表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ベテラン幼女師匠  作者: 赤しゃり
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/296

災厄 ⑥

「……気分のいい話じゃないな」


 体重を預けた背もたれがぎしりと軋む。 信じたくはない話だが、頭ごなしに否定できる話でもない。

この街が海に漂うたった一つの「呪い」へ捧げられた供物など、茶請け代わりに飲み込むにはあまりに重い。


「ではこの辺りで止めておきましょうか?」


「いや、ここで切り上げても後味が悪い。 贄の話は皆知っているのか?」


「まさか、真相を知っているのはごくわずかですよ。 この街に暮らす人たちのほとんどは、聖女(わたくし)が在る限りアルデバランは護られると心の底から信じております」


「念のために聞くが、いっそアレを滅してしまうことは」


「先代は試したようですね。 結果は殉職という形で終わったようですが」


「……そうか」


「ええ、たとえ私が100年修行を重ねたとしても討滅は難しいでしょう。 呪いとしての質が違います」


 即答、そして諦観。 聖女はすでに幽霊船を沈めることを考えてはいない。

だが揶揄することはできない、僕もアレを倒せと言われたら御免(ごめん)(こうむ)る。

触手の一端であわや大惨事、おまけに聖女以外の攻撃は効いていたかも分からない相手だ。 魔術師として戦うには分が悪い。


「なるほど、それでアルデバランの聖女か。 随分皮肉な二つ名だな」


「うふふ、それほど嫌いではないのですよ? 不名誉ばかりのあだ名ではないですから」


 品のある仕草でほほ笑むと、聖女はとうに湯気が失せたティーカップを傾ける。

自分の手元にも同じカップが用意されているが、とても何かを飲むような気分にはなれなかった。


「……冷めてますね、淹れ直しましょうか」


「いや、結構。 納得できる話は聞けた、僕はそろそろ行くよ」


「そうですか、念のためですがこの話は」


「誰にも話す気はない。 ……だが、なぜ僕には話した?」


「聞き出すまで退く気はなかったのでしょう?」


「まあ、それはそうだが」


「冗談です。 内緒ですが、私の眼は人より少しだけ見えすぎてしまう所がありまして」


 聖女はそう言いながら、今まで頑なに瞑っていた瞼を開く。

その蒼い瞳に光はなく、まるで深海のような闇ばかりが宿っていた。


「その昔、衝動的に自分で()()()みたのですが、視界に影響はありませんでした」


「……それも神の祝福というやつか?」


「どうでしょうか? この眼は聖痕が宿る前から視えていたものですので」


「生まれつきの体質か、興味深いな」


「それほど良いものではありませんよ。 人の心や感情の機微が色のついた靄のように沸き立って見えるのです」


「それは……きついな」


 自分の言葉ながら、短絡的な感想が出てしまったと口に出してから後悔した。

彼女の立場なら、善意で近づく人間ばかりではない。 嫌でも人間の汚い部分を「色付き」で見せられるのだ。

人間不信で精神が参ってしまっても不思議じゃない、むしろこうしてまともに会話できるのがおかしいとさえ思える。


「ふふ、確かにこの眼で苦労したことは多々ありました。 しかし善き人にも多く出会えたこの半生を、嘆くことなどできません」


「それはそれは……で、話は戻るがそれが僕に機密情報を漏らした件と何のかかわりが?」


「……? だって、ライカさんは善い人でしょう? 心の色がとても澄んでいます」


「………………………………」


――――――――…………

――――……

――…


「あっ、お話終わったんですかししょ……師匠ー? なんでそんなに不機嫌なんですか?」


「ふん、時間の無駄だったというだけの話だ! ギルドに戻るぞモモ君、聖女の眼は曇り切ったガラス玉に違いない!」


「あー、よく分からないですけど、たぶん師匠が変な事でヘソ曲げてるだけですねこれ」


「何か言ったかァ!?」


「いいえーなんでもありませーん!」


――――――――…………

――――……

――…


「あ、ライカちゃぁん……いらっしゃぁーい……ナデナデさせてぇ……」


「衛兵を呼べ」


 諸々の連絡のためにギルドに戻ると、出迎えてくれやがったのはゾンビじみた顔色の変態だった。

見れば他の職員たちも同じような顔色で彷徨うように仕事をしている。 この光景には歴戦の冒険者たちもドン引きだ。


「まあまあ。 どうしたんですか星川さん、酷いクマですけど」


「ざ、残業終わって仮眠中に……たたき起こされてぇ……今の今までお仕事中でしたぁ……」


「ご、ご愁傷さまです……」


 昨夜の騒動がギルドにまで波及していたのは想定していたが、彼女達にとっては最悪のタイミングだったようだ。

それでも大きな混乱が広がらずに済んだのはギルドの努力あってのこと、死屍累々の有様になるまで彼女達は奮闘してくれたのだ。


「……仕方ないな、ちょっと頭をこっちに向けろ」


「へっ? アア゛ァ゜ッ↑!  ちっちゃいお手手が私の頭をミ゜ッ」


「モモ君、やっぱり代わってくれ。 人間のものではない発音が飛び出したぞ」


「師匠、星川さん達も頑張ったので労ってください」


「ははこやつめ覚えておけよ。 それと、ギルドに事後報告は必要か?」


「あっ、はぁい。 このままでよければいくらでも報告は聞かせていただきますがぁ……」


「上の人間を呼べ、クレームを入れてやる」


「冗談ですよじょうだぁん、2割ほどは。 あと、こちらからもいくつか報告があるのですがよろしいですかぁ……?」


「聞かせてくれ、コズミキのことか?」


「その通りですねぇ、実はコズミキ夫人なんですが――――すでに死亡していると確認が取れました」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