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異世界ベテラン幼女師匠  作者: 赤しゃり
本編

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氾濫 ⑦

『――――おぎゃあ』


 黒い水の底から湧き出て来たのは、あの真っ黒な赤ちゃんだった。

鳴き声は弱弱しい、すでにかなり衰弱しているようにも見える。

本来ならすぐにでも助け出して保護しなければ死んでしまうと思えるほどに。


『悪意を煮詰める蟲毒の窯、そこに生存者は必要なかった。 しかし。一つだけ誤算があったのだ』


「誤算……?」


『子を孕んでいたのだ、生贄となった罪人の一人がな』


「まさか、それが……」


『あの赤子だ。 生まれながらにし、この呪詛の産湯に浸かって生存できる唯一の生命体でもある』


 そうか……生まれた時から、幽霊船の呪いにさらされる環境が当たり前だったんだ。

普通の人なら死んでしまうような環境が、あの子にとっては「普通」だから無事でいられる。


「けど時間が合いませんよ。 幽霊船が生まれたのはずっと前なんじゃないですか?」


『ああ、本来ならばとっくに寿命を迎えているだろう……だが、あれを見ろ』


 お爺ちゃんに謂れ、再び水に浮かぶ赤ちゃんに目を向ける。

すると、小さな産声を上げていた赤ちゃんが、どんどん水に沈んでいくではないか。


「な、なんで?」


『呪いに耐性を持つとはいえ、それ以外はただの赤子。 母親も居ぬ環境で生きていけるわけがない、故に()()()()()()()()()()


「そんなこと……あり得るんですか?」


『信じがたいことだが、現に目の前で起きている。 おそらくだが、幽霊船に残された一縷の善性なのだろう』


「善性……」


 お爺ちゃんは、この酷い現象を悪意を煮詰める作業と言っていた。

人の優しさを取り除いて、ドロドロに煮詰めても残ったほんのわずかな善性。

それはきっと、どれだけ酷い目に会おうとも犠牲になった人たちが捨てきれなかった人間の証なんだ。


『赤子は仮死状態で成長を妨げられ、保存されている。 ともかく人類にとっては貴重な幽霊船に免疫を持つ個体だ』


「なるほど、つまりその子を外に連れ出せばいいんですね!」


『ああ、そして()()


「――――――は?」


『赤子を外に持ち出して殺せ。 幽霊船の内部ではだめだ、取り込まれる恐れがある』


 お爺ちゃんが、何を言っているのか分からない。

コロセ? 幽霊船の犠牲になった人たちが見捨てなかった最後の命を、私に殺せと言っているのか?


「どう、して……?」


『目には目を、歯には歯を。 同種相殺は呪いの基礎だ、故に赤子の死骸は幽霊船を打破する良き素材となる』


「で、できません! 赤ちゃんを殺せだなんて、私にはできない!!」


『ならばより多くの命が失せるぞ。 幽霊船は歩みを止めぬ、このまま進めばいずれ街まで届くだろう』


「だとしても……!」


『赤子の命一つと、数多の命。 天秤にかけるまでもない、簡単な解ではないのか?』


 お爺ちゃんは本当に不思議そうな声で聞き返す。

ああ、そうか。 この人は……いや、この竜は「人」に何の感情も持っていない。

ただ必要だから私に話しかけて、動かしてるにすぎない。 


「……お爺ちゃん、は……嫌じゃないんですか、たとえば同じ竜同士で殺し合うこととか……」


『それは……ああ、()()だな。 だが汝には今、殺してもらわなければ困る』


 駄目だ、分かり合えない。 私達はただ、会話ができるだけだったんだ。

街の人たちを死なせたくはない、だけど私はこの子も殺したくはない。

だってこの子は産声を上げている、生きたいといっている。 それに幽霊船の人たちが繋いだ命なら、殺せるものか。


「なんで……そこまでして、あなたは幽霊船を倒したいんですか?」


『人間なら共感できる理由だろう? これは“報復”だ、奴に殺された恨みを晴らしたい』


 復讐はむなしいだけ、なんて言葉は通用しない。 なにせ殺された本人たっての希望なのだ。

第三者の私が何を言っても止まらないはずだ、「復讐したい」というその言葉が本当ならば。


『殺せ、お前たちに不利益はない。 その赤子を触媒とすれば、幽霊船を破却できる』


「お爺ちゃん……」


『殺せ、首を折るだけでいい。 脆さは普通の赤子と変わらぬ』


「お爺ちゃん」


『――――なんだ、人の子よ』


「えっと、もしかしてなんですけど……まだなにか隠し事してませんか?」


『―――――……』


 途端に、お爺ちゃんが纏う空気が変わる。

ああこれは駄目だ、失敗した。 もっと慎重に聞くべきだった。

だって、おかしいもん。 復讐なら他人に任せず、自分の手でやり遂げたいはずなのに。


「お、お爺ちゃん! ちゃんと考えていることを教えてください、状況によっては協力も可能ですよ!」


『いや、もういい。 そもそも人の手を()()()ことが間違いだった』


 景色が揺らぎ、目を背けたかった光景が煙のように消えていく。

まずい、何が起きるのかは分からないけどとてもまずい気がする。 逃げなきゃ、でもどこへ?

今までお爺ちゃんの力で守られていたのに、今さらにどこに逃げれば助かるんだろうか。


『気が変わった、面倒だが別の人間を使うことにする。 貴様はもう、いらないな』


「っ……!」





「――――やあ、それならこちらで回収しても問題ないかい?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] お師匠さまー待ってたよー
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