師匠と弟子 ③
「髪……? わ゛ぁー!? すごいピンク!?」
「今さらが過ぎるな」
指摘されてようやく気付いたのか、モモ君が自らの髪を確認して悲鳴を上げる。
まさか自分の変化に気付いていなかったのか、たしか自分と出会った時からピンク色の髪だったと思うが。
「ああぁぁあぁあ……ふ、不良娘になってしまった……」
「別にいいじゃないか、綺麗な桃色だろ」
「えっ、そうですか? えへへ……じゃないんですよ! 元は黒髪だったんですよ私!?」
「まあまあ。 渡来人の方が魔力に触れ、髪や眼の色が変わるというのはよく聞く話です」
「へえそうなんですか……あれ、私渡来人って言いましたっけ?」
いよいよ突っ込む気力も失せて来た、自分が今着ている服まで忘れたのか。
彼女の服装はこの世界ではかなり浮く、聖女が渡来人と推測したのもそれが原因だろう。
「しかしそうなると……百瀬さん、軽くジャンプしてもらっても?」
「へっ? 構いませんけど……えいっ」
モモ君がその場で跳躍――――した瞬間、雪煙を残して彼女の姿が眼前から消えた。
否、消失したわけではない。 目にも止まらない速度でモモ君が真上に跳んで行ったのだ。
「な、な、なんですかこれー!?」
「やあ、どういうことだこれは……」
前から聞こえてくるうるさい声に天を見上げると、民家の屋根をはるかに超えた高さからモモ君が落ちてきた。
そのまま雪の上に尻から着地、生身ならけがは免れないような高さだが、彼女は何事もなかったかのように立ち上がった。
「……ら、ライカさん……何かしました……?」
「僕は何も、そちらの聖女様も一切手を出していないぞ」
「ええ、なんでも渡来人の方々はこの世界で魔力に感応し、新たな能力に目覚める事があるとか」
「な、なるほど~?」
考えてみれば、いくら子供の身体とはいえ鎖が巻き付いた僕の体を軽々持ち上げたり、弓の間合いから村人まで一息で距離を詰めるなど片鱗はあった。
盗賊団のボスを無力化した時も、彼女は襲い掛かる火球のほとんどを自力で躱していたのだ。
僕が迎撃したものは良くて2割ほどしかない。
「わたくし共はこれを神の寵愛と呼んでおります、おそらく発熱は身体が魔力にびっくりしてしまったのでしょう」
「で、回復と共に本格的に覚醒したという訳か。 脚力以外はどうなんだ?」
「すごいですライカさん、私力持ちです!!」
『ンンッ! 持ち上げられるのは中々ない体験でござるッ!』
ちょっと目を離した隙にモモ君は甲冑ゴーレムを持ち上げて戯れていた。
おおよそ数百キロ、あるいはトンを超えるかもしれない巨体は、魔術の補助があっても容易に抱えられるものではない。
膂力、脚力、そしてその身体能力に耐えうる強度もある。 もしかすればあの盗賊団もモモ君一人で壊滅できたのではないだろうか。
「しかしこうなるとあれですね……うっかりライカさんを押し潰してしまわないか心配です」
「やめろ、君が言うと冗談にも聞こえない!」
「聖女様ー! 歓迎の宴が整いました、ぜひとも参加してください!」
「あらあら、いつもけっこうだと言っているのに……」
モモ君が過ぎた力の調整に苦しんでいると、遠くから撤収したと思っていた村人が呼びかけて来た。
無償で村人の治療をする聖女様へのせめてもの恩返しというわけか、本人はあまり望んでいないようだが。
「折角用意した料理が無駄になってはもったいない、お嬢さんたちも一緒にどうじゃ?」
「ライカさんライカさん、ご飯食べられるみたいですよ!」
「おい、部外者が邪魔しちゃ……いや、いいか。 まだ聞きたい事もあることだしな」
「あら、いったいなんでしょうか?」
――――――――…………
――――……
――…
「それでな、聖女様はすごい人でな。 何もお返しできんのにワシらが困っているとすぐに……」
