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師匠と弟子 ⑤

「お話……ですか?」


「はい。 単刀直入に申しますが、わたくしたちと一緒に来ませんか?」


 暗い部屋の中、魔法の光に照らされたロッシュさんが優しく微笑む。

わたしたちといっしょに? どういうことだろう、寝起きのせいか頭が回らない。


「ふふ、難しい話ではありませんよ。 渡来人というのは神に愛されし存在、聖職者として見捨てることなどできません」


「で、でもそんなの悪いですよ。 迷惑かけちゃいますし……」


「あら、それを言うのならライカさんにこそ迷惑をかけているのでは?」


「う、うーん……」


 言われてみればたしかにそうかもしれない、ライカさんも身体一つで放り出されたというのに、私はずっと頼りっぱなしだ。

そもそも最初に私が無茶を言って着いて来たのが始まりだし、もしかしたら思っていたよりずっと負担をかけていたのかも……


「その様子ですと心当たりがあるようですね、よければ話を聞きましょう。 吐き出せば心も軽くなることでしょう」


「ろ、ロッシュさぁん」


 なんだろう、甘い匂いがする。 花の蜜のようなすごく甘ったるい匂い。

この匂いを嗅いでいると何だか、頭の中がふわふわして気分が良い。


「私、ライカさんに出会ってからずっと頼りっきりで……何も返せていないんです、命だって救われたのに……」


「ああ、それはお辛いですね。 無償の愛に報いる事が出来ないとは、心苦しいものです」


「無償……じゃないです、食べ物と引き換えに私が依頼したんです」


「あらあら、ではどの道長続きしない関係でしょうね」


 ロッシュさんの言う通りだ、バッグに詰め込んでいたカロリーバーの残りも少ない。

エルナトという街に着いてしまえば、私はそれ以上ライカさんに同行するための手段が無くなる。

そうなれば、私は……今度こそこの世界で独りぼっちだ。


「でも大丈夫ですよ、わたくし共はあなたを見捨てません。 必ずあなたを救済しましょう」


「救済……」


 ああ、ロッシュさんは良い人だ。 こんな私を見捨てないでくれるなんて。

そうだ、このお方こそ私を導いてくれる―――――


「――――何をしているんだ」


「……ふぇ、ライカさん?」


 甘い匂いがふっと消え、頭の中のもやが晴れていく。

いつの間にか部屋の出入り口には、なぜか怒った様子のライカさんが仁王立ちしていた。


「……あら。 いやですわね、こんな夜分遅くに」


「それはお互い様だろう? 感心しないな、聖女様がこんな夜更けに出歩くなんて」


「えっ? えっ? えっ?」


 昼間の雰囲気とはうってかわって、ライカさんとロッシュさんの間に穏やかじゃない沈黙が流れる。

どうしてこんなに空気が悪いのだろう、というか自分は今まで何を……


「わたくしはただ彼女の救済を考えての事です。 なにせ身寄りのない渡来人ともなれば……」


「救済だと、ならば初めに触れる話があるだろう? 彼女の望みは元の世界に帰ることだ、決して君達の教団に吸収されることなどではない」


「………………」


 当事者なのに全然口を挟めない、2人の間に火花が散っているのが見える。

だけどライカさんの言う通りだ、私は家族の元に帰りたい。

なのにどうして、さっきまでロッシュさんの所にいるのが一番幸せだと感じていたんだろう。


「……どうやら今夜は建設的な話し合いが難しいようですね、出直しましょう」


「いつ出直そうと無駄だよ、その聖女に似つかわしくない香水をつけている限りはな」


「ふふ、お気に入りなんですけどね。 では、また明日」


 投げられた嫌味もそよ風のように流し、ロッシュさんが立ち去る。

そしてライカさんはその後姿を見送ると、すぐにベッド脇の窓を全開にした。


「うわっ、寒っ! どうしたんですかライカさん?」


「甘ったるい匂いがしただろ、おそらく呪法の類だ。 微弱なものだが心の弱みに付け込んで依存させるようなものか」


「の、呪い!? まさかロッシュさんが……?」


「ほかに心当たりがないなら彼女が犯人だろ、証拠はないがな」


 ぞっとするようなこの気分は、きっと吹き込んでくる雪風だけのせいじゃない。

ロッシュさんが私に呪いを掛けようしていたなんて信じられない、だけど彼女と話している間はなんだか頭がぼんやりとしていた。

ただ寝ぼけていただけといえばそれまでだ、だけどもしかしたら……


「あ、ありがとうございますライカさん……助けてくれて」


「安全な場所まで送り届けるのが君との契約だ、礼を言われることじゃない」


 契約、その言葉にズキリと胸が痛む。 

頭の中によみがえるロッシュさんの言葉を私は否定できない、ライカさんに迷惑をかけているんじゃないかと。


