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異世界ベテラン幼女師匠  作者: 赤しゃり
本編

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竜の寝床 ②

「待たせたな二人とも、河岸を変えるぞ」


「あっ、おかえりなさい師匠……って、なんですか急に」


 もはや待ち合わせの定番として使われつつあるギルドのロビーでは、すでに暇を持て余していたモモ君とノヴァが空の酒樽を積み重ねてジョッキタワーを形成していた。

たしかこの二人はもうじき死地に踏み込まなければならない罪人とその付き添いだったはずだが、この緊張感のなさは一体なんだ。


「はぁー……これから君達を死なない程度に殺す気で鍛える、だから場所を変えると言ったんだ。 ここの訓練場じゃ脆すぎるからな」


「なんかおかしいところありませんでしたか今の台詞」


「気のせいだろ、それに万が一の保険は用意してある」


「はい、呼ばれて飛び出て聖女です。 悩める子羊のため溜まっていた仕事をほったらかしにして飛んできちゃいました」


「あっ、ロッシュさん! 良いんですかそれ!?」


 僕の後を追って入ってきた聖女の姿を見て、難しい顔をしていたモモ君の表情が晴れた。

対照的にノヴァは苦虫を数十匹噛み潰したかのようなしかめっ面だ、よほど聖女が恐ろしいと見える。


「どれもこれも人の命が係わるような案件ではないので、私の中の優先度は低いのです。 やれ会食だ謁見だとなんだのばかりで」


「上の階級の汚い所ばかりを見て聖女様はお疲れだ、ゆえに労いの意味を兼ねて連れ出してきた」


「い、良いんですかね……? それにその、ロッシュさんの力が必要なんですか?」


「言ったろ、()()()()()()()()()()()()()()()()()と」


「…………お、俺ちょっと用事を思い出したから」


『ダメでござる、しっかり修業は受けてもらうでござるよ』


「うわああぁー!!? 離せー!!!」


 未来を察し、逃げようとしていたノヴァを音もなく忍び寄ったゴーレムが羽交い絞めにする。

この期に及んでまだ逃げようとするとは、やはり駄目だな。 多少はマシになったが、この男にはまだ覚悟が足りていない。


「移動するぞ、最低限の手荷物だけ持ってついてこい。 少し遠いぞ」


「遠いって、どこに行くんですか?」


「街の外だ、地形を変えても問題なさそうなところはすでに見繕ってある」



――――――――…………

――――……

――…



「竜とはつまり、生きた天災です」


 見渡る限りの草原の真っただ中、まるで聖書の一文を引用するかのように聖女は語る。


「歩けば地震、鳴けば雷、吐き出す吐息は大火災、ひとたび触れた逆鱗は辺り一面の地形と天候を書き換えると言われております」


「そういうことだ、だから僕の魔術ぐらい捌けるようにならないと話にならないぞ」


「ハァ……ハァ……ハァ……し、死ぬ……」


「こ、殺される……贖罪以前に今ここで殺される……!」


「大丈夫だ、死んでも直してくれる心優しい聖女様がここにいるだろう?」


「「悪魔ー!!」」


 ウォーミングアップとして少し強めに打ち込んだだけで、愚か者二人からは非難轟々だ。

時間が無いというのに、今のままじゃ命がいくつあろうと足りやしない。


「うふふ、悪魔と言われたのは初めてです」


「安心しろ、僕に対する罵倒だ。 まったく先が思いやられるな、竜の恐ろしさが分かってないのか?」


「私は異世界出身ですよ師匠! 分からなくたってしょうがなあっぶなぁーい!?」


「なんだ、これくらいなら反応できるか」


 モモ君の眉間目掛けて射出した氷の礫は、寸でのところで差し込まれた掌に止められる。

反応速度は悪くないが、隙が多すぎる。 今のように真正面から分かりやすく撃ち込まないと防御もやっとか。


「少し昔話をしよう、僕が出会った竜の話だ。 多少の参考にはなる、そのまま聞け」


「おい嬢ちゃん、俺の聞き間違いじゃなきゃ今ブベラァ!?」


「ノヴァさーん! 油断しちゃ駄目ですよ、今日の師匠容赦ないです!!」


「だーれが手を止めると言った、目の前の脅威を処理しつつ傾聴しろ。 思考の並列処理は魔術師にとって重要だぞ」


 今度はさきほどよりも強め早めの礫を射出してみたが、見事に脳天へ直撃。

ノヴァは瞬間出力こそ高いが、防御技術がまるでなっていない。 その自慢の火力すら竜の鱗を前にしては無いも同然と言える。


「その竜の名はたしかギベオンだったかな、アルデバランの城壁を軽く超す巨躯だった。 クソバカ……失礼、軽率が足を生やして動いてるような同行人のせいでその竜の怒りを買ってしまってね」


「言葉の端々から恨み怒りが感じ取れるな……」


「詳細は省くが、僕らは竜に襲われた。 表皮は鉄を何層にも重ねたかのように強靭で、奴らは体液の一滴にすら濃密な魔力が練り込まれている。 恐ろしいのはこの魔力だ」


 1000年前の出来事だというのに、当時の記憶が鮮明に思い出せる。

腹立たしさはひとまず隅に置き、よくもまあ生き残れたものだと自分をほめてやりたい。


「濃すぎる魔力は周囲の環境を狂わせる、そこに竜の意志は関係ない。 ギベオンの周囲には常に、荒れ狂う魔力で無数の魔術が自然発生していた」


「具体的にはどのような?」


「雪崩、灼熱、大嵐、溶岩、激震、あらゆる災害が絶え間なく混然一体となって襲ってくるようなものだった」


 ギベオンの周囲に人類の生存権などはない、ありとあらゆる理不尽が形となって降りかかる。

しかもこれらはただの“現象”でしかない、そこに竜が在るというだけで起こる。 たとえいくら耐えようと終わることはないのだ。

ただそこに在るだけの恐怖――――竜災ギベオン、それがやつの()()の名前だった。


「あの山に住まう竜がどんなものか知らないが、人間にとって規格外であるということは変わらないだろ。 僕の訓練はギベオンの1/100にも及ばないんだぞ、もう少し頑張れ」


「ライカさんライカさん、少しよろしいでしょうか?」


「むっ、どうした聖女?」


 さきほどから唯一相槌を打ってくれていた聖女が、僕の袖をつまんで引っ張る。


「ごらんの通りです、お二人ともすでに気絶しております」


「……なんだとぉ?」


 聖女が示した先にあるのは、ボコボコに歪んだ草原だったものと、そのうえに転がる二人の弟子。

話に気を割かれて魔術の発動が片手間になっていたが、1分も持たないのは大問題だ。


「こんなことでは本当に死んでしまうぞ……最低限、固有魔術ぐらいは身に着けてもらいたいというのに」

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