「おじいちゃん、その話もう5回目です!」
「酔ってるな、水飲ませて寝かしておけ」
聖女様を歓迎する宴、とはいってもそこまで大それたものではない。
保存食と家畜を潰して加工した肉などが並び、葡萄酒とミルクを添えただけの食事会みたいなものだ。
この規模の村ならむしろ奮発した方だろう、隣のモモ君も遠慮なく料理に手を付けている。
「聖女って呼ばれてますけど、ロッシュさんって偉い人なんですか?」
「一応アルデバラン……この地方で一番大きな国では名の知れた魔法遣いとして扱われております」
「おぉー、それってとってもすごいです!!」
「アルデバランか、また知らない名前だな……」
1000年前の記憶はすでに朧気だが、それでもアルデバランという国に聞き覚えはない。
やはり途方もない月日が流れると国も土地も変わってしまうのなのか。 しかしそれにしても……
「ライカさん、でしたね。 何やら浮かない顔をしていますね」
「ああ、ここ最近は色々と解せない事が多くてね。 頭痛のタネが消えない日々だ」
「それは困りましたね、ストレス性の苦痛は私も完璧に取り除くことは出来ないので……よろしければ相談相手になってもよろしいですか?」
酔っぱらった老人たちを躱してきたのか、いつの間にかモモ君の隣にまで聖女様が迫っていた。
やはり気配が読めない、油断していると簡単に背後を取らせてしまいそうだ。
「助かるよ、聞きたい事は山ほどある。 まずこの村の外れで見た壁画は何なんだ?」
「はい、あれはこの村ができる前から存在しています。 曰く―――かつて起きた世界の滅びを描いたものだとか」
「……なんだって?」
「1000年前の話です、人類は大きな戦争を起こし、その結果多くの命と築き上げた文明を失ったと言われています」
「せ、1000年前ってライカさんの……」
「一度人は滅びかけ、そして今に続く新たな時代を築き上げた。 それが"日の時"と呼ばれる現代までの話です」
「……そのかつての文明は土の時代と呼ばれていたわけだ」
「あら、お詳しいですね」
知っている、知らないはずがない。 自分が生きていた時代こそが土の時代と呼ばれていたのだから。
だがそれが1000年前に滅びただと? 投獄された後にか? それも世界戦争なんてありえ……いや、事実だとすれば……
「そして、生き残った人類が戒めとして自分たちの愚行を刻み込んだのがあの壁画と言われています。 我々も同じ過ちを犯さぬよう、隣人を愛し、他人を思いやる気持ちが大事なのですよ」
「おお、流石聖女様。 ありがたいお言葉ですのお」
演説のように締めくくった聖女の言葉に、既に酒精が回った老人たちがやんややんやとはやし立てる。
大変ためになるお言葉で涙がちょちょぎれそうだが、それはそれとして過去に文明が滅びたとするとひとつ疑問がある。
「……モモ君、君も外に見える巨大な塔は見たか?」
「えっ? あっ、はい。 すごい大きなタワーでしたね」
「ならそれとなく聖女様に質問してみてくれ、君が聞いた方が恐らく自然だ」
「……? 分かりました……えーと、ロッシュさん! あの、遠くに見える大きな塔ってなんなんですか?」
小声でモモ君に耳打ちすると、彼女は困惑しながらも素直に応じてくれた。
今この場では大変助かるが、少しは疑ったり疑問に思う所はないのか。
「塔……ああ、"バベル"の事ですね」
「ばべる……?」
「はい、この世界の始まりから星を見つめる存在だと言われています」
「へー、なんだかすごいですねライカさん! ……ライカさん?」
モモ君は値千金の仕事をしてくれた、今の情報を聞き出せたのは僕にとってかなり重要だ。
世界の始まりから存在する塔? だとしたらおかしな話だ。
僕がいた時代にそんな巨大な塔が建っているはずがないのだから。