい、ラグナと呼ばれた少女と幽霊船が何かしらつながりがある。
そうでなくても相手は最初から臨戦態勢だ、穏便な話し合いで解決なんてできそうもない。 つまり……
「ぶん殴って黙らせるしかねえよなぁ!!」
「同じ結論に至るのが釈然としないな……」
少女が振るうハンマーを飛んで躱しながら、今日一番のため息をこぼす。
この貧弱な肉体であんなものをいちいち受け止めていられない、間合いの外から攻めるのが定石だが……
「―――――“万雷を! 割れんばかりの喝采を”!!」
「チッ、これがある……」
距離を離した瞬間、頭上から鋭い雷撃が降り注ぐ。
「雷」とはすなわち「神鳴り」。 神の権能に等しい存在であり、魔術による模倣すらできない神域だ。
直撃すれば無事では済まず、かといって大気を伝播して振り下ろされる雷撃は回避することも難しい。
雷闘神トゥールーの信徒たちは、その雷を魔法として扱うことができる。
「聖女、余力はあるか!?」
「悔しいですが、幽霊船の浄化にほとんど使い切ってしまいました」
「アクシオ……は満身創痍か、戦えるのは僕だけだな」
一瞬後方へ視線を向けるが、アクシオの片手は明後日の方向にひしゃげている。
本人も平静を装ってはいるが、彼もクラクストンへの支援射撃を行ったのだ。 目の前のトゥールー信者へ対応する余力は残っていない。
「私もいますよ師匠!」
「君は戦力外だ、触れるだけで感電するんだぞ。 その赤子を守ることだけ考えてろ!」
「う……は、はい!」
現状、徒手空拳しか戦う手段を持たないモモ君では無駄に命を散らすだけだ。
それに今のやりとりで理解したが、この少女は強い。 技巧こそ拙いがそれを補って余りある膂力と出力を持っている。
クラクストンから連戦するには少ししんどい相手だが、泣き言も言っていられない。
「テメェ……“強い”な? 名を聞こうか」
「あいにく名乗るほどの実力は持ち合わせていない、僕より優れた人間なんてごまんといるよ」
「謙遜もそこまでやれば嫌味だぜ? お前ほどの魔術師には数えるほどしかあったことがねえ」
「数える程度には出会ったのだろう? ならば君の知見が狭いだけさ」
「はっはっはっ――――泣かす」
少女の体から閃光が放たれる、魔力を導線とした広範囲への放電だ。
一発でも当たれば反射で体が硬直、そのままあのバカデカいハンマーであっという間にひき肉だ。
だがやみくもに避ければモモ君たちやそこら中に転がってる魔術師・魔法遣いたちへ被害が及ぶ。 立ち回りを間違えば被害を被るのはこちら側だ。
「チッ……“起きろ”」
土壁を盛り上げ、まずは目前の脅威を遮断する。
遣い手、頭上、地上を這わした感電、トゥールー信者との戦いは警戒を損なうと一瞬で意識を刈り取られる。
常に一手先を読んで行動しろ、次に彼女はどう出てくる? 目の前に建てられた巨大な壁……
「……正面突破だろうな」
「あったりぃ!! 死ねオラァ!!」
厚めに仕立てた土壁は、彼女が振るうハンマーの一撃であっけなく砕け散る。
電撃だけでも厄介なのにこの怪力だ、正直付き合っていられない。
『あーあー、聞こえるかライカ? こちらアクシオ、今こちらの言葉だけを一方的に伝えている』
「むっ?」
「何よそ見してんだ、気抜いてたらぶっ潰すぞ!」
至近距離で雷と鉄槌を振り回す少女に声は届いていない、風魔術による言霊か。
目の前の少女は僕に気を取られて気づいていないようだが、いつの間にかアクシオとモモ君の姿がない。
さてはあいつ、こちらをだしに使ったな?
『5分でいい、時間を稼いでくれ。 その間にこちらもできる限りの手を打つ』
「……簡単に言ってくれるな、人をなんだと思っているんだか」
「なに一人でくっちゃべって――――うおっ!?」
ハンマーを振りかぶったタイミングで少女の足元を陥没させ、転倒を狙うが間一髪で体をひねって回避される。
下手をするとモモ君以上の身体能力だ、これを相手に5分間も時間を稼げとは……
「まったく、どいつもこいつも人使いが荒いな」
残る体力と切れる手札を再確認し、頭の中で稼げる秒数をはじき出す。
……やってやろうじゃないか、魔法遣い相手に5分間の時間稼ぎ。 挑戦と受け取り見事こなして見せようか。




