師匠と弟子 ④
「ううう……お腹いっぱい……」
「食べ過ぎだバカ、ほどほどにしておけと言っただろ」
宴もたけなわで終わり、日も沈んで皆が皆自分の家に戻ったころ、モモ君は食べ過ぎでベッドに伏していた。
神の寵愛とやらのせいか、彼女の身体はかなり燃費が悪い。 人並み以上に食べないとすぐに腹が減るらしい。
「天候次第だが明日には出発するからな、それまでに体調を整えておけよ」
「は、はぁーい」
これ以上この村で停滞するのはごめんだ。
それに食べ過ぎは自業自得、明日まで動けないようなら容赦なく置いて行こう。
「夜更かしせずにちゃんと寝る様に……って、言うまでもないな」
「zzz……」
先ほどまでうんうん唸っていたというのに、この入眠の速さだけは見習いたいものだ。
「まったく、ずっと寝ていてくれたら静かで助かるんだがな」
「うぅん……おかあさん……」
起こさぬようにそっと部屋から抜け出ようとしたが、その寝言に後ろ髪を引かれた。
振り返ると、ベッドで眠る彼女の目じりにはうっすらと涙が滲んでいた。
思えば彼女は着の身着のままで見知らぬ世界に放り出された存在だ、家族だって恋しくなるだろう。
「…………帰れるといいな、君は」
1000年のかび臭い知識、そのうえ実際に出会ったのも彼女が初めてだ。
それでも僕は聞いた事がない、渡来人が無事に元の世界に戻ったという話を。
……だがそれがどうした、僕には関係ない話だ。 忘れろ、余計な情など懐くんじゃない。
「……おやすみ」
涙を浮かべる寝顔から逃げるように、僕はその部屋を後にした。
――――――――…………
――――……
――…
『ん? おお、ロリ殿! こんな夜更けに如何なされた!』
「君は……って、なにやっているんだ?」
『ンン、星を見ながら酒を一杯傾けていたでござる!』
夜風に当たろうと外に出ると、聖女の護衛である甲冑ゴーレムが胡坐を掻きながら酒を飲んでいた。
「ゴーレムなのに飲食が必要なのか……?」
『ご安心召されよロリ殿! 某には賢者の石なる機構が組み込まれ、摂食したものはすべて駆動魔力に変換されるのでござる!』
「それはまた興味深い設計だな、あとロリロリ呼ぶな。 僕はライカ・ガラクーチカだ」
『ンン、失敬。 某の製作者の趣味でござる、なんでも渡来人だったとか』
「……なに?」
渡来人がこのゴーレムを作成しただと?
このゴーレムの性能は僕が即席で作った水ゴーレムの比ではない、例えあれを何十体と並べても蹴散らされる気しかない。
途方もない労力と才能、そして恵まされた素材が無ければ不可能だ。 それを渡来人が?
『容量の問題で創造主の記憶は朧気でござるが、たしかにこの身体には渡来人の技術が練り込まれているでござる!』
「それは男か? 女か? 何年前の話だ? その渡来人は……」
――――元の世界に帰ったのか、と吐き出しかけた口を閉じる。
バカな事を聞くな、その答えがイエスでもノーでも僕には関係ない話じゃないか。
余計な事に首を突っ込む事は止めろ、どうせ彼女とは次の町までの付き合いなのだから。
『うーむ、某もうろ覚えゆえ……そういえば、ライカ殿の連れもまた渡来人であったな。 やはり心配でござるか?』
「連れじゃない、勝手について来ただけだ。 それに心配というなら君こそあの聖女様に着いてなくていいのか?」
『仔細ない、某のレーダーによれば半径5㎞圏内に怪しき影はないでござる』
「そうか、本当に多機能だな」
会話能力、食事による燃料補給、おまけに探知能力も備えているのか。
護衛ならばさらに十分な戦闘能力も備えているはずだ、魔術師として一度分解して内部構造を把握したくなる。
『ライカ殿、なにやら目が怖いでござるが?』
「ああ、すまない。 少し悪い好奇心がうずいた」
『ううむ、ライカ殿は本当に子供なのか疑問でござるな……』
「見た目だけはな、いろいろと厄介な立場でね」
『そういえば、ここに来る前に立ち寄った村でも同じような話を聞いたでござる』
あやうく顔に出そうになった動揺を噛み殺す。
そうだ、迂闊だった。 何も聖女はこの村だけに顔を出していたわけじゃない、他の村にも同様にけがの治療に訪れていたとしたら……
『実はその盗賊共には一度襲われ、逃げられたあとにその村で再会したのでござるが……たしか雪のような白髪のガキにやられたなどと』
「気のせいじゃないか? いや気のせいに違いない、追い込まれたがゆえに口から出た出まかせだろうきっとそうだ間違いない」
『なんと、そうでござったか。 いやはや面の皮が厚い連中でござる!』
よかった、どうやら思考回路はそこまで性能がよろしくないらしい。
しかしこのゴーレムが聞いているならまずあの聖女様の耳にも入っているはずだ、あちらを誤魔化すのは難しいだろう。
仮にも聖職者に自分の罪状を知られるのは良いものじゃない、いっそボロが出る前にさっさと逃げてしまうか。
『しかし盗賊団の頭領はピンク髪の女を相方に連れていたと……』
「それこそ勘違いだろう、モモ君はただの一時的な同行人だ。 相方なんかじゃない」
『そうでござるか、では某たちが引き取ってもよろしいか』
「…………なに?」
ゴーレムから発せられる合成音声のトーンが1段階下がる。
それと同時に周囲の空気が張り詰め、気温がさらに低下したような錯覚を覚える。
『神の寵愛とはそのものズバリ神に愛された者の証! ゆえにアスクレス信徒の名の元、迷える渡来人は我々で保護しているのでござる』
「保護だと? 戦力増強の間違いじゃないのか」
『そう思われても致し方なし、しかし悪いようには扱わないでござるよ?』
たしかにそうだ、自分なんかについて来るよりは待遇はずっといいだろう。
雪の寒さに凍える事も、熱に浮かされるような事もない。 それにここで彼女と縁が切れるなら万々歳だ。
―――だというのに、この胸に残る違和感は一体何だ?
「……まあ、良いんじゃないか。 ただ本人が同意するならだが」
『その点なら心配召されるな、すでにロッシュ殿が話し合いに向かったでござる』
「なんだと?」
モモ君が寝ている民家へ振り返って見れば、灯りを消したはずの窓から光が漏れている。
それにこの気配、モモ君ではない何者かが室内にいる。
――――――――…………
――――……
――…
「うぅーん……あれぇ?」
なにかお腹に温かい感覚を覚え、目が覚める。
まさかこの年でやってしまったと一瞬ぞっとしたけど、おねしょではない。
もっと優しい何かが食べ過ぎたお腹を癒してくれているような……
「これは……ロッシュさん?」
「あら、起こしてしまいましたね。 ごめんなさい、食べ過ぎで苦しんでいると聞いたもので」
覚えのある感覚で寝ぼけた目を擦ってみると、私の枕元にはロッシュさんが座っていた。
「ですが、起きてしまったのなら都合がいいですね。 百瀬さん、少しお話しませんか?」