竜の寝床 ⑤
「それじゃ見送りはここまでだな、せいぜいつまらない死に方はするなよ」
「はぁい……行ってきまーす」
「ちょっと腹が痛いから今日は出直さねえか……?」
「駄目ですよノヴァさん、一緒に頑張りましょう」
翌朝、城壁の外に用意された馬車まで二人を見送る。
よく言えば年季が入ったアンティーク、悪く言えばボロい馬車だ。 商人が使い込んでいたものを安値で引き取ったのだろう。
片道分だけ壊れなければそれでいいという考えか、はじめから帰還することは期待されていない。
「でもよぉ、結局固有魔術なんて身に付けられなかったぜ?」
「想定内だ。 そんなもの、初めから出来たら儲けぐらいの考えだったからな」
「俺たちの苦労は何だったんだ」
「気持ちの問題だ、無理難題をこなそうとすれば死ぬ気で努力するしかなくなるからな。 死地の潜り方ぐらいは身に着けただろ」
「そうですね、師匠のおかげ……おかげ?でなんとか」
「何度も言うが、竜の力は僕の比ではないからな。 決して慢心はするな、警戒し過ぎても足りないぐらいだと思え」
「はい! ……でも師匠、私達馬車の扱いなんてわかりません!」
「だろうと思って助っ人を呼んである、心配せず乗り込め」
首をかしげるモモ君に向かい、馬車の荷台を指し示す。
そこにはすでに一足早く乗り込む人影があった。 流石聖女が声を掛けただけあって準備が早い。
「うぅ……なんで……なんで私がこんな目に……!」
「……あれ? 師匠、あの人って?」
「ああ、シュテル君を誘拐しかけた不届きものだ。 ノヴァ同様、罪を償うために快く協力してくれるそうだぞ」
「誰が好き好んで同行するかこんな自殺ツアー!! 見ろこの手枷、契約違反すると爆発するんだぞ!?」
「おう、俺と同じもんだな」
荷台から顔を出し、涙を浮かべながらキレ散らかす褐色の少女。
彼女は以前、ウムラヴォルフ家の騒動で暗躍した暗殺者の一人であり、固有魔術を扱える魔術師でもある。
「名はクスフというらしい。 好きにこき使ってくれ、彼女の固有魔術はなにかしら使えるだろ」
「ああ、地面に潜るやつですね! よろしくお願いクスフさん!」
「なんでこいつこんなに乗り気なんだよ! 一番関係ない癖に!」
「文句を垂れるのは勝手だが、あまりもたもたしてると腕輪にサボりと見なされるぞ」
「クッソー、なんでわたしがこんな目に! ほら、さっさと乗り込めバカども!!」
「おめーもバカの一員だクソガキ! 姐さん、骨は拾ってくれよ!」
「骨が残ると良いな」
「「恐ろしいこと言うな!!」」
この二人、出会ったばかりだというのにいいコンビをしているじゃないか。
「師匠、それじゃ行ってきます! 夕飯はカレーライスが良いです!」
「ギルドの職員に伝えておくよ、心おきなく死んで来い」
「はい、死ぬ気で頑張ります!」
暗殺少女が操る手綱に乗せて、ギシギシ悲鳴を上げながら馬車が動き出す。
大まかな計算だが、この街から山までおよそ3時間はかかるだろうか。 調査も一日二日で終わるとは思えない。
カレーライスなるものが何かは知らないが、あのギルド職員に頼めば用意してもらえるだろうか。
「……ま、奴らが帰って来てから考えるか」
今からすでに「お腹が空いた」と騒ぐモモ君の姿が見える。
不思議なものだ。 竜の巣なんて危険地帯に踏み込むというのに、彼女が死ぬような未来が全く想像できないでいる。
「余計な雑念に邪魔されずこちらに集中できるのはいいことだな」
胸ポケットにしまっていた封筒を取り出す。
さて、今さらウムラヴォルフ家の当主様がどの面下げて何の用事があるのか、楽しみにしながら向かおうか。
――――――――…………
――――……
――…
「……おい、着いたぞ。 生きてるのか?」
「zzz……はっ!? も、もう着いたんですか!?」
