雷鳴は嵐のように ①
「だ、誰……?」
「誰じゃねえよ、先に質問してんのはオレだ。 まずはお前が答えろピンク頭」
でっかいハンマーを軽々と振りながら、女の子が舌打ちする。
灰色の頭巾の下から見えるのは、金と黒が入り混じった不思議な髪と、目つきと同じぐらい鋭い犬歯。
少なくとも街で見かけた覚えがあるなら忘れないほど個性的な子だ。
「あ、あなたがひどいことしたんですか!? それにノアって誰なんですか、説明してくれないとさっぱりわかんないです!!」
「あぁ? あったま悪いなテメェ、竜玉持ってんのにその言い訳が通じると思ってんのか?」
「竜玉……?」
抱き寄せた赤ちゃんに視線を落とす。 竜の中から脱出してもまだ黒いままだ、それでもちゃんと呼吸はしている。
師匠の話だと竜玉は竜の心臓みたいなもので、この赤ちゃんに埋め込まれたものらしい。
だったらノアは竜のこと? いや、あの竜の名前はたしかクラクストンだから……
「……幽霊船のことですか!」
「わかってんじゃねえか、じゃあ死ね」
――――ほんの一瞬の隙に、私の頭上へあのハンマーが振り下ろされる。
間一髪で後ろに飛びのくとほぼ同時に、さっきまでたっていた道路が粉々にたたき壊された。
「な、な、な……あっぶなぁー!!?」
「おっ? 反応いいな、やるじゃんバカのわりに」
「もー、なんでみんなバカとかアホとか言うんですか! っていうか危ないです、死んじゃう!!」
「いや、ぶっ殺すためにぶっ叩いてんだよバカ。 竜玉寄越せ、そいつはオレたちのもんだ」
「駄目です、乱暴な人にこの子は渡せません! まずは武器を下ろして話し合いましょう!!」
「だぁー鬱陶しい!! ほしいのはガキじゃなくて竜玉だっつってんだろ、ぶっ潰すぞ!!」
「――――はぁいそこまで。 度胸は気に入ったけどあんまり挑発しちゃだめだよ、お弟子ちゃん?」
「へっ? ほわぁー!?」
頭の上から知らない声が聞こえてきたと思ったら、足に見えない何かが巻き付いてそのまま上空に引っ張り上げられる。
そのまますごい勢いで城壁のてっぺんまで引っ張り上げられると、片腕が明後日の方向に折れた若い男の人が待っていた。
「こんにちは、たしかモモセちゃんだったかな? 君の師匠の自称友人、アクシオさ!」
「あ、アクシオさーん! というか腕!?」
「ああ、めちゃくちゃ痛いけど気にしないでくれ。 あの怪力娘にやられたんだ」
「怪力娘ってさっきの……」
「呼んだかぁ!? オレのことッ!!」
地上からこの城壁まで、かなりの高さがあるはずだ。
もともとは幽霊船の侵入を阻止するために作られたものなのだから、そう簡単に乗り越えられるものじゃない。
それでも振り返ると、この高さまで跳んできた女の子が思いっきりハンマーを振りかぶっていた。
「しつっこいなぁ。 ごめんねお弟子ちゃん、ちょっと扱いが荒くなる」
「えっ、なんか嫌な予感がぁー!?」
足に見えない何かが巻き付いたまま、女の子のハンマーから逃げるためにアクシオさんにあっちへこっちへ振り回される。
前に体験した飛行魔術にも負けない絶叫アトラクションだ、朝ごはんが胃に残っていたら全部口から出ていた。
「お弟子ちゃん、その赤ん坊が竜玉の依り代かい?」
「あばばばばばば!! そそそそうなんですけどそうなんですけども!! どういう事なんですかこれ!?」
「それがさっぱり。 クラクストンへの支援砲撃を行った直後、雷撃とともに現れて疲弊した魔術師たちを軒並みなぎ倒していった」
「なぎ倒してって……皆さんは無事なんですか!?」
「気になるが安否確認ができるような状況じゃない、まずは目の前の脅威を排除してからだ」
「ごちゃごちゃうっせえなあ!! 神様への懺悔でも済んだかよ!!」
私という荷物を抱えながら、アクシオさんはひらりひらりと女の子の猛攻をかわし続ける。
師匠が頼るだけあってすごい人だ、当たったら大ケガじゃすまないあのハンマーを完全に見切っている。
「あいにく魔術師は神に祈らない、信じるのは己の研鑽と研究のみだ」
「ああそうかよ! だったらなぁ……“我らが父よ、とくと御覧じろ”!!」
「来るぞお弟子ちゃん、目を閉じてたほうがいい」
「えっ―――――ぎゃあ!?」
女の子が自らの足元へハンマーを振り下ろすと同時に、視界が真っ白い光に包まれた。
同時に、耳に直撃したとんでもない爆音に一瞬意識が遠のく。
キンキンする耳鳴りと頭痛に吐きそうになりながら、だんだん回復した視界で最初に見たものは……「電気」だった。
「やはり雷闘神の神官……いや、聖女級の魔法じゃないか。 よろしければ名前を聞いても?」
「はっ、ヴァルハラへの手土産に教えてやるよ! オレはラグナ、テメェら人間をぶっ殺すために作られた人ならざる存在だよ!!」
女の子……ラグナちゃんの周囲にはバチバチと火花が舞い散っている。
この距離でも肌にピリピリくる感覚は、真冬の静電気をずっと強力にした感じだ。 たぶん、今のラグナちゃんに触れたら感電だけじゃすまない。
「ら、ラグナちゃん! どうしてこの子……の竜玉を狙うんですか、理由を説明してください!!」
「ちゃん付けすんな、馴れ馴れしいんだよピンク頭! ……だがお前は一度オレの攻撃を避けた、だから一度は答えてやる」
「おや、それなら私は質問権が何回あるのかな?」
「魔術師に払う敬意はねえよボケ。 何度も言うがオレの狙いはそのガキに仕込んだ竜玉だ、勘違いすんな」
「その、竜玉を手に入れてどうするんですか?」
「人間を殺す。 そのために竜の力が必要なんだ、さっさと寄越せ」
「……なるほど、そういうことなら交渉の余地はないな。 そろそろ高みの見物は辞めて助けてくれないかな?」
「まったく、僕は便利屋じゃないんだぞ」
「っ――――!? テメェ、どこから!!」
頭上から降ってきた声に反応し、ラグナちゃんがハンマーを構える――――と同時に、彼女の体が180度ひっくり返った。 足を滑らせたにしては不自然なほどの回転だ。
あわや後頭部を打ち付けるかという寸前、ラグナちゃんは片手で体を支え無理やり体制を立て直す。 オリンピックも狙える運動センスだ。
「……なにもんだテメェ、気持ち悪い術しかけやがって」
「あいにく雷闘神の狂信者に名乗る名はない。 速やかに降伏するなら手荒い真似はしないが、どうかな?」
「し、師匠ぉ!!」




