がらくたばかり ②
焦る気持ちに足が追い付かない、一歩一歩がすごくもどかしい。
師匠の言われた通り、まっすぐ走っている。 走った距離は竜の体長を超えているのに、まったく終わりが見えない。
「大丈夫……大丈夫だから……!」
ぐずる赤ちゃんと自分に言い聞かせるように繰り返しながら、どこまでも続きそうな闇を突っ走る。
いくら進んでも代り映えしない景色は、本当に自分が走っているのかわからなくなる。
それでも師匠が走れと言ったなら、それは信じていい言葉だ。 私はただ、赤ちゃんを守るために走るしかない。
――――そして不意に、今まで踏みしめていた地面の感覚が唐突に消え、体が嫌な浮遊感に包まれた。
「で、出られ…………わー落ちる!?」
脱出できたのはいいが、ブレーキもかけていない私の体は勢いそのまま竜の口から飛び出してしまった。
地面はずっと遠くて、このまま落っこちたらただでは済まない。
それでも私だけならケガするだけで済むけど赤ちゃんは別だ、首が座っているかも怪しいのに。
「うわったったったったった!? 止めて止めてだれか助けてー!!」
「はい、呼ばれて飛び出て助けに参りました」
悪あがきでじたばたしていた体が、誰かに抱きかかえられて落下が止まる。
硬くつむっていた目をおそるおそる開くと、天使……いや、白い羽を生やしたロッシュさんが私をお姫様抱っこしていた。
「ろ、ロッシュさぁん!」
「はい、ロッシュ・ヒルです。 煌帝は務めを果たしたようですね、無事で何よりです」
たぶん魔法の一種なのか、ロッシュさんの背に生えた羽が羽ばたくと、軽やかな動きで竜との距離をとる。
街との距離はもうすぐそこだ、このまま竜が進み続けるとアルデバランが踏み潰されてしまう。
「ろろろロッシュさん、大変なんです! この子が幽霊船を倒せてでも倒しちゃいけなくてなんとか倒すために師匠が助けに来てくれてえーとえーと!」
「落ち着いて、まずは深呼吸どうぞ。 事情はおおよそ把握しております、その子が幽霊船に対して免疫を持つ赤子ですね?」
色々伝えたい言葉がまとまらない口を、人差し指で封殺される。
言われた通りゆっくり息を吸って吐くと、余裕のなかった頭に話を整理する余裕が生まれてきた。
「……そうです。 だけど、幽霊船を倒すためにはその子を殺してジュグ?にしなくちゃいけないって……」
「なるほど呪具ですか、たしかに同種相殺の基本からすれば理に叶った話ですね。 その話は誰から聞きました?」
「えっと、竜の体内にいた……そうです、竜のお爺ちゃんから聞きました!」
「精神体、いやクラクストンの怨霊でしょうか? で、あれば聞く耳は持たなくて大丈夫ですよ」
「そ、そうなんですか?」
あまりにも変わらない調子のロッシュさんに、だんだんと私も頭に上っていた熱が引いてきた。
気のせいか、ぐずっていた赤ちゃんもリラックスしているように思える。
「すでにクラクストンは幽霊船に堕ちた身、わざわざ人間の利となることを助言するとは思えません。 おそらく何らかの仕込みがその赤子に施されていると考えます」
「ば、爆弾か何かですか!?」
「ふふ、その程度なら可愛いものかもしれませんね。 それに同種相殺が呪詛祓いのすべてではありません、あれをご覧ください」
「えっ……あっ!」
ロッシュさんが指示した先、腐りながらもすごい形相で迫る竜の頭部が突然はじけ、その中からまぶしい光が飛び出す。
銀色の髪、丈があってないブカブカの服、そしていっつも不機嫌そうにしている皺が深い眉間。
ああよかった――――やっぱり、私の師匠は強いんだ。
「……やあ、モモ君。 そして予想通りやってきたな、アルデバランの聖女め」
――――――――…………
――――……
――…
「師匠! よかった、無事だったんですね」
「ああ、誰かさんから押し付けられた聖気のおかげでな。 ふんっ!」
呪詛まみれの腐肉を貫いて外界へ飛び出すと、外では聖女と聖女に抱えられたモモ君が待っていた。
背に生えた白い羽は高位の魔法か、ただ羽ばたくだけでも周囲の邪気が散っていくのが感じ取れる。
「お役に立てたならば何よりです、しかし聖気だけでは竜の頭蓋を粉砕する威力はないはずですが……」
「火力は魔術の本領だ。 しかしあまり期待していなかったが、頭を吹き飛ばしてもまだ動くとはな」
『ウ、オ……オオオオオォオォオォオオ……!!』
大気が震えるほどの低い音が、腐れ爛れる竜の喉から発せられる。
吹き飛ばした頭蓋からは幽霊船の黒い液体が滲みだし、傷口を埋めている。
『返、せ゛……返せぇ゛……! それは、我の……!』
「何も盗ってないですよ私!」
「赤子を奪取しただろ、竜の狙いはその子だ。 決して渡すんじゃないぞ」
「わ、わかってます! でもなんでこの子を……?」
「奴の体内を漁って理解した、その赤子は竜玉を仕込まれている」
「リューギョク?」
「人間でいえば心臓に近い……チッ、うっとうしいな」
思い通りの方法で赤子を殺せなかった焦りか、竜の攻撃も死に物狂いになってきた。
地上からは竜の肉体から延長した幽霊船の触手が無数に伸び、何もない空間からは岩や土砂が不意に現れては襲い掛かってくる。
聖女が羽や障壁で守りに徹していなければ、こうして会話する余裕もなかっただろう。
「竜玉とは竜の命に等しい存在だ。 あふれんばかりの魔力を生み出し、竜の生命力を補助する。 竜玉がある限り、頭や心臓を潰しても奴らは即死しない」
「そんな大事なものを赤ちゃんに預けちゃったんですか!?」
「だからだよ。 幽霊船に身を蝕まれているかぎり竜は殺され続けている。 だから一度自分の命を手放し、体内の邪魔者を除去する必要があった」
「…………あっ!」
「気づいたか。 やつが何度も赤子を殺せと促したのはそのためだ。 その子は幽霊船を殺す弾丸であり、竜に再度命を吹き込む要となる」
気づかず竜の言いなりになっていたら、赤子を素材とした呪具は確かに幽霊船に対する特効薬になったかもしれない。
だがそこには竜玉という不純物が含まれる。 そんなものを竜へ打ち込めば、出来上がるのは呪詛に耐性を持つ竜だ。
クラクストンに幽霊船を殺す気はない。 奴は自分に耐性を作り、幽霊船を支配下に置こうとしているのだ。