「寝るな! たっぷり三時間以上は掛かったわ!!」
このピンク髪の女、人がひーこら馬を繰る間ずっと寝ていたのか。
イカれてる、頭のネジが何本かすっ飛んでいるとしか思えない。
思えば貴族の子供を攫う時もこいつのイカれ具合のせいで失敗したようなもんだ、ええい忌々しい。
「ご、ごめんなさーい! すぐに準備しま……うわーおっきい山!」
「なんか嬢ちゃん見てると一周回って落ち着いてくるな」
「帰りたいよー! なんでこんな変な奴らしかいないんだ!!」
かたや能天気のアホピンク、かたやピンクよりましだが私より格下のおっさん魔術師。
今からこの三人で竜の巣に突入し、「何故ワイバーンが聖女たちの乗る船を襲ったのか」という原因を探さなければならない。
絶望だ、絶望しかない。 完全に仕事の引き際を誤った、私は今からここで死ぬんだ。
「まあそうカリカリすんなって、俺はもう諦めの境地に入ったぞ。 干し肉食うか?」
「諦めちゃ駄目なんだよ、あんたと違って私まだまだ若いんだぞ! あと勝手に貴重な食料に手を付けるな!!」
「良いじゃねえかよ減るもんじゃ……いや減るか、だがそこに山があるんだから獣ぐらい狩れば飯の足しになるだろ?」
「おっさん、あんた本当に魔術師か? その獣の気配が一切しないんだよ」
「……マジ?」
吐き気を覚えるほどに不気味だ、あの山はすでに死んでいる。
緑も少なく、岩肌をむき出しにした鋭い山脈。 決して豊かな土壌ではないが、それでも生態系を築く生き物は少なからず存在するものだ。
だがワイバーンどころか、動くものの気配が何ひとつ感じられない。 それにさきほどからそよ風一つ感じない、悍ましい海が近いというのに完全に凪いでいるのだ。
これを不気味と言わず何という。 よほどのバカじゃなければこれが異常事態だと分かるはずだ。
「そうなんですか……私にはさっぱり分からないです」
「俺も言われて気付いたわ、状況探知は苦手なんだよなぁ」
「よほどのバカしか揃ってない……!!」
正直この腕輪ごと片手を斬り落として逃げてしまいたいが、アストアエラの連中がそんな抜け道を用意しているとは思えない。
乗り込むしかないのだ、この全身が警鐘を鳴らしている危険な山に。
そうだ、3人の人材は決して協力するためのものではない。 こいつらは肉盾で身代わりで人身御供なのだ、私が生きて帰るための!
「じゃあ私ちょっと様子見てきますね、すぐに戻ります!」
「えっ」
如何にしてこの二人を出し抜こうかと考えている隙に、アホのピンク髪が一足早く駆け出して行った。
そして人間のそれとは思えない脚力で飛んで跳ねるピンクの姿は、あっという間に豆粒大へと変わる。 恐れ知らずどころか自殺志願者か?
「お、おい……止めなくていいのか?」
「いや、今さら止めたところで声届くか?」
「そりゃそうだけども……」
おっさんの反応も「やっぱりね」とでも言いたげな淡白さだ、こいつらは仲間じゃなかったのか?
ダメだ、あのアホピンクは死んだ、絶対死んだ。 そして計算も大いに狂った、こんなに早くから一人脱落するなんてどうしたらいいんだ。
「よ――――っとぉ、戻りました!」
「お、オワー!? お化け!?」
「お化けじゃないです、モモです!」
時間にして1分ほど、アホは宣言通りすぐに戻ってきた。
確かにすぐ戻るとは言ったが早すぎる、犬死よりはマシだが何の成果も無いんじゃ危険を冒した意味もないじゃないか。
「おかえり嬢ちゃん、なんかあったか?」
「ありました。 あったんですけどそのぉ……」
「なんだ? 何か見つけたんなら教えてくれよ、命に関わるんだぜ?」
「えっとですね、なんというか……死んでました」
「死んでた? 誰が?」
「…………たぶん、ドラゴンさんが死んでます、この先で」




