平和な休日 ③
「師匠ぉー! やりましたよ、お金稼いできました!」
「はいはい、良かったな」
無事に本を借りてギルドへ戻ると、すでに依頼を終えて嬉々とした様子のモモ君が待っていた。
子どもの小遣いのように握りしめていた金額は、午前中で稼げる額としてはかなりのものだ。 相当張り切ったらしい。
「お疲れ様でぇす、随分稼ぎましたねえモモちゃん」
「あっ、星川さん! そうなんですよ、荷物をいっぱい運んだだけボーナス貰えました!」
「そりゃ相当弾んだだろうな、君なら楽な仕事だったろ」
「いやいやそんなことないですよ、動いてばかりでお腹が空きました!」
「じゃあ昼食にしようか。 いつもギルド内で済ませるのも変わり映えがない、外の店を探そう」
「あっ、それならいいお店しってますよぉ。 うぇへへ、ギルドから出てちょっと歩くんですけど……」
――――――――…………
――――……
――…
「いらっしゃいませー! ……って、ナナか。 おっひさー、今日お休みだったん?」
「こんにちはぁ女将さぁん、3人だけどいいですか?」
「3人? ……ナナちゃん、自首するなら早めがいいよ」
「違いますよぉ!?」
「やっぱりどこでもそういう認識なんだな」
ギルド員の案内で連れてこられたのは、ギルドから歩いて5分ほどにある小ぢんまりとした店だった。
店内も広くないが、清掃も行き届いた落ち着いた雰囲気の内装だ。 それに漂って来るこの匂いはパンを焼いているのか。
「ここの焼き立てパンはふかふかで美味しいんですよぉ、シチューと合わせると絶品で……」
「し、師匠師匠っ、早く食べましょうそうしましょう」
「落ち着け落ち着け、飯は逃げやしない」
「あっはっは、面白い子たちだわ。 うちはこの店の店主やってる糸川っていうの、よろしくねー」
「イトカワ……ということは女将さんも渡来人ですか?」
「ん? ああそうそう、ってことは君が噂の百瀬ちゃんとそっちの白髪ちゃんがライカちゃんかな?」
「噂になっているのか僕ら」
「まあ色々とねー、主にそこのメガネがエキサイトしちゃってさ」
「いやーたはは……」
店主に指を差されたギルド員は、バツが悪そうに頭を掻いて縮こまる。
直接目撃こそしていないが、その光景が目に見える。 興奮した早口でべらべらと語ってくれたのだろう、個人情報漏洩でギルドに訴えてやろうか。
「ま、ナナが騒がなくても時間の問題だったと思うよ? ほら、例の裁判で悪目立ちしてるし、聖女様にも気に入られてるらしいじゃない」
「それはこちらにとっても不本意なんだ、しかしそこまで噂立つとは……」
「いやーしっかし本当大人びた子だね、たしかにナナが鬼可愛がるのも分かるわ」
「ですよねぇ、すごい逸材なんですよライカちゃん」
「まったく嬉しくない誉め言葉だな! 店主、今日のお勧めは!」
「はいはーい、日替わりランチがおすすめだよ」
「じゃあそれを1つ、量は少なめで頼む。 二人は?」
「私も同じのください、大盛りで!」
「同じく、普通盛でお願いしまぁす」
「大・中・小ね、オッケーオッケー。 それじゃちょっとお待ちくださーい」
人数分のコップと水差しを置いて行くと、店主はエプロンの帯を締め直して厨房へ引っ込む。
一口含めば井戸の水にしてはよく冷えていて味わいが違うことが分かる、わざわざ山の水を運んで冷蔵していたのだろうか。
「水一つにこれだけ手間をかけるなら、料理の方も期待できるな」
「ですね! そういえば、糸川さんって何歳なんですか? とても若く見えますけど」
「モモちゃん、大人の女性に年齢はNGなんですよ。 ただ私とそこまで変わらないと思いますよぉ」
やはり店主の歳は、渡来人の目からしても若いらしい。
そんな若さで店を切り盛りしているのは大したものだ、店内を見る限りとくに経営が傾いているようにも見えない。
「まあそれはそれとしてだ、噂になっているとはどういうことかなギルド員?」
「あはははは……ワタシノセイジャナイデスゥ……」
「君だけのせいではないだろうが、君も理由の一端は担っているだろ。 妙な噂が広がって変な連中に絡まれるのはごめんだぞ」
「師匠、それたぶん手遅れですよ」
「…………まあそんな気もするが」
すでに例の聖女、山賊頭領、それにウムラヴォルフの裏事情まで知ってしまった現状だ。
さらなる面倒ごとが積み上がってももはや誤差かもしれないが、無いに越したことはない。
「そういえばノヴァさんの件ってどうなったんです? 師匠全然教えてくれないじゃないですか」
「ああ、明日判決が出るらしいぞ。 下される沙汰次第だが、今のうちに墓石でも用意しておくか?」
「もー、縁起でもない事言わないでください!」
「墓石はいらないですよぉ、アルデバランだと犯罪者墓地に埋葬されると思うのでぇ……」
「そういうものか。 まあどのみち長い用事にはならないだろう、モモ君も準備はしておけよ」
「準備? 何がですか?」
「出立の準備だ、もうアルデバランに用事はないだろう?」
「…………あっ」
もともとアルデバランに立ち寄ったのは、モモ君の腕を治すためだ。
治療は無事に完了し、対価として提示されたノヴァへの介入が終われば、僕らがこの街にとどまる理由はない。
幽霊船などという特大の地雷が潜むこの街からは、一刻も早く離れるべきなのだ。
「そっか、そうですね……じゃあ師匠、この街を私達の拠点にしましょう!」
「なにがじゃあ だ、却下だ却下」
「な、なんでですか!? 良い街ですよアルデバラン、私は好きです寂しいです!」
「そうですよぉ! 私もまだライカちゃんを摂取し足りないです!!」
「御覧の通りの危険人物がいるからだよ!」
「わあぐうの音も出ない」
正確な理由は、モモ君には話せない。 幽霊船の詳細を知ってしまえば、彼女は放っておけない類の人間だ。
壁に阻まれ、不可能だと分かっていても、きっと可能な限り「救う」手段を探してしまう。
そして、最終的に取り返しのつかない行動に出ないという保証がない。 そうでなくとも、知ってしまえば彼女の中にしこりとなって残ってしまう。
「……ともかくこれは決定事項だ、嫌だというなら引きずってでも連れて行くぞ」
「そんな……師匠の腕力じゃ絶対に無理ですよ……」
「やはり君とは一回みっちりと話し合いをするべきだな?」
どうにも長居してしまったせいで、この街に対する情が出来てしまったようだ。
それでも説き伏せて連れ出さなければならない。 この街は危険すぎる。
―――――いや、危険だからなんだ? 僕こそそこまでモモ君に対する「情」が生まれているんじゃないか?
「………………はっ、そんなわけがない」
重い息を吐き出して、コップの中の水を一気にあおる。
外は雲一つない晴天だというのに、店の中にはたちまちどんよりとした沈黙が溢れていた。




