ウムラヴォルフの真相 ③
「あの……大丈夫ですか、先生?」
「ゼェ……ハァ……な、長くないか……階段……!」
昇るならともかく、階段を降りるだけでも人間はかなり体力を使うらしい。
床下に隠されていた石階段は深くまで続き、この身体で下るには少々堪えるものだ。
おまけにこの環境、1000年閉じ込められていたあの牢獄を思い出して息苦しい。
「あの、よければ背負い……」
「結構だ、僕は僕の脚で歩く……!」
「そ、そうですか」
天井は低く、風魔術で浮くのも難しいため自分の脚で歩くしかない。
反響する足音から推測するに、まだまだ階段は続きそうだ。 それでも僕の中では自尊心の保護が優先された。
「しかし長いな、なんのためにこんな階段を作ったんだ」
「申し訳ありません、地下にあるものを隠すためのものなので……先生は、ウムラヴォルフについてどれほど知っておりますか?」
「そこまでの情報はないぞ、たしか先祖が武勲を上げて貴族となった一族だったかな」
「ええ、しかしそこに違和感を覚えたことは?」
「……金か、成り上がりの貴族にしては羽振りが良すぎる」
現代の物価は分かりかねるが、それでも複数の夫人に屋敷を与えるなど貴族にしてもやりすぎだ。
そんな真似をすればすぐに資産が枯渇するが、それでもウムラヴォルフは悠々自適の生活を送っている。
何度か屋敷の内装を眺める機会もあったが、見栄を張り付けたハリボテではないことは確認済みだ。 なら、どこから資金を引っ張ってきている?
「ウムラヴォルフは幽霊船について忌むべき歴史を語り継ぐ、ただ一つの家系です。 ゆえに国から監視とともに安寧が約束されております」
「国から飼い殺しされていると? だが、幽霊船の対処は聖女が行うはずでは」
「すでに聖女様から聞きましたか。 その通りです、しかし魔法遣いである彼女達と魔術師では管理するものが違います」
「……分からないな、脅威の対処者と情報の管理者を分けるメリットが」
聖女は昨夜の戦闘中、手探りで対処法を求めるほど幽霊船に対する知識を持っていなかった。
いざという時に被害を食い止めるものが何も知らないのはリスクしかない、可能ならば情報は共有すべきだ。
「知ってしまえば聖女の祈りが濁ってしまいます。 濃縮された呪いに抗うだけの聖気、遣い手もまた相応の聖人となります」
「お人よしほどアレに同情してしまうと?」
「ええ、現に先代の聖女が亡くなった原因は幽霊船を救おうとしたためです。」
「……!」
たしかに聖女からは先代が殉職したと聞いていたが、その事実がこんな所で繋がるとは思わなかった。
「惜しい方を亡くしました、先代の聖女様はウムラヴォルフの秘密に気付き、自力で調べ上げたのです」
「大した調査能力だな。 だがそれほど秘匿するものを僕に話して良いのか?」
「先生は納得するまで引き下がらないでしょう? ならばいっそ私が立ち合ってしまえば何かと安心ですので」
「そりゃまた、信頼されているな……」
やがて、響く足音に耳鳴りを覚え始めたころ、前を歩く婦人の足取りが止まる。
ようやく階段が終わりをつげ、目前には錆びた鉄扉が立ちふさがっていた。
これもまた特殊な開閉機構は備わっていない、魔術で強化した腕力を使い、力づくで開ける仕組みだ。
「シンプルだが逆に魔術師には見つかり難い作りだな、分からないわけだ」
「先生にお墨付きを貰えるなら安心できますね、少し離れてください」
短い詠唱を口ずさみ、婦人が分厚い鉄扉をこじ開ける。
開け放たれた部屋は案外こじんまりとしており、四方には文字が刻まれた石板が数えきれないほど積まれている。
そして、中央に鎮座する台座には皮で装丁された一冊の本が鎮座していた。
「これは……すべてが幽霊船に関する記述なのか? 一体何年前から書き始めていたんだ?」
「おおよそ1000年分の歴史が綴られていると聞いております」
「1000年!?」
つまりこの部屋には、僕が投獄されてから現代に至るまでの歴史が残されている事だ。
夫人の了承も待たず、不躾ながら手近な石板をなんとか一枚引っこ抜き、その詳細を確認する――――が。
「――――読めない……だと……!?」
長期保存を目的とした石板に刻まれた文字は、多少の劣化は見られるもののハッキリと認識できる。
だが、分からない。 文字が在ることは理解できる、だがそこに刻まれているのは未知の言語だ。
バベルによる自動翻訳があるというのに、僕は石板の文章を一文字も読み解くことができなかった。
「残念ながら、古い情報はバベルの加護すら届かないのか読む事も難しいです」
「解読はできないのか? 翻訳ができないだけでこれは言語なのだろう?」
返答はなく、夫人はただ首を横に振った。
これだけの歴史を重ねた家系が読み解けないのならば、一朝一夕の努力で読むのは不可能だろう。
空白の1000年について手掛かりになるかと考えたが、今は諦めるしかないようだ。
「古いものは読めない、と言ったな? なら近代のものはバベルの力が効いているのか?」
「はい、その中でも幽霊船に関する記述を抜粋し、まとめたものがこの本でございます」
夫人が埃避けのガラスケースを外し、中央の台座に置かれていた本をそっと手に取る。
そのまま差し出された本を受け取ると、綴られている歴史の重みが掌に圧し掛かって来た。
ページ数は相当な厚みだ、丁寧に読んでいては日が暮れるどころか夜が明ける。
「……少し時間を貰うぞ」
「ええ、もちろんです」
ここまで厳重に保管されているものだ、当然外に持ち出す真似は出来ない。
口惜しいがこの場でざっと通し読みしかない、細かいところは夫人から聞こう。
汚れ一つない表紙に手を掛け、一ページ目をめくる。 するとそこに書いてあったのは、酷い殴り書きで残された故人の「後悔」だった。
――ウムラヴォルフの人間よ、我々は失敗したのだ――




