がらくたばかり ④
駄目だ。 ああ、「あれ」は駄目だ。
とんと仕組みがわからぬ、幾百幾千とこの身で受けておきながら何たる屈辱。
わからない――――我はいったい、今からどうやって殺される?
――――――――…………
――――……
――…
「……固有魔術、ですね?」
「ああそうだ、君は幽霊船の浄化に備えろ。 残りの防御は僕が引き受ける」
固有詠唱は無事完了、「星屑の海」は起動した。
見た目上の変化はほとんどないが、目ざとい聖女ならこの固有魔術の本質にはすぐに気づくだろう。
そして、すでに一度食らっている竜にとっては最警戒対象だ。
『グルオオオオオオオオオオオオオオ!!!』
「キャンキャンキャンキャンよく喚くもんだ、残り少ない余生はもっと有意義に使ったほうがいいぞ」
返事の代わりに飛んできたのは石礫――――否、もはや礫の壁だ。
一瞬の遅延も、一寸の隙間もなく視界いっぱいの空間に生成された大量の石片。 この夥しい数の弾丸が、瞬きする間に僕らの全身を細切れに引き裂くのだろう。
防御も回避も不可能な密度……ならば、相手から避けてもらおう。
「支援は?」
「必要ない、もう少しこっちに寄れ」
竜の殺意が籠った石片はすべて、僕らに命中することなくあらぬ方向へ着弾する。
いくら物量を用意しようとも的は小さな人間2人だ。 弾幕を広げたところでほとんどは無駄弾になる、最小限の力を加えるだけでこのざまだ。
「拙いな、実戦は初めてか?」
『グウゥ……オオオオオオォ……!!』
いくら魔力があろうとも、竜が放つ攻撃のパターンは単調だ。
戦う術に工夫がない、経験値が足りていない。 千年の間に世の中はずいぶん平和になったらしい、竜すら平和ボケする時代か。 あるいは……
「あまり挑発しないほうが良いのでは? 死に物狂いとは恐ろしいものですよ」
「なに、激昂してもらったほうがやりやすい。 奴の体はもはや強い術に耐えうるものではないからな」
山から街に至るまでの時間、すでに死亡している竜の肉体は崩壊し続けている。
さらに内部で散々暴れて頭蓋骨まで粉砕したのが追い打ちとなり、ここ数分の崩壊速度は明らかに速い。
「肉体が失せれば竜玉があろうと無駄だ、逃げたモモ君を探す猶予も考えるなら……1発が限界というところだろう」
「ではその一撃を防ぎ……いえ、先ほどと同じく逸らすのですか?」
「いいや、ちょうどいいから利用されてもらう。 それに時間だ」
『――――おーい、そろそろ射程内だ。 カウントダウンを始めていいかい?』
ここまでの抵抗を受けてなお、竜はその歩みを一切止めることはなかった。 彼に残された最後のプライドがそれだったのだろう。 しかしだからこそ、自ら死線へ飛び込んでしまったのだ。
僕らの背後に待つのはアルデバランに住まう魔法使いと魔術師たち、そのすべてが一丸となって全霊の魔力を練り上げている。
『発射までごぉー、よーん……』
「やあ、感じるだろう? 君が潰そうとしている街の全勢力だ、これでも生前の力なら何とかなっただろう」
『さーん、にーい……』
『オオォ……オオオォ……』
「だが竜玉を失い、肉体は腐り堕ち、幽霊船に侵された今の君ならどうかな?」
「いーち―――――」
『オオォ……グ……ウオオオオオオオオオオ!!!!』
これまでで一番の咆哮を上げ、竜の口が大きく裂ける。
その口内に集約されるのは自身に残された力のすべて、竜が竜たる所以でありすべての生命体の頂点に立つ理由。
すなわち膨大な魔力を込めた――――――吐息である。
「久々に見たな、そして浴びるな竜の吐息。 しかもご丁寧に幽霊船の原液まで吐き出す気だぞ」
「しかも背後からは街からの支援射撃も飛んできますが、わたくしだけでは防ぎきれませんよ?」
「問題ない、君はそのまま聖気を練るように。 こちらで対処する」
竜の吐息とは、言ってしまえば高密度に圧縮された魔力の帯だ。
「ビーム」や「光線」とも表現され、個体によって炎や冷気といったように性質が異なるが、ようは生身の人間が食らえば死ぬということさえ覚えておけば問題ない。
そしてクラクストンの全力が込められたこの吐息は、竜でさえ食らえばただでは済まない一撃だ。
「どうやら君は最後まで星屑の海の正体に気づかなかったようだな、あるいは高密度の魔力なら小細工はすべて消し飛ばせると思ったか」
『……ゼロ、うまくやってくれよライカ』
背後と前方、同時に放たれた魔力の塊がちょうど進路の中間地点に位置する僕たちへ飛んでくる。
さすがというべきか、完璧な距離感とタイミングでよく合わせてくれたものだ。 おかげでこちらとしてもやりやすい。
「――――星屑遊び」
――――――――…………
――――……
――…
『――――死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね……!!!』
吐息の反動で、顎から上の頭部が粉砕した。
それでも景色が見えるのは、言葉を発せられるのは、もはや自分が生きていない証なのだろう。
もはや手遅れだ、竜玉を収めても腐敗しきったこの肉体は蘇生しない。 それでも、我は竜なのだ。
『許さん、貴様らだけが生き残るなど……!!』
あってはならない、一方的な絶命など。 たかが人間に負けるなどあってはならない。
殺さなければ、人間どもを一匹でも多く道連れにしなければ、このまま死ぬわけにはいかない。
奴らが幽霊船と呼ぶ呪いの塊も付与した吐息だ。 避ければ街を侵し、食らえば死は免れぬ。
『様を……見ろ……!!』
――――吐息の閃光にくらんだ視界が戻った瞬間、我が最後に見たものは人間どもの忌々しい魔力と、自らが放った吐息が飛んでくる景色だった。
ああ、なんだ。 そういうことか、奴の魔術の正体は――――そういうことか―――
我はどこで間違えた? 下らぬ自尊心に囚われ、あの山に固執さえしなければ……
あの電の申し子に、殺されることもなかっただろうに。