「……ライカさん、私ってお邪魔でしたか?」


「ああ、やかましくて鬱陶しくて勝手な行動も多いし熱で寝込むわで面倒なことこの上なかった」


「で、ですよねー……」


「だが君を守ると約束したのは僕だ、君が気にする事じゃない」


 開け放たれた窓枠に肘をつき、こちらに背を向けたライカさんの表情は見えない。

彼女は今、どんな顔をしているのだろうか。


「人間なんてものは皆生きてるだけで誰かに迷惑をかけるものだ、それに対する謝礼は貰っている」


「本当に良いんですか? あんなお菓子がお礼で……」


「君達の世界じゃどうだか知らないが、あれほどの甘味はこの世界じゃ貴重だ。 欲を言えばもっとないのか?」


「もう空っぽですよ、ただ材料さえあれば簡単なお菓子ぐらい作れますけど……」


「ほう、興味深い」


 弾かれたような勢いで振り返ったライカさんの目は、星のように輝いていた。

あくまで表情は平静を装っているけど、期待と興奮が隠しきれていない。 

この瞬間だけを見ると、本当に年相応の子供みたいだ。


「……ライカさん、もしお菓子のレシピを教えたらまだ一緒に居てもいいですか?」


「それは僕じゃない、君が決める事だ。 あの聖女様に着いて行くことだって間違いじゃない」


「でも何だか危ない雰囲気がするんですよね?」


「君が前向きならば洗脳なんて真似もしないだろ、逆に利用するだけして危なくなったら逃げてもいい。君にはそれができる力があるんだ」


 そうかもしれない、この世界だと私はちょっぴりだけ力が強い。

もし乱暴なことをされても振り切って逃げるパワーがある、だけど……騙して利用するようでなんかちょっといやだ。


「まあ日が明けるまでまだ時間はあるんだ、予定通り僕は明日出発する。 それまでに考えを纏めて」


「よし、決めました! 朝になったら起こしてください、おやすみなさい!!」


「えぇ……」


 腹は決まった、もう迷いはない。 朝が来たらちゃんと全てを伝えてすっきりしよう。

胸の中のもやもやが晴れると、今までの疲れもあって私の意識は数秒で眠りに落ちた。



――――――――…………

――――……

――…


「“水溜まりよ、穢れを漱げ”」


「ガボッボボボボゴボバボ!? な、なにごと!?」


「おはようモモ君、すでに5回は起こしたぞ。 何か言いたい事はあるか?」


「…………も、申し訳ございませんでした」


 すでに日は十分昇り、村人たちが朝食を済ませたころ、顔に水をぶっかけてようやくモモ君は覚醒した。

昨日の夜中にあれだけのことが起きたというのに、神経の図太い奴め。


「ほら、荷物を纏めたらとっとと出るぞ。 君を待っていたらまた日が落ちそうだ」


「ご、ご飯は……」


「干し肉とパンだ、歩きながら食え」


 干し肉を挟んだパンを加えたモモ君を連れ、民家を出ると外は随分とにぎわっていた。

渦中にいるのは例の聖女と、その周りを守る様に取り囲む祭服の人間たち。

聖女の服装よりは装飾も少なく、質も何段階か落ちるものだ。 おそらく部下か何かだろう。


「あら、おはようございます。 昨日はよく眠れましたか?」


「おはようございます! いい天気ですねロッシュさん!」


 昨日のことなど忘れたのか、聖女の面を見るなりモモ君がやかましい挨拶を返す。

こいつ、心臓が鉄でできているのか?


「ええ、雪も降らず村を出るには良い日よりでしょうね、ライカさん」


「ああ、じつに僥倖だ。 それにしても今日は随分取り巻きが多いんだな」


「ふふ、盗人たちの移送に人員を割いていたもので……それで、百瀬さん。 昨日の話は考えてくれましたか?」


「はい、誘っていただいてありがとうございます! でも私ライカさんに着いて行くので!」


 元気な返事を返しながらも、モモ君が僕の肩をぎゅっと掴む。

そうか、彼女は僕を選んだか。 ならばもう少しだけこの騒がしい旅路も続く。


「私、ライカさんの弟子になるので!!」


「…………はっ!?」


「魔術師の弟子になるので魔法遣いのロッシュさんにはついていけません、ごめんなさい!」


「あらあら、それはそれは」


「待て待て待て待て、何の冗談だモモ君? 僕は何も聞いてないぞ?」


「今話しました!! よろしくお願いしますね、ライカさん……いや、師匠!!」


 これは何の呪術だ? めまいがする、頭痛も酷い。

モモ君が弟子? 僕が師匠? 聖女の誘いを体よく断るとしてもなんでまたそんな……


「ではそういうことで、行きましょう師匠! これからいろいろ教えてくださいね、家に帰る魔術とか!」


「……ぼ、僕は……僕は認めないからなー!!!」


あまりにも強引すぎる彼女の行動に、唯一言い返せたセリフはそれだけだった。

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