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異世界ベテラン幼女師匠  作者: 赤しゃり
本編

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氾濫 ⑤

「ふ、船?」


 手に触れた木の感触はじっとりと湿って、表面は苔がむしている。

火の照らす範囲を見るだけでもかなり古そうだ、それこそ本当に「幽霊船」のように。


「…………よし、乗ろう!」


 このまま水に使ってジャブジャブしているよりも、見つかった船に乗り込んだ方が有意義な気がする。

それに赤ちゃんもずっと水に浸すわけには行かない、どこかちゃんとしたところで改めて安否を確認したい。

師匠だって同じ判断をしたはずだ。 たぶん、きっと、おそらく。


「お、お邪魔しまーす……って、返事はないか」


 念のため、一言断ってから船の上に飛び乗る。

たぶん甲板だろうか、足元の床板は所々腐っていたり穴が開いていたりでボロボロだ。

気をつけて歩かないと落っこちてしまいそうになる。


「うひぃ、もっと頑丈そうな場所ないかな……」


『――――ああ、よく来た』


 誰もいないはずの甲板に、くぐもった老人の声が聞こえた。

反射的に声の聞こえた方へ振り返ると、甲板の一部だけ照明に照らされているかのように明るい。 

そしてその光の中から、安楽椅子に腰かけたお爺ちゃんが、じぃっとこちらを見つめていた。


『よく来たな、人の子。 こちらに来い、お前に伝えなければならないことがある』


「お、お爺ちゃんもドラゴンに食べられちゃった人ですか!?」


『いや、違う。 ()()()()、すでに死んでいるがな』


 安楽椅子を揺らしながら、お爺ちゃんが袖をまくって自分の腕を見せる。

欠陥が浮かんだシワシワの腕は腐ったように変色し、ところどころウロコのようなものが生えている。


「そ、その腕……」


『肉体の状況が反映されているだけだ。 この姿も、汝らと話すために……ゴホッ』


「だ、大丈夫ですか!?」


 お爺ちゃんが咳き込むと、緑色の血が口から噴き出す。

あわてて駆け寄って椅子から転げそうになる身体を支えようとするが、私の腕はお爺ちゃんの身体をすり抜けてしまった。


『こ、ここに我の実体はない……忌々しい呪詛に侵される寸前、残る遺志と魔力で生み出した残留思念のようなもの、だ』


「つまり……ドラゴンのおばけってことですね」


『時間はない、解釈は任せる。 汝を保護している力もそこまで長くは持たないからな』


「お爺ちゃんが私を守ってくれていたんですか?」


『ああ、でなければ汝はとっくの昔に幽霊船に取り込まれている。 そこの赤子のようにな』


 お爺ちゃんが、私が抱く赤ちゃんを指し示す。 

明るい空間に出ても赤ちゃんは真っ黒なままだ、袖で擦っても黒ずみが落ちる気配はない。


「えーとえーっと……この子について、説明してもらう時間はありますか?」


『無論、そのために汝を呼んだのだ』


 お爺ちゃんが震える指先で椅子の手すりをトントンと叩くと、周りを照らしていた光が一気に広がる。

おかげでようやく甲板の全貌が見えた。 カビかコケか分からないものが生えた床板、ところどころ抜け落ちた穴、それに――――乾き切っていない血だまりと、人の骨が数えきれないほど散らばっている。


「ひっ……!?」


『それは、この船に取り込まれたものの果てだ。 汝には、この船の始まりを知ってもらう』


「ゆ、幽霊船の始まり……? それを知って、私に何をしろと?」


『時間がないのだ、まずは一度視てもらう』


「だから見るってなに……うわぁ!?」


 お爺ちゃんが再び手すりを叩くと、足元の床が急に崩れて、船の中へと落とされる。

急に床がなくなったものだから尻もちをついてしまった、落とすなら落とすと最初に行ってほしい。


「もー、何なんですか一体! ……って、あれ!? 赤ちゃんは!?」


 ずっと腕に抱きしめていた赤ちゃんが、いつの間にか消えている。 もしかして落下の衝撃で落としてしまったのだろうか。

周囲を探してみても、ここは小さい物置小屋のような部屋だ。 見える範囲にはどこにも赤ちゃんの姿はない。

こんなことなら指を差してマーキングしておくべきだった、私が尻の痛みにもだえている隙に何処かへ行ってしまったのかもしれない。


「あ、赤ちゃーん!? どこ行って……うぐっ!?」


 回りにいないことを確認して、部屋に設置された唯一の扉を開ける。

するとその瞬間、むっと沸き立ったのは強烈な腐敗臭だった。

それはエルナトの一件で嗅いだ覚えのある、二度と嗅ぎたくなかった人の腐る臭い。


 扉の先に待っていたのは、部屋いっぱいに隙間がないほど敷き詰められた「人」だ。


「…………な、なに……これ……?」


『汝と同じ、人間だ』


「そういうことを聞いてるんじゃないです、どういうことなんですかこれは!?」


 あまりにも惨い光景に、思わずどこからか聞こえてきたお爺ちゃんの声に怒鳴り返してしまった。

床に横たわった人たちはみんなガリガリにやせ細って、なんとかまだ生きているような状態だ。

すでに半分ぐらいは死んでしまっている、この腐臭もその人たちから漂ってきたものだろう。


『これは幽霊船の過去を映した映像のようなものだ、汝がいくら激昂しようと変わるものではない』


「そんな……この人たちは、いったい何のためにこんなひどい……」


『おそらく、罪人だ。 幽霊船を作り上げるために集められた』


 私の疑問に対し、姿が見えないお爺ちゃんの声はいっさい戸惑う事なく答える。

目の前の惨状に一切の関心がないその声は、人とは違う生き物なんだと強く主張しているように思えた。


『呪詛の始まりはここからだ、よく見ろ。 そして――――必ず外へと持ち帰るのだ』

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