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異世界ベテラン幼女師匠  作者: 赤しゃり
本編

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平和な休日 ②

「はい、入館料たしかに頂きました。 それではごゆっくり」


「やあ、どうも」


 身分証代わりのギルドカードを提示し、少量の硬貨を支払えば、図書館への入場はあっさりと許された。

鼻に当たる集積された紙の匂い、そして視覚を圧倒する膨大な本棚の数。

本を読むためのテーブルスペースや椅子も用意され、館内はまさに「本を読むための空間」という様相だ。


「これはすごいな……」


「ですよねぇ、私も初めて来たときは感動しましたからぁ」


「それで、君はどこまでついて来る気なんだ? 無理に付き合う必要はないんだぞ」


「いやぁここまで来たらついでにご一緒しようかなってぇ、特に大した用事もないですしぶえへへへ」


 後ろについて歩くのは、ちゃっかり僕のついでに手続きを終えたギルド員だ。

なんだか邪気も感じられるが、そもそも自分が案内を頼んだ以上、邪険には扱えない。


「調べものでしたっけ? 私も手伝いますよぉ、何なりとお申し付けください!」


「分かったから館内では騒ぐなよ、早速だが歴史書を取り扱っている棚はどこか分かるか?」


「そうですねぇ、えーとたしかここだと900番台から歴史で……向こうの本棚ですねえ、ご案内いたしまぁす」


「細かい分類がされているのは助かるな……っておい、別に僕を抱える必要はないぞ」


 ギルド員があまりにも自然に脇の下へ手を差し込み、持ち上げたもので反応が遅れてしまった。

抵抗しようにもこんな場所で魔術を使う訳にもいかず、かといって力で勝てる体躯差じゃない。


「うえへへへライカちゃんだけじゃ高いところの本届かないですからねぇ、役得役得」


「だからってこのまま持ち運ぶ必要もないだろう、降ーろーせー!」


「騒いじゃ駄目ですよライカちゃん、うへへ軽いなぁちっちゃいなぁ持ち帰っちゃいたいなぁ」


「くっ、やっぱりモモ君の依頼が終わるまで待つべきだったか……?」


 周囲から見れば僕らのやり取りは微笑ましい従妹同士のじゃれ合いにしか見えないのか、助けが来る様子もない。

そのままあれよあれよと連れ込まれたのは館内の角、人気も冊子も少ない日陰のコーナーだ。


「この辺りが歴史関連の本をまとめた範囲みたいですけど……少ないですねえ」


「歴史を綴った本など重要機密に触れてもおかしくない、貴重なものは別室で保管しているんだろう」


 ギルド員の手をすり抜け、適当に掴んだ本ですら盗難防止の鎖が通された代物だ。

だが何冊かでも閲覧できる本があるだけ御の字だ、もとよりあまり期待はしていなかった。

今は少しでも現代に至るまでの歴史を知りたい、僕は1000年後の世界を知らなすぎる。


「すまないが見ての通りだ、この本棚からしばらく動けそうにもない。 君も君で好きな本を探してきたらどうだ?」


 本に紐づけられた鎖がじゃらりと音を立てる、当然だがこの本棚からテーブルスペースまで持って行けるほどの長さはない。

隣で自分を眺めているだけというのはつまらないだろう、貴重な休日を満喫する権利は彼女だけのものだ。


「うーん、私は別に何時間でも眺めていられますけど……そういうことならちょっと失礼しますねぇ」


「ああ、またあとで」


 別のコーナーへ足を運んだギルド員を見送り、手元の本へ視線を落とす。

内容としてはここ100年でアルデバランに起きた大小さまざまな出来事をまとめた年表のようなものだ、かなり細かく記録されているのか結構な厚みがある。


「……()()()な」


 だが問題なのは記録された内容ではない、記載されている文字が認識できることだ。

ほかの本も何冊か手に取ってみるが、読めない文字はない。 バベルの影響はしっかりと働いていることが分かる。

この棚はもっとも古くて150年前の古書が置かれている。 しかしどれほど荒く、擦り切れた文字でも読み解くことは出来た。 


「文字の状態は翻訳に影響がない、か……文字を刻まれた時期が問題か?」


 あの日、ウムラヴォルフ家の地下で見た石板の文字を思い返す。 すくなくともあれと同じ「形」の文字はこの書架にはない。

バベルの影響を受けない条件はいくつか仮説を立てたが、その中でも確かめたかったのが文字が刻まれた「時期」だ。

もしバベルが効力を発揮する前に存在する情報媒体が効果を受けないとするならば、逆算してバベルの建設時期を特定できる。


「だが、そう簡単に話は進まないな」


 おそらくより古い年代の希少本は厳重に保管されているか、とっくに遺失しているのだろう。

1000年という歴史をさかのぼって検証するためには、それこそウムラヴォルフ家で見たような石板を掘り出さないと難しい話だ。

しかし、そんな面倒な事をせずともそもそもバベルに関して記述した本があればいいのだが……どうもこの棚からはバベルのバの字も出てこない。


「はぁ……謎を解きに来たというのに深まるばかりだな」


 偶然、で飲み込むにはややトゲが残る。 

あれほど巨大で言語という人類の根本に干渉する塔だ、調べようとした人間の記述が欠片も見当たらないのはおかしい。

バベルに対する関心が逸らされているのか、それとも単純に情報が消されているのか――――?


「……あのぅ、ライカちゃん? そろそろお昼ですけどぉ」


「むっ、なんだと? もうそんな時間か」


 捜索と検証を繰り返すうちに時間を忘れていた、たしかに窓の外に見える日の光は天辺に輝いている。

モモ君やギルド員との約束もある、ここは一度切り上げて休憩とするべきか。


「よし、昼食にしよう。 ……? 君、その本は?」


「ああ、これですかぁ? 手芸の本ですよ、えへへ気になるので借りようかと」


「なんだと、本の貸出もやっているのか?」


「そうですよぉ、背表紙に赤いマークがつけられた本は貸出OKです」


 ギルド員が持つ本の背表紙には、見た目を損なわないように小さく赤いマル印が塗られていた。

残念ながら歴史書の書架に同じマークは見当たらないが、良い話を聞いた。 自分も何冊か見繕って借りて行こう。


「悪い、もう少しだけ待ってくれ。 しかし手芸を嗜むのか?」


「た、ただの趣味ですよぉ。 ここに来る前は愛しのドール……ゲフンゲフン、可愛い子に着せる服とか自作していたもので……」


「ふぅん……? 僕にはよく分からない話だが、悪い趣味ではないと思うよ、息を荒くして女児を追いかけるよりはな」


「ち、違うんですよぉ……ちょっと可愛いものに目が無くて、ライカちゃんなんて本当もうお人形さんみたいで……これはもう実質ライカちゃんはお人形さんなのでは?」


「どうした、気が狂うにはまだ日が高いぞ」

 

 余計な話題を振ってしまったかもしれない、途端に背後から感じる視線が舐めるようなものへと変わった。

結局ろくに吟味する時間もなく、適当な本を2~3冊引っ掴み、僕らは図書館を後にしたのだった。

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